第125話 認定勇者ってなんだ?

「よくも、あたいのブルーノを……」


「いや、そっちが強引に襲ってきたんじゃない」


「うるさい! 認定勇者と僧侶がどんなに大変なのか、あんたに私たちの苦労が分かるのかい?」


「わからないけど……」


「認定勇者は、教団を旅立った僧侶の数だけ、日々増え続けている。次から次へと増え続ける若い勇者たちとのしのぎあいなのさ。教団に対する貢献度に応じて格付けされて、そのランクに応じた活動資金が支給される。だが、うちのブルースみたいな年齢になってくると魔物を退治したり、長旅がだんだん体に堪えてくるようになる。そうなってしまったら、どんどんランクが落ちていって、最終的には勇者認定を取り消されてしまうんだよ」


「へえ、そうなの。大変なんだね」


冒険者のギルドカードもそうだけどノルマがあるって、確かに大変だよね。


「そうなったら、それに付き従う僧侶の私も路頭に迷うことになる。この人こそが私の勇者と、生涯をかけて尽くし続けてきた苦労が、あんたにわかるのかい? 人様の勇者をこんな有様にしやがって、これから先は誰が私を養ってくれるのさ!」


目を血走らせて、自分のことばかり話す女僧侶に、元の世界の近所にもこんなおばさんいたなとふと思った。

ブルーノというらしい認定勇者も完全に自分の所有物扱いだし、発言が俗物すぎて、もはやこのおばさん僧侶が聖職者には見えなくなってきた。


「知らないよ。俺とはまったく何の関係も無いじゃん」


「大ありだよ。あんたがブルーノにやられてくれてたら、あの大貴族であるハーフェン領主に見込まれた勇者以上の武勇だって評判になり、どこぞの貴族から指南役とかの仕官の話だって舞い込んだかもしれない。私たちのセカンドライフの夢をあんたがぶち壊したんだ」


「いや、支離滅裂なこと言ってるってわからないかな。どうして、あんたらの幸せのために俺が犠牲にならなきゃいけないのさ。……あほくさ。ほら、もう行くから、お前らもそこをどけよ」


俺がそう言って軽くにらむと、ブルーノの仲間たちは怯えたような目で道を空けた。

どうやら力の差が理解できるくらいの力量はあったらしい。




何か白けてしまったので、その日はそのまま真っ直ぐ宿に戻り、ゆっくりと過ごすことにした。

膝の上にブランカの頭を乗せて、その額を撫でてやり、マルフレーサとしばし語らう。


「まったく、災難であったな、ユウヤよ。せっかくの酒と料理を食いかけのまま、残してきてしまった」


「その割には、マルフレーサはどこか楽しそうだったけどね。俺が困った顔をしてるのを楽しんでたんでしょ?」


「さあ、どうであろうな。想像にお任せする」


「代金は先に払ってるんだから、残り物を持ち帰りにしてもらえばよかったな。そうすればブランカにも干し肉じゃなくて、鶏もも肉のソテーをごちそうして上げれたのに……」


わふっと返事のような声を上げるブランカの声に思わず、先ほどまでの嫌な気分が少し和らいでいくのを感じた。


「それにしてもさ、今後もああいう変なのに絡まれたりするのかな? 」


「まあ、そういうことは増えるかもしれぬな。認定勇者には、腕っぷしだけの力自慢がけっこういるし、その実情は勇者とは程遠い。付き従う僧侶も当初の高尚な理想を忘れ、ああいう勇者紛いの愚か者の、ただの情人のような存在に堕落してしまうという話もよく聞く。認定勇者は、なまじ勇者を名乗っているがゆえに、ただ働きも多く、体面を保たなくてはならない分、普通の冒険者よりも稼ぎにくい傾向にある。下位の認定勇者は、その支給額は少なく冒険者としての仕事をしなければ、生活するのにも事欠く状況であるらしい。いずれにせよ、魔王のいる北部に向かわず、比較的平和なこのあたりでうろうろしている認定勇者などろくな者ではあるまい」


「そうなんだ。でも、そんなにつらいなら、何で認定勇者になんかなろうとする人が後を絶たないのかな? やっぱり異性の僧侶とイチャイチャできたりするからとか?」


「いや、そんなことを考えるのはごく一部のたわけだけであろう。やはり、一番大きいのは、その勇者という言葉の響きであろうな。時の英雄、世の救い主。幼心に語り聞かされてきた歴代勇者たちの伝説は、憧れとして、大人になっても残り続ける。リーザ教団の僧侶たちによって、あなたこそはと懇願されては、その気にもなろうというものだ」


「そんなもんかねえ。俺は勇者とかまったく興味ないし、むしろ迷惑なんだけど……」


「ふふっ、そこがユウヤの良いところでもあるわけだが、歯がゆいところでもあるな。普通の人間は、他者に認められたい、称賛されたいという名誉欲のようなものと無縁ではいられぬものだが、お前にはそれがない」


「それを言ったら、マルフレーサだって似たようなものじゃないか。あんな森の奥で世捨て人みたいな暮らししてたし、立身出世を捨てて、こうして俺と一緒に領主のもとを去ったわけでしょ。とくに目的とかもなさそうだし、行先も俺任せだよね」


「そういう俗世の欲は卒業したというだけのことさ。こう見えても若い時には、人並に向上心や出世欲もあったのだぞ。あらゆる魔法を極めつくし、至高の賢者と呼ばれたいという野心があったし、≪世界を救う者たち≫で活動していた時は、それこそ我が魔法こそが魔王の野望を潰えさせるのだと息巻いていたものだ。そういう意味では、ユウヤには若々しさがまるで無いな」


「いや、そういう夢とか目標とかが見つかる前に、おのれの身の程を知っちゃったんだよね、俺は。勉強も、運動も人並。何か没頭できる趣味があるわけでもないし、協調性も全くない。そのうち、俺は悟っちゃったんだよね。何も無理に他人と競う必要もないし、人の上になんて立たなくていいんじゃないのかなって。自分が思うままに、やりたいことだけやって、嫌なことはやめる。身近にある幸せとか楽しみを見つけて生きていけば、心穏やかに暮らしていけるわけじゃない? 」


「それほどの力を持ちながら、人並とは、随分と謙虚なのだな」


やべっ、俺が違う世界から来たことは悟られないようにしなくてはならないんだった。


「ああ、いや、おれも最初から今ぐらい強かったわけじゃないよ。何回もそれこそ死ぬような思いをしたし。でも、確かに今はそれなりに強くなって手を伸ばせる身近が大きく広くなったのは感じてるよ。でもさ、人には向き不向きがあるじゃない? 勇者ってガラじゃあ、俺は無いよ。勇敢じゃないし、どっちかというと真っ先に逃げ出すタイプだからね」


そう、だから俺は決して真の勇者などにはなれない。


世界を救うなんてとてもじゃないが荷が重いし、それにそんな能力もない。


世の中には認定勇者なる志望者が大勢いるわけだし、魔王打倒だの、平和の実現だのと、そういうのはその人たちに任せよう。


地位や名誉そんなものは必要ない。

誰かに認められたりしなくても一向にかまわないんだ。


俺は、俺の思うがまま、俺らしく、ただのユウヤとして生きられればそれで幸せだ。





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