第124話 降りかかる火の粉

この異世界には、SNSも、メールも、電話さえもない。


マルフレーサによると、遠く離れた人に言葉を伝える魔法もないわけではないが、そうした魔法を使える人は稀で、しかもその効果は一方通行であるらしい。

使い魔を相手に送るなどの方法もあるが、これも社会一般に普及しているわけではなく、情報の伝達手段はやはり行商人や旅人の噂話や早馬などが一般的であるそうだ。


元にいた世界とは異なり、遠く離れた土地で起こった出来事がすぐに広まることは無いだろうと俺は高をくくっていたのだが、魔王勢力によって苦しめられているという世相もあったのだろうか、「ハーフェンの勇者、現る」の噂は、想像したよりもはるかに速く、各地に伝播していたようである。


噂の発端は、俺が蛸魔人ピスコーを倒したあの日。

すでにあの時から、「ハーフェンの勇者」の名の一人歩きは始まってしまっていた。


その光景を目にした者たちが、勝手に伝説の勇者が現れたと騒ぎ立て、それをさらにリーザ教団の聖職者たちが驚きとともに各地教団支部などに伝えたらしいその話に、後追いでハーフェン領主がお墨付きを与えてしまったものだから、「ハーフェンの勇者」の名と噂は爆発的な勢いで広まってしまっていたみたいだ。


たしかにハーフェン滞在中は、「勇者殿」とか「勇者ユウヤ」などと呼ばれたりすることもあったが、所詮はご当地アイドル的なローカル人気で、しばらく我慢すればそのうち飽きられて、皆の記憶から消えてしまうに違いないと考えていたのだが、それはまことの勇者の出現を待望するこの異世界の人々の強い願望を理解できていなかったゆえの誤りだった。


手には長杖を持ち、聖なる雷を操る黒髪黒眼の少年。


寄り道しながらのぶらり旅を続け、訪れた各地の酒場で、うわさ話に耳を傾けてみると、すでに俺の風貌までが詳しく広まっており、よくよく気を付けてみると、目立つ美貌のマルフレーサや珍しい生き物であるブランカではなく、俺の方に視線が集まっていることが増えてきた。

やはり、俺の見た目は、目や髪の色もそうだけど、この異世界の住人たちとはかなり特徴が異なるから目立ってしまうらしい。


そしてついに、俺が恐れていたことの一端が見え始めることになる。


いつものように街の酒場でマルフレーサと二人で楽しくやっていると、突然、見知らぬ集団が、こちらのテーブルに近づいてきて、そのうちの一人がいきなり口上を述べ始めた。


その口上を述べた人物は、背中に二本の剣を背負い、手には「古今東西天下無双勇者」と書かれた旗を持っていた。

歳は五十代半ばくらいで、頭部は薄毛が目立つが、髭はごわごわして密林の様になっている。


「やあやあ、我こそは、天下無双。双剣の勇者ブルーノ。リーザ教団が認めし認定勇者なり。その風貌から察するに、貴殿は今売り出し中の≪ハーフェンの勇者≫、ユウヤ殿とお見受けいたす。どちらが真の勇者であるか、いざ尋常に勝負されたし!」


「はあ? なんでそんな事しなきゃないの? 」


「それは、知れたこと。世に称えられ賞賛を受ける勇者とは、常にこの世にただ一人。どちらが真の勇者であるか、白黒はっきりせねばならん」


「いや、俺、勇者じゃないし、偽物でいいよ」


「そうはいかん。お前よりも先に勇者として活動を、長年地道に頑張ってきたというのに、世間ではまるで、ぽっと出のお前の方こそが真の勇者であるという風潮だ。たった一度、それもまぐれで落ちた雷で魔人を倒しただけのお前が、これだけの声望を集めるなど、耐えがたきことだ。いざ尋常に勝負しろ!」


「いや、見たらわかると思うけど、俺たちデート中だし、飯食ってるから、後にしてくれる? 酒がまずくなるし、他のお客さんに迷惑でしょ」


「そんなことはない。店内の皆さん!ここに二人の勇者が、どちらが本物かをかけて勝負することになりました。私は、双剣の勇者ブルーノ。こちらは、今話題のハーフェンの勇者ユウヤ。どちらが強いのか、皆さんも見たいですよね?」


不敗の勇者ブルーノとその仲間たちは、わざとらしく店内の客にそう呼び掛けて、煽り立てるようなことをした。


酒が入っていることもあって、客たちも盛り上がり、「いいぞ!やれやれー!」などと口々に騒ぎ始めた。


「どうする? ハーフェンの勇者殿。みんな見てるぞ。恐れをなして逃げるのか?」


「ああ、それでいいよ。マルフレーサ、店を出よう」


俺は苦笑いしているマルフレーサを連れて店から出ようとしたが、店から出ようとしたところで、いきなりブルーノが追いすがり、腕をつかんできた。

ブルーノの仲間たちもマルフレーサや俺の進路を塞ぐように立ち、嫌な笑みを浮かべてこちらを見ている。

どうやら、すんなりとは通してくれないようだ。


「おい、小僧。ハーフェン領主のお墨付きだか何だか知らねえが、お高くとまりやがって、俺みたいな野良の認定勇者は及びじゃないってことか。完全に頭に来たぜ。おい、マイケ、神前決闘の宣言をしろ」


神前決闘?なんだ、それ。


マイケというらしいリーザ教団の紋章が入った服をきた小太りのおばさんが、集まってきた野次馬に向かって呼びかけた。


「これより、女神リーザの名のもとに勇者の格付けを決める神前決闘を行います。これは神聖な儀式、どちらかが仮に命を落としても罪には問われません。私が生涯お仕えすると誓ったこの認定勇者ブルーノ様とハーフェンの勇者ユウヤ。どちらがより真の勇者に近いのか。証人の皆様、女神リーザとともにご照覧あれ!」


「よし、立ち合い開始だ。悪く思うなよ。実力もないのに、ちやほやされてるお前が悪いんだ」


ブルーノは突き飛ばすようにして、俺の腕を離すと間合いを取り、背中の二本の剣をぎこちなく苦戦しながら抜き、派手な構えを見せた。

剣が抜きにくいなら、背中に背負うのではなく腰に下げればいいと思うのだが、何かこだわりがあるのだろうか。


「逃げても無駄だぞ。俺の強さの証明が為されるまで地の果てまでも追いかけるからな!」


はあ、めんどくさ。


ハーフェンの勇者だとか呼ばれたって全くいいことないと思ってたけど、こんな変なおっさんに付きまとわれるなんてやはり最悪だ。

ストーカーされても困るから、仕方ない。

相手してやるか。


俺は、コマンド≪どうぐ≫のリストから、ザイツ樫の長杖クオータースタッフを選択し、それを装備した。


ブルーノはその様子を目を丸くして驚き、一瞬たじろいだ様子を見せた。


「妙な手品を使う奴だ。だが、そんな木の杖で本当に大丈夫か? 俺の≪職業クラス≫、≪双剣使い デュアル・ウィールダー≫の強さを侮ると痛い目を見るだけではすまんぞ」


「いいから、やるならはやく来てよ。酔いが覚めちまう」


もう早く終わらせて、別の店でゆっくり呑み直したい。


「くくくっ、生意気な小僧だ。お前には俺の強さの証人になってもらわねばならんから、命までは取らんが、その腕の一本は遠慮なくいただくぞ! まずは、その武器から」


ブルーノは完全に武器破壊狙いで、俺の長杖を切断しようとした。

右の剣でフェイントをかけつつ、同時に左の剣で、下段に構えた俺の長杖の柄を斬りつけてきたのだ。


だが、≪理力りりょく≫が込められたザイツ樫の長杖クオータースタッフは並みの金属などより硬く、それをいともたやすくはじき返してしまうと、ブルーノはその驚きから、集中を乱した。


俺は、その一瞬の隙を見逃さず、杖先を持ち上げ、ブルーノの顎を下から軽く打つ。


ブルーノの顎は砕け、歯はボロボロ。

顔はクシャっと変形したように見えて、そのまま血の泡を口から出して仰向けに転倒した。


なんというか、動き全体が遅いし、斬りつけられた杖から伝わってくる衝撃も弱い。

隙をついたような形になったけど、これじゃあシンプルに素手で殴りつけても勝てたんじゃなかろうか。


厳つい見た目で強そうだったから、少し加減を間違ってしまった。


認定勇者ってこんなに弱いのかと驚きながらも、周囲から上がった歓声と称賛の声に、また妙な武勇伝作ってしまったんじゃないかと俺は怖くなった。


こんな腕試しの武芸者のような連中に絡まれて、それをその都度撥ね退けていたら、ますます名が広まってしまって、そのうち普通の暮らしができなくなるんじゃないだろうか。

本当に勘弁してほしい。


「あ、あんたー!」


おばさん僧侶が、気絶したまま動かないブルーノのもとに縋り付き、こっちをきっと睨んできた。


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