第131話 死の淵からの生還

意識を取り戻した亀倉が寝台からむくりと身を起こし、ヒマリとケンジがその彼にすがり付いて泣いていた。

別行動をとっていたこの期間の間に、彼らの間には確かな絆のようなものが芽生えていたのだろう。

亀倉の顔は困惑しつつも、どこか嬉しそうで、その光景を見た俺も、まあ悪くない気分になった。


「お前が、俺の命を救ってくれたんだってな。ありがとう。礼を言わせてもらうよ」


「ああ、いや、別に大したことはしてないし、気にしなくていいよ」


「すまない。この通り、持ち合わせもあまりなくてな。≪黄金獅子の鎧≫を手放してなかったら、助けてもらった礼にそれを譲っても良かったんだが……」


「黄金獅子の鎧? あのカナブンみたいな見た目の鎧でしょ。いらないよ。そんなことより、なんでこんな状況になってるわけ? ヒマリの話だと、その魔王討伐隊とかいうのから逃げてきたみたいな話だったけど……」


亀倉は、ヒマリの顔をちらっと見たが、観念したのか、ぽつりぽつりと王都を出てから今日に至るまでの状況を話し始めた。



「……どうやら魔王の勢力には、俺たち魔王討伐隊の動きは完全に筒抜けだったようだ。俺たち三人が隊を離脱したのも把握されていて、この街に来る途中の山道で、≪魔騎将≫アルメルスとかいう魔人が接触してきたんだ。どうやら魔王の奴が俺に関心を持っているらしくてな、その魔人を通じて、力を貸せと誘いをかけてきたんだ。だが、魔王に忠誠を誓うその証としてケンジたちを殺して首を取れという条件を提示されてな、即決で断ったよ」


「なるほどね。それで戦いになったっていうわけだ」


「ああ、俺もこんなざまになっちまったが、なんとか一矢報いてやった。向こうも≪魔戦の誓い≫がかかった状態の俺のしつこさに嫌気がさしたんだろうな。姿を消して、それ以上は追って来なかった」


これまでの亀倉の話を聞き、この異世界にやって来て苦労していたのは自分だけではなかったんだなと、俺は内心で思った。

そして、召喚者の中で、ひとり蚊帳の外に追いやられたような状況にされてしまったことについての恨みからだろうか、どこかへそを曲げていたらしい自分に気が付き、少し恥ずかしくなった。


何度も死ぬ羽目に陥ったけど、無理矢理、軍隊の真似事を強要されなかった分、俺の境遇の方がましだったかもしれない。

過酷だったけど、自由があった。


「まあ、だいたい事情も分かったし、俺はもう行くよ」


俺は掛けていた椅子から立ち上がり、傍らで大人しくしていたブランカの背を軽く撫でて、「待たせたね」と声をかけた。


「おい、行っちまうのかよ?」


ケンジが慌てたように声をかけてきた。


「行くよ。亀倉さんの命も助かったし、俺はもう用済みでしょ。邪魔者は、退散、退散!」


「ユウヤさんは、邪魔者なんかじゃ……」


ケンジ、ヒマリが名残惜しそうな顔でこっちを見ているが、これは自分たちの今後に対する不安からくるもので、別に俺に仲間意識を感じたからではないと思った。


城から追放されてしまったあの日に、俺とこいつらの道は完全に分かたれたのだ。

俺は、ケンジたちの仲間などではありはしないし、それはきっとこれから先も変わらないだろう。


無職ノークラス≫でしかもノースキル。

能力値も最低だと思われていた状態からの、ただの手のひら返しにすぎない。


もし、俺があのちょっと変わっているらしい回復ヒールを使うことができなかったら、きっと今の態度と違っていたはずだ。


「ケンジ、ヒマリ、行かせてやれ。そいつにはそいつの考えや生き方があるんだろう。別嬪さんの連れもいるみたいだしな」


亀倉は諭すようにそう言うと、寝台を降りてこっちに歩み寄ってきた。

もうすっかり怪我の状態は良いらしい。

ぱっと見、傷もふさがり、顔の血色も戻っている。


「怖そうな顔してるけど、意外と話が分かるね。念を押しておくけど、ここで俺と会ったことは誰にも言わないでよね。本当はこんな風に関わりたくなかったんだ」


「ああ、わかってる。俺は、命の恩人に迷惑をかけるようなことは絶対にしない。約束しよう」


「そうだ! 一応聞いておくけど、あんたたちはこれからどうするつもりなの? 国から追われてるかもしれないんでしょ」


「俺は……、王都に戻るつもりだ」


「エッ!? 亀倉さん、まだそんなこと言ってんすか? 王都はヤバいっすよ」


ケンジがその細く、やや切れ長の一重瞼を大きく見開いて驚いた。


「ケンジ、お前たちはこの街に置いて行く。王都へは俺一人で行くつもりだ。前にも説明したが、なんとしてもあの国王から、元の世界に帰る方法を聞き出さなきゃならん」


亀倉の決意は固いようで、ケンジたちは絶句してしまい、室内に沈黙が訪れる。


「……部外者が口を出すのもどうかとは思ったが、王都に戻るのはやめておいた方がいいぞ」


部屋の隅で、黙って成り行きを見守っていたマルフレーサが、いきなり口を開いた。


「あなたは?」


「私はマルフレーサ。そこのユウヤの情婦だ」


「情婦……」


ヒマリが少し軽蔑したような顔で俺を見た。


「いや、いや、そんな誤解を生むような自己紹介やめてよ。俺、妻帯者じゃないし情婦とかおかしいでしょ。この人は、マルフレーサ。昔、≪世界を救う者たち≫とかいうこの世界では有名な冒険者パーティの一員で、魔法の達人……だと思う」


「それで、あなたとの関係は?」


「……ストーカーと被害者かな」


俺たちの茶番めいたやり取りに、亀倉がため息を吐いた。


「……それで、ええと、マルフレーサさん。話が横道にそれてしまったが、さっきの発言はどういう意味だ? 何か知っていることがあるなら、教えてくれ。この世界についてはわからんことだらけで、今は少しでも情報が欲しい」


亀倉の目には強い決意の光ともいうべきものが宿っており、その表情は唯一人、厳しく真剣そのものであった。

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