第138話 峠道の怪

B級案件『駆除依頼:人食い熊退治、依頼者:コロゲ村』とE級案件『捜索依頼:行方不明の父の捜索、依頼者:チケ村のヤン』は、抜群に鼻が利く聖狼フェンリルのブランカのおかげで、あっという間に達成することができた。


人食い熊こと≪白斑魔熊ヴィティライゴ≫は、想像していた逆パンダではなくて、ツキノワグマの模様が違うバージョンみたいな外見をしていた。

それでもやはりどこか生き物らしさを感じてしまい、気乗りしなかったのだが、そんな俺に焦れたのか、容赦のないマルフレーサの氷魔法がクマさんを瞬く間に氷漬けにし、そのあとに出てきたその子熊も丸焦げにされて、ブランカの昼ご飯になってしまった。


『行方不明の父の捜索』はチケ村に行き、ヤンから父親の匂いが残った衣類を借りてブランカ頼りの捜索したところ、翌日には近くの山中から、瓶に入った遺書と腐りかけた遺体が見つかった。

遺書には、残された家族に詫びる言葉と自殺の動機が書かれていたが、その紙に染みついた匂いと、文字の筆跡からヤンの嫁の偽装工作であることが発覚した。

ヤンの父親はもうすでに痴呆が入っていたほか、読み書きができなかったためにこれはおかしいということになったのだ。

問い詰められたヤンの嫁は涙ながらに、痴呆老人の介護の大変さを訴え、それに耐えかねて犯行に及んでしまったことを悔いながら泣き崩れた。


世界は違えど、社会が抱える闇は似通ったところがあるのだなと、俺は内心で思い、そっとチケ村を後にした。



残るは、バレル・ナザワ商業組合が依頼者であるB級案件『駆除依頼:北の峠道の安全確保』だが、これは他の二つのようにあっさり解決とはならなかった。


というのも、依頼書には、その峠道で行方不明になる者が多発しており、これを解決してほしいという要望しか書かれておらず、安全確保のために何をすればいいのか具体的なことは何も書かれていなかったのだ。


冒険者ギルドに依頼を出しているのだから、〇〇が出るから退治してくれとかいう話だとは思ったのだが、念のためにバレル・ナザワ商業組合に赴き、この依頼書を出した担当者から話を聞くことにした。


「まずはこの依頼を請けていただいたことをバレル・ナザワ商業組合を代表して礼を言わせていただきます」


応対してくれたのは、主簿長と呼ばれる役職の初老の男で、忙しそうにしていたが、依頼書の件で来たと受付に伝えると、大急ぎで席を立ち、こちらの方にやってきた。


「……依頼の詳細でございますか? 申し訳ございませんが、あの依頼書に書かれていることが、お伝えできることのすべてなのです。あの峠道で行方知れずになる者が多数出てはいるものの、それが何者の仕業であるかは目撃情報すらなく、原因は不明。いなくなった者たちが、攫われたのか、それとも命を失ったのかさえわかっておりません」


「それは奇妙な話であるな。この土地の領主には訴え出たのか?」


マルフレーサは腕組みし、なにやら考え込んだ様子で主簿長に尋ねた。


「はい。もちろんでございます。領主様も、北の魔王勢力と戦う最前線に、武器や兵糧など割り当てられた量の物資を運ぶ務めを果たさなければなりませんから、当然、その峠道を輸送路として使っておりましたし、これは一大事であるとすぐに調査のための兵を送り出したのですが、真相の究明は為されることはありませんでした。幾度となく、兵を送り出したのですが誰も戻っては来なかったのでございます。多くの兵士を失い、領内の備えにも支障がでるほどになったため調査は打ち切られ、その道は現在封鎖されて、使う者もございません」


「ますます妙な話だな。それだけ多くの兵を差し向けながら一人も戻ってこないなどということがあり得るのだろうか。死体や身に着けていた品なども無かったのか?」


「少なくと近づいて確認できる範囲内には、ございませんでした。木々がその先の視界を遮っており、奥の方がどうなっているのかは誰も見に行けません。何せ、その峠道を進んだものは、そのまま行方をくらましてしまうのですから。依然雇った冒険者の方が腰にロープを結び付けて、その道の奥に入っていったことがありましたが、日が暮れても戻ってくることは無く、不審に思った仲間がそのロープを手繰り寄せてみると結び目が解かれることもなく、輪になったままの状態であったそうです」


「うわっ、怖っ。まるで怪談じゃん」


「あの峠道を通れないとなると、商人たちは大きく迂回しなければ北部地域に品物を運ぶことができず、ほとほと困り果てておるのです。物資が不足している戦地近くでは、危険も伴いますが、莫大な利益を生み出しますからな。我ら、バレル・ナザワの商人としては、何としても封鎖されてしまったこの峠道を再び交易路として復活させたいのです」


「ふむ、事情はだいぶ分かったが、……行方不明者が出始めたのは、いつ頃からなのだ?」


「ちょうどおととしの春頃だったと記憶しております」


「えっ、そんなに前から犠牲者出てたの?」


「はい。その道を通る商人や旅人が相次いで戻ってこないと大騒ぎになり、先ほども申しました通り、このバレル・ナザワの領主様も原因をつきとめようと何度も兵を送って調べようとされました。詳しく数えたわけではありませんが、行方不明者は領主様の兵を足せば百や二百ではきかぬ数だと思いますし、この依頼を請けて戻ってこなかった冒険者も両手両足では数えられぬほどおります」


「ふー、そんなに大掛かりな調査が何度も行われたのに何もわからなかったなんて、これはもう迷宮入りだね。俺たちも諦めて、別の依頼をこなそう」


「いや、待て。もう少し話を聞いてみようではないか」


帰ろうとする俺の腕をつかみ、マルフレーサが引き留めた。


「なんで、ヤバそうじゃん」


「勇者とは、勇気ある者だろう。人々が恐れ、解決を断念した問題であればこそハーフェンの勇者の実績報告としてはふさわしいではないか」


「おお、ハーフェンの勇者! 私も聞き及んでおりますぞ。魔人を討滅せし、聖なるいかずちの使い手。この若者が今、話題のハーフェンの勇者様であられるのですか?」


「いかにも、彼こそがハーフェンの勇者だ」


「ちょっとやめてよ。依頼を断りにくく……」


マルフレーサは慌てて俺の口を塞ぎ、ヘッドロックしながら耳打ちしてきた。


「ユウヤよ。熊退治だの、小さな田舎の村の殺人事件などをちまちま解決したぐらいで、まともな活動報告になると思うのか。ここは一発、大きな実績を作っておけば、また当分は観光三昧できるではないか。案外、追加の予算もでるかもしれんぞ」


マルフレーサは悪そうな笑みを浮かべて、「ここはドーンと私に任せておけ」と言うと俺を解放し、主簿長への聞き込みを再開した。


あ~あ、なんか嫌な予感がするな。

マルフレーサの任せておけは、これまでろくな結果をもたらしたことが無い。

張り切るのはかまわないけど、またハーフェンの呪い騒動の時みたいなことにならなきゃいいけど……。

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