第136話 有名人

「それにしてもユウヤよ。おぬしは相当の浪費家であるな。金貨五十枚と言えば、庶民が一生働かなくても遊んで暮らせる金だぞ。それをこの短期間で、五分の一も使ってしまうなど、危なっかしくて財布は任せられんな」


「どの口が言ってるんだよ。マルフレーサ、その両手の指にある貴金属と宝石、それと何着、予備の服買ってあげたか忘れたの?」


そう、街から街へ移動する都度、その土地のお土産を買ったりしたが、その他にもマルフレーサが気に入ったアクセサリーや服などをおねだりしてきて、それをつい勢いで買ってあげたりしていたのだ。


大金を手にして、気が大きくなっていたこともある。

だが、それ以上にマルフレーサがおねだり上手で、しかもエルフの血の特徴が程よく表れた美貌とモデル並みのスタイルにそれらの装飾品がとても似合っていたこともあり、ついつい買い与えたくなってしまったのだ。


俺と傍らを歩く聖獣フェンリルのブランカのために使った金額など食費が主で、たかが知れている。


「ふん、ユウヤも特注の亜人コスプレ用の猫耳としっぽ付きの下着を私に身に付けさせて、楽しんでおったではないか。ほかにもとっかえひっかえ……」


「わー、わかったよ。俺が悪うございました。恥ずかしいから、往来でそんなこと大声で話さないでよ」


「うむ、そうこうしているうちに冒険者ギルドに着いたぞ。さあ、中に入ろう」


バレル・ナザワの冒険者ギルドは、東のゼーフェルト王国側の区域にあり、規模は中程度だったが、土地柄か、けっこう混んでいた。

ギルド職員も多めで、この時間帯の割には忙しそうにしていた。



「ユウヤ、まずは私のギルドカードを再発行するぞ」


さすがは元冒険者。

慣れた様子で、空いたカウンターに滑り込むと、受付嬢に用件を伝えた。


「はい。紛失ですね。再発行ということですと、銀貨五枚かかりますが、よろしいですか?」


「うむ、以前は四枚だったのだが、値上がりしたのだな」


「はい。長引く魔王の侵攻によって、どこも人手不足なんです。ご了承ください」


「まあ、仕方あるまい。これでいいか」


マルフレーサがカウンターに銀貨五枚を置くと、無地の白い陶器質のカードが一枚差し出された。

マルフレーサは備え付けの針で指先を少し傷つけ、そのカードに血を一滴たらす。



冒険者ランク:S

授与称号:偉大なる賢者

ネーム:マルフレーサ・フォナ・ファーシル

ギルド貢献度:79980


白かったカードが瞬く間に光沢を放ち、プラチナのような質感と見た目に変わる。


「えっ、何これ。俺のカードと全然違うじゃん」


「当然だ。D級以下は白。私のはS級だからな」


「マ、マルフレーサ様! あなたはあの、エホッエホ……すいません。驚きすぎてむせちゃいました。あの≪大賢者≫のマルフレーサ様なのですか?」


「いかにも、そうだが……」


「驚きました。まさか本物にお会いすることができるなんて、夢のようです。御歳を召した方だと伝わっていましたが、まさかこんなにもお綺麗な方であられたとは……」


「まあ、色々あってな。老婆の姿は世を忍ぶ仮の姿であったのだ。なにか不都合でもあるか?」


「いえ、めっそうもありません。あなた様であれば、再発行の料金も不要です」


いや、そこは平等に徴収しろよ。

そういう忖度するから、値上げに踏み切らなきゃなくなったんじゃないのか?


「あのさ、ついでに俺のカードも更新してもらえるかな。しばらく仕事してなかったから、貢献度下がってると思うんだよね」


「えっ、あ、はい。マルフレーサ様のお連れの方ですね。かしこまりました」


受付嬢は、俺のカードを受け取ると、それを端末のようなものに差し込み、表記の更新をしてくれた。

冒険者の足がギルドから遠のくことを防止するため、ギルドカードの表記の更新はこうしてギルド備え付けの魔動機械を使って行われる。

たしか、この国一番の魔具師ボニファウスとかいう人が発明したものらしい。


「あっ!」


何か不都合でも起きたのか受付嬢が驚きの声を上げ、俺は軽く不安になった。


冒険者ランク:特B

授与称号:ハーフェンの勇者

ネーム:ユウヤ ウノハラ

ギルド貢献度:10079


返ってきた俺のギルドカードはなぜか銀色になっていて、冒険者ランクもなぜか「特B」という見慣れぬものに変化していた。


「光栄です! ああ、何という日なんでしょうか。伝説のマルフレーサ様にお目にかかれたばかりか、魔人を討ち果たした時の英雄、ハーフェンの勇者にまでお会いできるなんて……」


受付嬢はもう感激が止まらない様子で、俺とマルフレーサに交互に握手を求めてきた。


「私、この手を一生洗いません!」


いや、それはやめた方がいいと思うが、この受付嬢の態度とギルドカードの変化は一体なんだ?

俺はすごく、嫌な予感がしていた。


「あのさ、俺、しばらく仕事してないって言ったよね。なんで一万近くも貢献度増えてるわけ?」


「それは、ギルドメンバーであるユウヤ様が魔人を倒したという功績に対して付与されたものであると思われます。何でもハーフェンの御領主様が、ユウヤ様の活動を後押しすべく、各所に強く働きかけているとのことで、その功績についてはリーザ教団もお墨付きを与えられたのだと本部からの通達で読みました」


やばい。

ここのところ、ただあちこち遊び歩いていただけだったけど、俺の見知らぬところで、何か大きな流れのようなものができつつある気がする。

俺が想像していたよりも、あのハーフェンの領主は真剣に世の中に平和をもたらそうと考えているようだし、そのせいでハーフェンの勇者の名が独り歩きし始めてしまっている。


「おい、ハーフェンの勇者だってよ」

「マジかよ。あのガキが、そうだっていうのか。まったく強そうに見えないが……」

「あの恐ろしい魔人を、なんと単独で倒したという話じゃないか」

「かわいい顔してる。あの横の派手な着飾った女は、何者なんだろう? 彼女とかなのかな?」

「あの格式あるハーフェン大聖堂が、公式の勇者として認めたらしい……」


気が付くと遠巻きに人だかりができてしまっていて、人々のひそひそ話が嫌でも耳に入って来る。


こんな国の端っこでさえ、俺のことを知っている人がこんなにいるなんて……。


俺って、ひょっとして有名人になっちゃってる?

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