第130話 魔戦の誓い

寝台に横たわるカメクラという男の全身に刻まれた無数の傷はどれも深く、生きているのが不思議なほどだった。

まるで地割れのような傷の形そのままに、吹き出した血が固まり、グロが苦手な俺からすると目を背けたくなる状況だ。


「どれ、ちょっと調べてみるか」


マルフレーサが、カメクラに歩み寄り寄ろうとすると、それを拒むかのようにケンジとかいう目つきが悪い奴が立ちふさがった。


「ちょっと、待てよ。亀倉さんに、気安く近寄るんじゃねえ。オレはまだお前たちのこと信用したわけじゃねえんだ」


「ふむ、健気なことだが、このままではその男は確実に死ぬぞ。さあ、退いていろ。こう見えても、世の中では≪大賢者≫などと言われておるし、本職を極めた者ほどではないが、回復魔法も使うことができる」


泣き出しそうな顔のケンジをマルフレーサは軽く押しやると、亀倉の傍らに立ち、≪分析アナライズ≫と唱えた。


カメクラの体の上に、ステータスボードのようなものが出現し、皆が驚きの声を上げる。


名前:亀倉かめくら 英雄ひでお

職業:魔戦将軍(魔戦士からクラスチェンジ)

レベル:36

HP:  1/238

MP:  1/181

能力:ちから32、たいりょく38、すばやさ25、まりょく28、きようさ19、うんのよさ15

スキル:魔力加算攻撃

≪効果≫物理的攻撃に、己の「まりょく」を「ちから」に換算した威力を上乗せできる。(消費MPは一撃ごとに魔力の数値分)


スキル:魔斬破

≪効果≫魔力で具現化した闇属性の斬撃を飛ばすことができる。

    (消費MPは固定5。威力は魔力数値依存)


スキル:魔戦指揮

≪効果≫自らの指揮下にある者の精神抵抗と能力値をわずかに強化できる。

    (消費MP無し。自動発動スキル)


スキル:魔戦の誓い

≪効果≫全生命力を賭すことで、己に、目的遂行のための不滅の戦士と化す誓約と戒めをかける。限界を超えた力と驚異的な耐久力を引き出すが、誓約の代償により、目的の達成または五日間の効果時間の終了をもって命を落としてしまう。痛覚は遮断され、状態変化等の魔法も受け付けないが、肉体の修復効果は無い。



「ほう。この男、私と同じレジェンド・クラス持ちか。相当の強者であるようだが、やはりこのままでは死ぬな。おそらく、この≪魔戦の誓い≫というスキルを使ったのだろうが……」


ステータスボードの強制開示までできるなんて、やっぱり、このマルフレーサは油断がならない女のようだ。

隣で寝ているときに俺のステータスもこっそり見られている、などということもあるかもしれない。


「……私たちのせいです。私たちが弱いから、亀倉さん、いつも自分を犠牲にして……。二日前も、私たちの前に突然現れた魔人と戦って、それでこんなひどいケガを……」


「魔人か……。いくら足手纏いを二人も抱えているといっても、これほどの猛者だ。そう後れを取ることは無いと思うが、その魔人はどのような姿をしていた?」


「見た目は最初、普通の人間みたいだった。確か、≪魔騎将≫アルメルスとか名乗ってて、突然、恐ろしい鎧姿の化け物みたいな姿になった。アイツ、亀倉さんのこと仲間に引き入れたがっていて、それと引き換えに俺たちを殺せって。でも亀倉さん、それを拒否して、戦いになった。そんなヤバい状態だってのに、亀倉さん、笑って、『大丈夫だ。お前たちだけは何としても守って見せる』って。オレは、ビビっちまって息を殺して隠れるだけで精いっぱいだった。情けねえ、情けねえよ、オレ……」


ケンジはその逆立てた髪の毛をくしゃくしゃにしながら、力なくその場にしゃがみ込んでしまった。


「魔騎将……。魔王に仕える六人の大幹部の一人か。運がなかったな。通常の魔人であれば、これほどの深手を負うこともなかったであろうし、このような自己犠牲的なスキルを使うこともなかったであろうに……」


「先ほど、回復魔法が使えるって仰ってましたよね? どうか、この通りです。私にできる事なら何でもしますから、どうか、亀倉さんを助けてください」

「オレからも頼む。この通りだ」


ヒマリとケンジはマルフレーサに縋り付き、頭を下げた。


「先ほども言ったが、この状態は、亀倉という男本人のスキルによるものだ。この全身を覆う力からは魔法に対する耐性も感じられるし、私の≪回復ヒール≫を受け付けるかはわからんぞ。それに、仮に傷が癒えたとて、この≪魔戦の誓い≫自体を解除できなければ、どうやらその代償により命を落としてしまうようだ。この亀倉という男の力は、人間としては珍しいが、魔人たちの者と同じ闇属性だ。聖属性とは対極にあり、その闇を上回る聖なる力が無ければ打ち消すことはできない」


マルフレーサが一瞬、こっちを見たが、俺は視線を逸らした。


「それでもいい! やってみてくれ。このまま、亀倉さんを見殺しにするわけには……」


「……仕方がないな。では、試してみよう。お前たちは危ないから、少し離れるがいい。……では、いくぞ。回復ヒール


マルフレーサが翳した手のひらから清浄な光が溢れ、それが亀倉の体を包む闇の気と相克を始める。


「くっ」


マルフレーサの美貌が歪み、表情から余裕が消える。


光と闇がせめぎ合う影響で部屋の中の空気が震え、家具などが小刻みに揺れる。


「ぐっ、駄目だ。やはり、私の回復魔法では、この≪誓約≫の力を払うことはできない。呪いではないから、解呪は不可能だし、かつての仲間であったカミーロの回復魔法でもこれを打ち消せるほどの神聖力があるかどうか」


「そんな……」


「ユウヤ、どうする? フローラの話では、瀕死の重傷を立ちどころに治したという規格外の≪回復ヒール≫を使えるのだろう? いいのか、このままでは、この男は確実に助からんぞ。その辺の司祭よりも強力な私の回復魔法が通じぬのであれば、この場で可能性があるのはお前しかいない」


ああ、ちくしょう。

やっぱり、こういう展開になるんだよな。


「いやいや、こいつ、だって≪無職≫でしょ。オレ、覚えてるぜ。お前には何のスキルもなかったじゃないか。回復魔法なんて使えるはずがない」


「ステータスボードには、なぜか表記されていないが、しかし、使えるのだろう?試す価値はあると思うが……」


「やっぱり、俺のステータスをこっそり見てたんだ? 最悪……」


「お前だって、目の前の美少女のスカートが風で捲れたら、その中身を凝視するだろう。それと同じことだ。見ることができるのに、見ない手は無い。違うか?」


なんか例えが適切ではない気がするが、否定はできない。


「わかった。いいよ。やればいいんでしょう? その代わり、駄目でも俺を恨まないでよね」


俺はその場を退いたマルフレーサに代わり、亀倉というおっさんのすぐ近くまで行く。


俺は、コマンドウィンドウを出現させ、その中の「まほう」を選択するとその中から、≪回復ヒール≫を選んだ。


俺の右手から、マルフレーサのそれよりも一際輝く、やわらかで大きな緑色の光が溢れ出し、亀倉の全身を、禍々しい蠢く気とともに包む。


先ほどのマルフレーサの時のような光と闇の衝突は起こらない。


神聖なる光が闇そのものを包み込んでしまうかのような状態になり、そして次の瞬間、亀倉の目がいきなり開いた。







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