第132話 我が道を行く人
亀倉の真剣な眼差しを正面から受け止めるかのように、マルフレーサは静かに語り始めた。
「うむ、では老婆心から言わせてもらうが、国王から力尽くで話を聞こうなどとは考えぬことだ。お前が人並外れた強者であることは認めるが、それでもお前の目的は達せられることは無いだろう」
「どういうことだ? 」
「あの国王には、人間の行動を制限する、ある特殊なスキルが備わっている。それは王家の血を引く者たちに代々受け継がれてきた力で、女神リーザが与えし、人間の長たる地位を保証したものだ。異なる世界から来たというそなたたちにその効果が及ぶかはわからぬが、少なくともエルフの血を四分の一ほど引く私にも効果があった。かつて、マーティンを失い、事の真偽を確かめようと激昂して王城に詰めかけた我らだったが、あの王のただの一声でその場にひれ伏すほかは無くなってしまったのだ。戦意が急に消え失せて、色々と問いただすつもりであったはずが、湧き上がってくる敬意の念に自ずと片膝をついてしまった」
「なるほど、それはスキルなのか?」
「おそらくな。効果範囲はそれほど広くは無いと思うし、無理な命令に従わせたりするような強制力はない。だが、何と言うかな、とにかくあの王が自分の主君であるような、そんな錯覚を覚えてしまい、危害を加えようなどとは思えなくなるのだ。そして、恐るべきは国王自身のその力のみではない。あのパウル四世……。暗君だが、仮にも強大国に君臨する王だ。その権力は絶大で、国有数の強者や手練れも多く従えている。正面から出向いて、あの王を詰問するなど、とても成功するとは思えない」
そうかな?
口には出さなかったが、俺はマルフレーサとは別の意見を持っていた。
一番最初にあの国王に会ったときには、俺はそんなスキルの影響などまったく感じなかったし、その効果が常時発動ではないなら、一瞬の隙を付けさえすれば勝機はあるように思われたからだ。
消費MPが大きいとか、予備動作が必要とか、もしくは俺たち異世界人には効果が薄いとか、あの時、俺たちに使用してこなかった理由がきっとある。
城に侵入さえできれば、亀倉の考えは案外、悪くない気がする。
「しかし、それでもやるしかないんだ。俺たちをこの世界に召喚したあの国王以外に、元の世界に戻る方法を知っている人間がいるのなら話は別だが……。マルフレーサさん、あなたは何か知らないか?」
「異世界からの人間の召喚。それはゼーフェルト王国に古くから伝わる秘儀。≪大賢者≫と呼ばれている私でさえ、それはただの言い伝えであり、実在するとは思っていなかった。しばらく、森の奥地で隠棲していたからな。実際にそれが行われたのだとお前たちから聞いて、内心とても驚いているよ」
「やはり、あの国王から直接聞くしかない。そういうことだな」
亀倉は自分の拳を手のひらで包むようにして、二度軽く打った。
「……あのさ、元の世界に戻る方法なんて本当にあるのかな?」
俺がつい口にした疑問に、一同が一斉にこちらを向いて注目した。
「オマエ、何言ってんだよ。オレたちがあの城に召喚された日に、あの王様が言ってただろ。『魔王を打倒し、その身に宿した特殊な魔石を手に入れる必要がある』って。その魔石を女神リーザに捧げれば、元の世界に帰れるんだろ? 古文書だか、なんだかに書いてあるって言ってたよな?」
ケンジが口を尖らせて、俺にツッコミを入れてきた。
「まあ、確かにそんなこと言ってたけどさ。魔王を倒させるただの口実かもしれないし、本当かどうかなんて誰にも分らないよね」
「……俺もあの国王が俺たちに話したあの帰還方法は嘘だと思っている。魔王を倒さなければ、元の世界に帰れないと俺たちにそう信じ込ませるためのな。あの国王たちは魔王については何も知らないの一点張りだった。正体を知らないのに、その体の中に魔石とかいう物があるって知っているのは矛盾してるだろ?どちらかの話が嘘なのか、それとも両方ともなのかはわからないが、俺にはどうにもあの国王を最初から信じることができなかったんだ」
「まあ、あの悪人面だしね」
「……嘘か、本当か。いずれにせよ、魔王のもとに到達する力すらない俺たちには、その方法をとることはできない。魔王が、あの≪魔騎将≫とかいう魔人よりも弱いってことは無いだろうし、しかも同じような化け物がおそらく他にもまだいるんだろうからな。残された手段は、あの国王を直に問いただすしかないんだ。マルフレーサさんの話を考慮しても尚、魔王を倒しに行くよりは絶対にマシだからな」
「そっか、亀倉さんは元の世界にどうしても戻りたいんだね」
「ああ、家族が待ってるんだ。絶対に、帰らなきゃならねえ。ユウヤ、お前は、戻りたいって思わないのか?」
「どうだろうね。自分でもわからないっていうのが本音かな。元の世界に戻ったって、別にやりたいことあるわけじゃないし、苦労してまで何が何でも戻りたいっていうのは無いかな。最初の頃はホームシックになりかけてたけど、今はそれももう無くなったし、どのみち高校出たら一人暮らしするつもりだったからね。まあ、彼女でもいたら、少しは違ってたんだろうけど、今はこの世界で毎日を面白おかしく暮らせたら、それでいいかな?」
「そうか……」
「元の世界に戻る方法、教えてもらえるといいね。成功を祈ってるよ」
「ああ、ありがとうよ。命を救ってもらった恩、忘れないぜ。お前も達者でな」
「ユウヤさん! 本当に行ってしまうんですか? 私たちと一緒に……」
「さっきも言ったけどそれは無理だよ。俺なんか、ただ
「オマエ、なんか隠してるよな? さっき、オレの手を掴んだバカ力とあの素早い手の動き、あれは普通じゃなかったぞ。本当は、けっこう強いんじゃないのか?」
「……悪いけど、そういう詮索も嫌なんだよね」
「頼むよ。もし、実力隠してたんなら、オレたちに力を貸してくれよ。なあ、亀倉さんもなんか言ってくれ。今は一人でも戦力が欲しいところだろ!」
「……ケンジ、あきらめろ。ユウヤの目は、自分の行動を自分で決められる一人前の男の目だ。俺やお前より年下だが、相当な修羅場をくぐってきたんだと俺は思うぜ。そういう奴が一度決めたことってのは、覆すのは無理ってもんだ」
「亀倉さん、オレは……、あんたに死んでほしくねえんだよ。ユウヤの説得をあきらめろっていうなら、せめて、一人で無茶して王都に行くのだけはやめるって約束してくれよ!」
ケンジは本気で地団太を踏み、人目もはばからずに泣いた。
ふとヒマリの顔を見ると、まだ何か言いたいような雰囲気があったが、俺はそれに気が付かないふりをした。
たぶん、亀倉の無謀をいさめてほしいとか、そういうことだろう。
だが、何としても元の世界に戻るのだという亀倉の気持ちを理解できないわけではなかったし、何より俺にはそれを引き留める資格など無い気がした。
マルフレーサの忠告を聞いた上で、それでもなお行くというのであれば、止めるべきではない。そう思ったのだ。
「……さあ、マルフレーサ。俺たちはもう行こう。用事は済んだでしょ」
俺は、できつつあった亀倉たちとのつながりとその場の空気を断ち切るように、あえて一瞥もしないで、そのまま部屋を出た。
亀倉も、ケンジも、ヒマリも決して嫌な奴らではなかった。
もし、これ以上一緒にいたら情が移ってしまうかもしれず、それを俺は嫌ったのだ。
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