第128話 にほんじん

国境の街バレル・ナザワに滞在して二日目。


ようやくこの街の雑然とした雰囲気にも慣れてきて、観光を楽しむ余裕も出てきたが、やはり否が応でも奴隷の存在が目につき暗鬱とした気持ちにさせられてしまう。


そのこと以外は割とこの自由な空気は嫌いじゃないのに、本当に残念だ。


ちなみに俺は大きな勘違いをしていて、王都では奴隷というものが許されていないと思い込んでいたが、そうではなかった。


マルフレーサによると、ゼーフェルト王国でも国の許可を得れば奴隷の所持が認められているらしい。

だが、あの王都で奴隷の姿を見かけなかったのは、どうやら異世界勇者たちを召喚する生贄として使われてしまったことが原因であったようで、その所有者たちは王命で無理矢理差し出させられたらしい。


元の世界でも、大昔は奴隷制度があったことは知っている。

でも人が人を物として売り買いするなんてことは、どう考えても間違っていないだろうか。


そんなことを考えながらだと、どんな名所も、名物料理も色褪せてしまって、もうそろそろ気分転換に別の都市、あるいは別の国に移動しようかと考え始めていたその時――。


偶然、思わぬ人物と出くわしてしまった。


少し茶色がかった長い黒髪に、すらりと伸びた健康的な手足と抜群のスタイル。

普通にアイドルグループのセンターを張れるんじゃないかと思われるレベルの顔立ちを持つその少女は、俺と同様に固まってしまい、そのまつ毛の長い大きな目を見開いてこっちを見ていた。


「あなたは……」


「やべっ、なんでここに……」


俺がこの異世界に召喚されてきた時に、確かにこの少女はあの城にいた。


少し日焼けして、髪も伸びていたが間違いない。

一度、注目した可愛い女の子を俺が見間違えるわけがないからだ。


確か名前は、なんとかヒマリ。

ステータスボードのお披露目の際に、そう書かれていた気がする。


俺は慌てて踵を返し、マルフレーサたちとともにその場を去ろうとした。

マルフレーサが「どうした?」と疑問の声を上げ、ブランカが首をかしげたが、それに答えてる場合じゃない。


一刻も早く、この場を去らねば。


魔王討伐だか何だか知らないが、巻き込まれてしまってはたまらない。

このヒマリがいるってことは他のメンバーもいる可能性がある。


「ちょっと、待って! お願い」


待てと言われて待つバカはいない。

俺はその声を無視して、逃げ去ろうとしたが、マルフレーサが外套の背を掴み、「おい、ユウヤ。待ってくれと言っておるぞ」と引き留めてきた。

勢い余って、俺はずっこけそうになってしまう。


「やっぱり、あなた、私たちと一緒に召喚されてきた≪無職≫の人よね? 」


「いや、何のことかな? 人違いだと思うけど……」


「だって、その綺麗な人が、あなたのことユウヤって呼んだわ。雨之原うのはら優弥ゆうや。ステータスボードの職業欄が、空白になっていた人よね。城から追放された……」


「何のことですかのう? げほげほ、そのような名前聞いたことがございませんのう」


俺は慌てて、声色を変え、変顔をしてごまかそうとした。


「おい、ユウヤ。城から追放とはどういうことだ?」


マルフレーサが興味津々といった様子で顔を覗き込んでくる。

切れ長の目や整った鼻筋。

エルフの特徴が垣間見えるその綺麗な顔に意地悪そうな笑みを浮かべながら。


ああ、やばい。

もうこれ、絶対、ロードすべき状況だわ。

よりにもよって一番厄介な人と一緒の時に、同郷人にほんじんに出くわすなんて。


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