第127話 偽善なる者


「周辺国から流れてきた異なる人種の同じ人間でさえ、生粋のゼーフェルト人は嫌う傾向にある。その思想を最も強く持つのが王家だ。今は、北の魔王勢力と争っているので、その野心を表には出していないが、歴代の王たちはこの大陸中の国を征服し、ゼーフェルト人がすべてを支配する世界を築こうと考えていた」


「なるほどね。じゃあ、魔王を倒しちゃったら、またその野心に火がついちゃうかもしれないってわけだ。そう考えると、別に魔王を倒したからって平和な世の中がやって来るってわけでもないよね」


「まあ、そうなるであろうな。平和など所詮は、幻想。人間はそういう生き物だ」


これで、一旦、マルフレーサ先生の辛気臭くなる講義はおしまい。


小腹も空いたし、二人と一匹で通りの屋台を梯子しながら食べ歩き、観光を楽しむ。


珍しい異国の商人が広げた露店の品々を物色し、お土産を買ったりしているとようやくマルフレーサの顔にも明るさが戻り始めた。


「あっ、見てよ。あの女の子、頭に猫みたいな三角耳が付いてる!」


アニメに出てくるみたいな猫耳のかわいい女の子がこうして現実に目の前にいるなんて。

顔も可愛いし、やばい、何かに目覚めそう。


「あれは、人間とキヤルド族の混血だ。あの見た目だとハーフではないな。人間の血の方が濃い。ああなると……」


マルフレーサが何かを言いかけたその時、突然その猫耳少女が、何者かに強くぶたれ、地面に倒れた。


俺はそれを見た瞬間、体が勝手に動いてしまい、少女を殴った男に駆け寄ると、その胸ぐらをつかんでしまった。


「おい! 何してるんだよ」


男の体は宙に浮き、恐怖で顔が歪んだ。

周囲から悲鳴が上がり、周囲が騒然となる。


「ぐっ、何って……商品に躾けをしてるんだよ。放してくれ。苦しい!」


「おい、よせ! ユウヤ、落ち着け」


マルフレーサの声でようやく我に返った。

男を地面に放してやり、それを見下ろした。


「商品って、どういうことだよ」


「どういうことだって……、お前、そいつは奴隷だよ。オレが金を払って仕入れた商品なんだ。文句を言われる筋合いなんてない」


マルフレーサの方を見て確かめようとすると、彼女は無言で頷き、そして、腰を抜かしたらしい奴隷商人の男に、銀貨を数枚渡すと詫びを入れ、俺を引き離すようにして、その場を離れるように促してきた。


「マルフレーサ、あの娘かわいそうじゃん。助けなくていいの?」


「奴隷として扱われているのはあの娘だけではない。ゼーフェルトほどではないにせよ、どの国でも多種族に対する偏見や差別はある。ましてや混血となると両方の種族から忌み嫌われ、迫害の対象になる。食うに困った親に売られて奴隷になる者もいれば、そうした迫害の意志が長じて人を人とも思わぬ者たちによって攫われ、品として扱われたりするのはこの世の常であるのだ。あの娘の様に見た目が良い混血は、愛玩用の奴隷として愛好家たちに高く売れる。ああした愛玩奴隷以外にも、労働用の奴隷などそれこそ星の数ほどもいるのだ。人よりも命の価値が劣ると思われがちな混血はそうした対象になりやすく、私はたまたま運が良い方であったが、それでも「尖り耳」だとか「悪魔の子」などと罵られ、よく苛められたものだ。魔法や呪いを覚えてからはこっそりやりかえすようになったがな。いいか、ユウヤ。そうした虐げられし者たちや奴隷の身分に陥った者たちをすべて救うのは不可能だ。救いたければ、お前自身が力を持ち、国を変え、人の心を変えねば、救えぬのだ。あの娘一人救ったとて、それはお前の自己満足にすぎない。ただの偽善だよ」


マルフレーサの言葉に俺は何も言い返すことができなかった。


いや、厄介ごとから逃げ、責任を負うことを嫌う俺には、何も言い返す資格がなかったのだ。

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