第133話 国王の使者
「物資が尽きただと……」
その報告を聞いた
組織を率いる悩みと重圧から頭髪が目に見えて薄くなり、自慢だった七三ヘアーがもはやバーコードの様になってしまった田中であったが、魔物狩りの経験を積み、いよいよ北の魔王領への越境を再挑戦しようと考えた矢先のことであったので、余計に落胆が大きかったのである。
「王都からの輸送はどうなっているんだ!」
田中は副官の老騎士ヘンリクを睨み、怒鳴った。
「はい。我らの後追いで輸送隊が定期的にやって来る手はずになっていたのですが、予定の日を十日過ぎてもやってくる気配がありません」
「十日だとぉお? 貴様どうしてもっと早くそれを報告しなかったのだ!」
「……このようにタナカ様が取り乱されると思いまして」
「キェェェェェ、イヤァー!!」
タナカは、自らがムラマサと呼ぶ支給品の刀でやおら軍議台の角を斬り落とした。
それでも、気が収まらず、軍幕や近くの椅子などに切りつけ、血走った目で髪を振り乱し、荒い息をする。
「どいつも、こいつも……」
その場の緊迫した様子に、≪聖女≫サユリをはじめとした他の異世界勇者の面々と討伐隊の兵士たちは、身を強張らせて息を殺した。
≪魔戦士≫ヒデオこと亀倉が魔王討伐隊を去ってからというもの、日に日に田中は情緒不安定になり、奇行が増えた。
抜き身の愛刀に話しかけて恍惚の表情を浮かべたり、真夜中に突然、奇声を上げて刀を振り回したりと周囲はそんな田中を怖がり、近寄らなくなった。
同じ異世界勇者たちが怖がるのも無理はない。
何かに憑りつかれたかのように魔物を狩り続け、レベル上げに励む田中は、いつしか隊内では突出した実力者となっていたのだ。
「申し上げます! 王都より使者が参いられました」
伝令係の兵士が告げにやって来て、そのあとすぐに黒い甲冑姿の騎士を伴った国王配下の者が姿を現した。
「おお、よかった。国王陛下からの使者だな。物資輸送の件だろう? ちょうど今、その話をしていたところだったんだ」
田中は抜き身を持ったまま、使者に詰め寄り、用件を早く言うように急かした。
「魔王討伐隊隊長代行、≪大剣豪≫イチロウ殿に我が王の言葉を申し伝える。謹んで聞くがよい」
「はっ」
文官服を着た使者が、国王が記したらしい命令書を広げ、読み上げる。
田中はそれを光栄至極といった表情で、跪きながら聞いた。
国王直々の命。
肩書が隊長代行だったのは気に入らなかったが、組織の頂点に立つ国王は、企業で言えば社長にあたり、前の世界では社畜であった田中にしてみれば神にも等しい存在と思えていたのだ。
「≪魔戦士≫ヒデオら三名の脱走。≪大魔道士≫コウイチの殉職。≪神弓≫セツコの失踪。これらの状況により魔王討伐隊の任務遂行は不可能になったとみなす。よって魔王討伐隊は解散とし、≪大剣豪≫イチロウら、残りの異世界勇者は、王軍司令にして大将軍のバルバロス・アルバ・ゼーフェルトゥスの指揮下に入ることを命ず。以上だ!」
「なん……だと……。魔王討伐隊が解散!? なぜだ、今、まさに、これから私の快進撃が始まるところだったのに、なぜ……なぜだ!なぜだぁー!」
田中は手に持っていた刀の切っ先を使者に突きつけ、叫んだ。
「私は、王の使いですぞ。ひ、控えなさい」
「うるさい! 何が王軍司令だ。何が大将軍だ。そいつが無能だから、別の世界から来た俺たちに魔王討伐を託したのではなかったのか!亀倉が何だ!あんな奴いなくても、私の必殺の剣技で、魔王など討ち果たしてみせるというのに……。国王陛下!何ゆえ、心変わり為されたのか!くそうっ、大将軍になる私の夢が……」
「ほう、貴様、大将軍になりたいのか?」
使者の後方に立っていた黒衣の騎士が口を開いた。
その騎士は頭部全体を覆っていた不気味な兜を脱ぎ、その素顔を晒すと使者を押しのけ、田中の前に立ち塞がった。
「あ、当たり前だ。貴様などに言ってもわからないと思うが、国王を社長とするならば、大将軍はおそらく部長級の役職だろう。部長と言えば、サラリーマンの頂!男に生まれて憧れないものなどいない!」
「何を言っているのか、さっぱりわからんが、面白い奴だ」
「使者の護衛の分際で、さっきから偉そうにしやがって、何者だ。俺は魔王討伐隊隊長、
「俺か? 俺はバルバロス。お前が言うその無能な大将軍だ」
「へっ、大……将軍………………。それは失礼しましたッー!」
田中はめり込みそうなほどに顔を地面に押し付け、素早く土下座した。
くそっ、私の目は節穴か!
なぜ、使者の方が位が高いと思い違いをしてしまったのだ。
なんたる失言、何たる無礼。
田中はさきほどまで取り乱しており、使者に意識を集中させていたために気が付かなかったが、思い返せば、その黒衣の騎士の鎧やマントなどの意匠や装飾からかなり位の高い人物であることがわかりそうなものだった。
整えられた強い髭を蓄え、精悍な顔立ちで、その体躯も鍛えられた感じで田中よりも背が高かった。
何よりその身が纏う威圧感は、田中がこれまで出会った人間の中でもっとも強烈なもので、そんな相手がこれほど近づくまで、そのことに気が付かけなかったおのれの精神の未熟さを恥じるほかは無かった。
く、靴の泥をお舐めすべきか。
田中は苦悶の表情で葛藤した。
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