第126話 国境の街

「お、お待ちくだされ、ユウヤ殿。これは大変名誉なことであるのですぞ。ありがたくお受けくだされ!」


街道を逃げるように早足で進む俺をしつこく追いかけてくるのは、ハーフェン大聖堂から使者として派遣されてきたリーザ教団の聖職者たちだ。


「僧侶個人の認定ではなく、ハーフェン大聖堂公式の認定勇者になれる機会など、そうあることではないのですぞ。よくお考えくだされ」


「いや、本当に要らないから。そうだ! さっきまでいた街に、ブルーノとかいう認定勇者がいたから、そいつで良いじゃん。アゴ砕いちゃったお詫びってことで……」


「そういうわけにはいきませぬ。魔人討伐という輝かしい功績あっての聖堂認定勇者。しかも伝統と格式あるハーフェン大聖堂の、ですぞ!見てください。これがハーフェン大聖堂公式認定勇者の証。裏にはもうユウヤ殿の名前が彫り込まれておるのですぞ」


「うるさいな。いらないって言ったら、いらないんだよ」


俺はいい加減に頭にきて、競歩のような歩き方で移動速度をさらに上げ、この連中を巻くことに決めた。


よし、俺の全力の歩きを見せてやる!


風を切り、高速で景色が通り過ぎてゆく。

足元から砂塵が舞い、踏み込んだ足跡が大地にかすかに爪痕を残す。


聖職者たちがどんどん引き離され、振り返ってもその姿が見えなくなったところで、ようやく俺は歩みを止めた。


少しあとに巨大化した聖狼フェンリルのブランカが、マルフレーサをその背に乗せて追ってきたが、聖職者たちはもうずいぶん離されたようで、最近異常によくなったと感じる俺の視力でも点ほどの姿も見えなかった。




ハーフェンの街を出てから半月ほどが経ち、ようやく俺は東のヴァンダン王国との国境に位置する街バレル・ナザワに到着した。

バレル・ナザワの都市の中心には、ゼーフェルト王国とヴァンダン王国の国境線が走っていて、この街の東西には両国から派遣されてきた領主が別々にいる。

長く小競り合いを続けていた両国であったが、ゼーフェルト王国の先々代の国王の時代に相互不可侵の同盟を結んだことがきっかけでこの街が築かれ、それからずっとこの奇妙に見える共同統治が行われているらしい。


両国の恒久平和と親和の象徴が、この国境の街バレル・ナザワであるそうだ。


多くの商人や旅人で賑わうこの街は、まさに様々な人種の坩堝であり、彫りの深さや造りのテイストは違うものの、俺と同じような黒髪の人もいて、王都などと比べると風景に紛れやすいような気がした。


そして何より、俺なんかは全然目立たないんじゃないかなと思われる理由が存在した。


一目で、俺たちとは違う種族だとわかる存在がぽつりぽつりとだが、往来に普通に存在していたのだ。


マルフレーサよりもずっと長くて尖った耳を持った人、ずんぐりむっくりした背が低い人、ぱっと見で子供のような体格ながら顔はおっさんというような人、そして何より……。


「うわっ、あれひょっとして魔人じゃない? 全身、青い毛でびっちりだし、顔もなんか猫っぽ……」


「馬鹿者、大声でめったなことを言うんじゃない。あれはキヤルドという獣人族、れっきとした亜人種だ」


マルフレーサがいきなり口を塞ぎつつ、ヘッドロックのようなことをしてきた。

そして耳もとで小声で注意してきた。


「えっ、そうなの? 亜人種? てっきり、猫魔人とかかと……」


「おぬしはまったく物を知らんのだな。その調子ではこの先、トラブルが絶えんぞ。王都生まれ、王都育ちで一歩もそこから出たことがない生粋のゼーフェルト人じゃあるまいし。その見た目、おぬしも異国出身かと思っていたが、違うのか?」


困った。なんて答えたらいいか。

別の世界から召喚されてきましたなんて言ったら、好奇心旺盛なマルフレーサのことだ、執拗な追及が始まるに決まってる。


「……いや、なんて言ったらいいか。俺、昔、強く頭を打って大けがしたことがあってさ。記憶がすっぽり抜け落ちちゃった部分があるんだよね」


もうすっかりこの言い訳を言うのが常套句になりつつある。

記憶にございません。

便利な言葉だ。


「そうなのか? それは初耳だったな。道理で常識が欠如してる部分があるなと思っていた。そういうことなら仕方ない。宿を確保したら、観光がてら色々とレクチャーしてやろう」


非常識はお互い様だと思うが……。


そう言いかけて、俺は慌てて言葉を呑み込んだ。


実際にこの街の状況については、わからないことだらけだし、ここはマルフレーサの機嫌を損ねることなく、楽しく教わった方が利口だと考えたのだ。




バレル・ナザワで一番評判が良いらしい宿の、一番良い部屋を確保した俺たちはさっそく市内の散策に出た。


あれはエルフだ、あれはドワーフだ、あれは小人族だといった感じで、マルフレーサの説明を受けながら、雑然とした通りを二人と一匹で歩く。


マルフレーサはご機嫌な様子で、颯爽と前を行くが、最近分かったことがある。

マルフレーサは、俺が困ったり、いじけたり、下手に出るような態度をするととても喜び、機嫌が良くなる。


ちょっとサドッ気があるんじゃないかと疑いたくなる部分もあるが、ベッドの上では割とかわいいところもあって、かなり年上だけどこのまま付き合っちゃってもいいんじゃないかと最近は思いつつある。


さて肝心のバレル・ナザワについてだが、この街については俺の驚くことが多くあった。


まずは多種多様の亜人たちの姿が見られる理由だが、これは俺が召喚されたゼーフェルト王国以外ではごく普通の景色らしい。


つまり、ゼーフェルト王国が特殊なのだ。


ゼーフェルト王国は、≪人間の国≫を標榜し、亜人たちに対してはこのバレル・ナザワから先の領土に足を踏み入れることを禁じているらしい。


「人間という種の保存。つまり、私のような亜人との混血を作らぬようにすべく、ゼーフェルト王国内には、亜人蔑視、亜人嫌悪の考えが強く根付いている。それはかつて人間という種をもっとも寵愛した女神リーザの強い意向が今もなお残っているからであるそうだが……」


ほんの一瞬だけだが、マルフレーサの顔が悲し気な表情をしたように見えた。

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