第137話 割に合わぬ
いつの間にか集まって来ていたギャラリーの視線を気にしつつ、俺とマルフレーサは依頼書の貼られた掲示板に向かい、どのようなものがあるのか物色を開始した。
ライデンの街で懲りたので、地元の冒険者たちの仕事を奪ってしまわぬように、人気が無く、もう何日も貼られたままになっている依頼のみを探して、受注することにした。
自分のことだけではなく、ハーフェンの名まで背負わされているので、他の認定勇者以上にその辺のところには気を使うべきであろうとマルフレーサからの助言だ。
俺へのヘイトが、後援者であるハーフェン領主にも向かってしまうことになるらしい。
北の魔王領により近いせいだろうか、ライデンの街よりは依頼の数自体が多く、討伐系の依頼も多い。
「えーと、10日以上貼られているのはこの三つだな」
B級案件『駆除依頼:人食い熊退治、依頼者:コロゲ村』
B級案件『駆除依頼:北の峠道の安全確保、依頼者:バレル・ナザワ商業組合』
E級案件『捜索依頼:行方不明の父の捜索、依頼者:チケ村のヤン』
「ふむ、見事に不人気案件ばかりだな」
「そうなの?」
「ああ、この『人食い熊退治』は熊と書いてあるが、これは普通の熊ではない。依頼書の内容をちゃんと読めば書いてあるが、ほら、ここに身の丈が人間の二倍以上、目の周りと耳、四肢は白く、全身が黒だと書いてある。この特徴から推察すると……ユウヤ、わかるか?」
「いや、逆パンダとか?」
「違う。本当におぬしは何も知らんのだな。冒険者であれば誰でも知っている≪
「……あのさ。マルフレーサ先生に質問なんだけど、普通の野生の獣と魔物って何が違うの?」
「呆れたな。そこから説明せねばならぬのか。まあ、おぬしの身の上を考えれば仕方のないことかもしれぬが……。いいか、魔物とは本来、この地上の生き物ではない。地の底には、≪魔界≫と呼ばれる場所があって、そこから地上に這い出てきた生き物の総称を魔物というのだ。世間一般では、魔法などの特殊な力で作られた疑似生命体もそう呼ぶようになり、区別が曖昧になってしまったが、本来は魔界由来の生物を指す言葉であったのだ」
「へえ、じゃあ、魔人とか魔王とかも、魔界からやって来たんだ?」
「……いや、その話はここではやめておこう。ちょっと複雑な事情があるのだ」
マルフレーサは急に深刻な顔になり、俺はなにかマズイことでも聞いたかなと内心で思った。
「まあ、いいよ。話が脱線しちゃったからね。それで、この依頼、何で不人気なの?」
「それはまず第一に報酬が安すぎること。ようやく捻出した金なのだろうが、この村が提示したのは、わずかに銀貨二十枚。≪
……笹を噛む。
やっぱり逆パンダで合ってるじゃん。
「なるほどね。単純に割に合わないという理由だ。じゃあ、この峠道のやつは?」
「これは、金貨五枚で報酬は別に悪くは無い。さすがは商業組合の案件といったところだろう。だが、この依頼書が貼られたのはもう半年ほど前であるのに、達成されていないのは難易度が釣り合っていないのだ。おそらく最初はもっと報酬も安く、依頼の等級も下だったのではないかな? だが、B級に指定され、なおかつこれほどの報酬が提示されているのに、それが果たされていないのは、実際に依頼を請けた冒険者たちが何らかの理由でそれを成し遂げられず、そのまま放置されているからと考えるほかは無い。こういう得体の知れない案件を報酬につられて、おいしいと思って手を出すとたいていは命を落とすことになるのだ。覚えておくといい。最後の『行方不明の父の捜索依頼』などは、どこを探せばいいか場所が限定されていない上に、報酬はたったの銀貨二枚。これは受けておいて、たまたまどこかで出くわしたらラッキーという感じの案件だ。捜索対象がとっくに亡くなっていることも当然にあるわけだからな」
「話を聞くとたしかに人気が出そうもないのがわかるね。ハーフェン領主への報告のためとはいえ、なんかテンション下がるな~。それに俺、結構、動物好きだから、パンダとか狩りたくないんだよね」
前にマルフレーサが『認定勇者は、なまじ勇者を名乗っているがゆえに、ただ働きも多く、体面を保たなくてはならない分、普通の冒険者よりも稼ぎにくい傾向にある』みたいなことを言ってたけど、この調子ではたしかに勇者って割に合わない稼業なのかもしれない。
名声を保つためには、他の冒険者たちたちはもちろんのこと周囲のすべての人々に気を使わなければならないし、今みたいに、一挙手一投足を注目されている気がして、本当にウンザリしてくる。
このままじゃ、その辺で立ちションベンもできなくなりそうだし、こんな勇者なんていう称号は何とか返上してしまいたいなあ。
あんな馬鹿な置手紙を領主に残すんじゃなかった……。
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