第129話 無職の人ですが、何か?

俺と一緒に異世界に連れてこられた人間は、俺を含めて十人。


だが、俺はいきなり初日に城を追い出されてしまったので、他の九人との面識はほとんどない。


ヒマリという名前を憶えていたのは、彼女が一際ひときわ美人でかわいかったから印象に残っていただけで、他のメンバーのことはどういう名前だったか、もうほとんど記憶に残っていない。

外見の特徴と顔はなんとかギリギリ覚えている感じだが、それもかなりあやふやで何人かは忘れてしまったくらいなのだ。


何せ俺は、セーブとロードを繰り返し、他の人が感じる実際以上の月日を経ている。

口も利かず、ほんの数十分程度しか同じ場所にいなかった連中のことなど、いつまでも覚えていられるわけもない。


「よく俺のことなんか覚えてたよね。誰一人、俺のこと庇ってくれる人もいなかったし、あの後、どうなったかなんてどうでもよかったでしょ?」


大人げないが、俺は内心で少しイラついていた。

あの時、俺を見捨てた奴らのうちの一人が、今更何で話しかけてくるのか。

あの追放の時と同様に無視してくれたら良かったのにと。


「あの時は本当にごめんなさい。みんな動揺してて、私も自分のことで精いっぱいだったの。こんな知らない世界に無理やり連れてこられて、しかも武装した兵士たちに囲まれて意見なんて言える雰囲気じゃなかった。あとで、追放された≪無職≫の人、どうなったんだろうってみんなで話してたの。本当に無事でよかった」


「無事じゃないよ。何度も本当に死ぬような思いをして、本当に大変な目に遭った。あの悪人面の国王に歓迎されて、あんな大々的なお披露目式までやっちゃうような君たちにはわからないだろうけどね。九人の異世界勇者だっけ? 魔王を倒しに行くって話だったけど、何でこんなところにいるわけ?」


「それは……」


ヒマリは表情を曇らせ、うつむいてしまった。


「まあ、言いたくないならいいや。極秘任務とかかもしれないしね。俺はもう行くから、二度と話しかけてこないでほしい。迷惑なんだよね」


ちょっと性格悪い感じに思われたかもしれないが、それでいい。

ルックス的にも好みだったし、仲良くなりたい気持ちもないわけではなかったが、関わって魔王との戦いに巻き込まれてはたまらない。

そのまま、その場を去ろうとしたが、通り過ぎた俺の腕を追いすがってきたヒマリがいきなり掴んできて離そうとしなかった。


「……お願い。行かないで……」


目に涙を浮かべているヒマリの声は震えていた。


「何? しつこいよ」


「お願いです。もう頼れるのはあなたしかいないの。話だけでも聞いてください……。お願いします。仲間の命を、亀倉さんの命を救ってください」


「カメクラさん? 誰、それ」


ヒマリは、怯えた様子で周囲を見回し、そして「一緒に来てほしい」と腕を引いてきた。

俺は、「だが、断る」とはっきり言おうとしたのだが、マルフレーサが「話だけでも聞いてやろう」というので、仕方なくヒマリについて行くことになってしまった。


まあ、いいさ。

≪ぼうけんのしょ≫のロードなら、いつでもできる。


この際、この時点での他の召喚された者たちがどのような状況に置かれているのかを知っておくことも次の人生のやり直しの際に役立つかもしれない。



ヒマリに連れられてやってきたのは、俺たちが泊っている宿の部屋とは雲泥の差の、裏通りにある安宿だった。

ボロくて、どこか異臭漂う路地からその建物の前にやって来ると、聖狼フェンリルのブランカがうなり声を上げ始め、俺も何か嫌な気配のようなものを感じた。


もうこの時点でかなり帰りたくなってきたのだが、ヒマリは俺の腕をギュッと掴んで離さず、何としても俺を逃がすまいと強い決意のようなものを感じさせてくる。

いつしかマルフレーサの顔も真剣な感じになり、その建物の一角にある部屋の窓をじっと見つめていた。


ブランカをなだめつつ、その安宿に足を踏み入れ、ヒマリたちが泊っているという部屋に足を踏み入れると、いきなり俺ののど元に短剣の刃が突き付けられた。

だが、俺はそれを瞬時に察知し、その短剣を突き付けてきた奴の手首を強く掴んだ。


扉の向こうからは、何やら邪な感じの気配が漂ってきてたし、俺も油断してなかったから、短剣の切っ先が見えてから動いても余裕だった。


「ぐぁっ、痛えー。なんて馬鹿力だ。放せ!頼む、放してくれよっ」


苦悶する声の主は、額に濃紺の布を巻き、髪を逆立てた痩せた男だった。

目つきが悪く、歳は俺よりも少し上くらいだろうか。


その痩せた男は苦痛のあまり短剣を落としてしまい、地面に落ちたそれを俺は部屋の隅に足で払った。


「入ってきた人間にこんなもの突き付けるなんて、穏やかじゃないね」


「ユウヤさん、ケンジさんを放してあげてください。私たち、追われてて、それで……」


追われてる? 誰に?


国王の名のもとに、華々しく送り出されたはず異世界勇者たちが一体誰に追われているというのか。

彼らが向かったはずの北の魔王領との境と、このバレル・ナザワは地理的にもそれなりに離れているが、魔王の勢力とかだろうか?


俺は首を傾げつつ、そのケンジとかいう奴の手首を放してやった。

所持スキルの力なのか、部屋に居たことを悟られないくらいに、気配と≪理力≫を消すのがうまいようだが、今のやりとりでこのケンジが俺の脅威になるほどの存在ではないことが把握できた。


俺に危害を加えるには動きがスローだし、何より非力すぎる。


それにこの部屋には、ケンジなどまるで問題にならないほどの異様な存在があったため、いつまでもかまっていられなかったというのが本音だ。


部屋の隅の寝台に横たわっている中年の男。


その男からは何やら異様な気が漂っていて、その気が無数の蛇のように全身を隈なく這いずり回っているように見える。

それらは、ハーフェンで見た呪詛のようでもあったが、似て非なるもののようにも思える。

中年の男は全身に傷を負っているようであり、服は乾いた血で赤黒く染まってしまっていた。


ブランカがうなり声をあげて警戒したあの嫌な気配はこの中年から漂っている。

それはやはりどこか禍々しさを感じさせる気配で、鼻が利くブランカが今もじっとにらみを利かせている理由は、男の加齢臭などではないと思われた。


「マルフレーサ、あれは何なの? 呪詛とかいうやつ?」


「いや、これは違うな。これはこの男自身の力によるものだ。少し調べてみなければわからないが、おそらく何かのスキルの効果ではないかな」


「ねえ、ヒマリ。この人がカメクラさん?」


「そうです。亀倉さん、遭遇してしまった魔人から私たちを守るために戦って……。それで……」


「そうなんだ。でも、この傷、結構ヤバそうじゃない? なんで、回復術士とか、薬師とかに診せないの? このままだと、今にも死にそうじゃない」


「チッ。そんなことはわかってるよ。でも、亀倉さんの指示なんだ。オレたち、魔王討伐隊から逃げてきて、それで手配が回ってるかもしれないから、リーザ教団の僧侶は呼ぶなって。でも、意識を失っていよいよヤバそうだったから、ヒマリの奴が治せる人を探しに行くって飛び出して行ってしまった……。でも、ヒマリ、なんだってそんな≪無職≫野郎を連れてきたんだ? ちくしょう、馬鹿力出しやがって、腕が折れるかと思った」


魔王討伐隊から逃げてきた?

何かあったのだろうか。


それと、無職、無職ってうるさいな。

こいつら、やっぱりどこかで俺のこと見下してるな。


「ごめんなさい。必死で探したんだけど、リーザ教団の僧侶と冒険者ギルドに所属している人以外で回復呪文使える人が見つからなくて、そしたら偶然、このユウヤさんに会えたの。ねえ、ユウヤさん。亀倉さんの怪我を治せそうな人を知りませんか?このままじゃ、亀倉さん、私たちのせいで死んじゃう。ずっと私たちのこと、体を張って守ってくれて……。それなのに私たちは亀倉さんに何もしてあげられない」


どうしようかな。

俺も≪回復ヒール≫なら使えるけど、≪無職≫なのに魔法使ったとかなると、色々とまためんどくさいことになるかもしれないし……。


何より、こいつらの態度が正直、気に入らない。


カメクラさんだっけ?

見ず知らずのおっさんとはいえ、見捨てたらカミーロみたいに化けて出てくるかな。






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