第123話 ハーフェンの勇者

東の国境方面を目指す俺は、底意地の悪い魔女と白いもふもふ狼一匹を連れて、スピーダムという街にやって来ていた。


スピーダムは街道沿いにある中規模の都市で、割と都会である。

港湾都市ハーフェンで獲れた海産物と天然塩を、ゼーフェルト王国の東に隣接するヴァンダン王国に運ぶための交易の中継都市で、このスピーダムを経由し北東方向に向かって走る街道は、通称、「塩の道」と呼ばれている。


スピーダムで評判だという上等の宿で部屋を取った俺とマルフレーサは、聖獣フェンリルのブランカを部屋でお留守番させ、一階にある酒場に繰り出した。

ブランカは少し寂しそうな顔をしていたが、あとで骨付き肉でもお土産に持って帰れば、すぐに機嫌を直してくれるだろう。


俺もマルフレーサも酒好きなので、こうした酒場にやって来ると否が応でも盛り上がってしまう。

たくさんの料理と酒を注文し、テーブルで向かい合えば、自ずとお互いに笑顔がこぼれる。


まずは軽く乾杯し、俺は麦酒を一気に喉に流し込む。

マルフレーサが魔法でキンキンに冷やしてくれたおかげで、これがもうやたらに旨い。


「それで、ユウヤ、お前これからどうするつもりだ? 」


自分の杯の半分ほどを一口で飲み、ご満悦の様子のマルフレーサが尋ねてきた。


「どうするって、別にどうもしないよ。ノープラン。こうやっておいしい各地の料理を食べたり、良い景色見たり、郷土芸能っていうのかな、そういうのがあったら鑑賞したりとか、普通に観光して歩く予定だよ。お金が無くなったら、適度に働いて、あとは身分証がなくなると困るから、ギルドカードの貢献点を維持して……とまあ、こんな感じ」


「ほう、お前が書いた領主あての手紙の内容とは随分と異なるようだが、あれは真っ赤なウソというわけか?」


「えっ、マルフレーサもあの手紙読んだの?」


「読んだぞ。私だけでなく、フローラもな」


「かー、あの領主、なんで人が書いた手紙を、別の人に見せちゃうかな……」


「いきなり、お前が城を出て行ってしまったから、ヴィルヘルムも動揺したのだろう。ゆくゆくはお前に騎士団長を任せ、ハーフェンの防備は安泰だと喜んでおったのだからな」


「そんな話になってたんだ」


「ああ、それとヴィルヘルムからお前宛に手紙を預かってきたぞ。読んでみるがいい」


マルフレーサはそう言うと何もない空中から、一通の手紙を取り出し、俺に手渡した。

俺のコマンド≪どうぐ≫みたいだと思ったが、どうやらマルフレーサは空間魔法なるものも使えて、これはそのうちの≪収納ストレージ≫という魔法らしい。

容量はそれほど大きくなく、大の大人が担げる木箱一個分くらいの空間に収めて置ける物体をしまっておくことができるらしい。


マルフレーサが手渡してくれた手紙には蝋で、領主の印の封がなされていたが、すでに破られていた。


マルフレーサは全く悪びれた様子もなく、なにか文句でもあるのかと言わんばかりの顔だ。


俺はため息をつきながら、領主の手紙を包みから開けて読むことにした。


「ユウヤよ、突然の別れに戸惑いつつも私は急ぎ、筆を取った。伝えきれぬ思い、言葉を手紙の形にして、マルフレーサに託そうと思う。そなたが残した手紙を読み、私はいたく感動をした。娘のフローラとさほど変わらぬ若さであるにもかかわらず、魔王勢力に苦しむ多くの民の救済を志すなど、そなたはまさに勇者と呼ぶにふさわしい人物である。私は、ハーフェンのみの平穏を望む自らの狭量さと利己的な考えに気付かされ、深く恥じ入った。今後は勇者たるにふさわしいそなたを、「ハーフェンの勇者」として領主たるわが名のもとに公式に認定し、全面的な支援をしていきたいと考えた。国の平穏無くして、ハーフェンの平穏無し。ディレン総督の件もあり、王家とはこれからしばらくぎくしゃくするであろうが、国王は元より各地の貴族たちにも、ハーフェンに現れた英雄である其方が、いかにあの邪なる魔人を討ち滅ぼしたか詳細に伝え、土地土地で、便宜を図ってもらえるように書簡を随時送ってゆくつもりだ。資金などに困ったらいつでも申し出てほしい。ハーフェン領主が勇者ユウヤの強力な後援者たる存在になることをここに誓う。ユウヤよ、どうか一日も早くこの国、いや世界に平和をもたらしてくれ。そして大望を果たした暁には必ずハーフェンに戻ってきてほしい。そなたはフローラに恋心を抱いていたようであるが、娘もまた同様の気持ちであると私に打ち明けてきた。世界を救った勇者となれば、たとえ出自や身分が恵まれていなくとも、娘の伴侶となるに異を唱える者など現れはすまい。最後に、少ないがこの手紙のほかに、当面の資金として金貨五十枚をマルフレーサに渡してある。勇者の志を知り、その助けをしたいと申し出てきたマルフレーサとともに今後のますますの活躍を期待しておる。ハーフェンの領主、ヴィルヘルム・フォナ・ヴァゼナールより」



うわっ、なんか大げさなことになってしまったみたいだ。


勝手に勇者認定されてしまっているし、貴族たちだけでなく、あの国王にも書簡でそのことを伝えるとしっかり書かれている。

俺の正体があの国王に知れてしまったら、どういう動きをするのかわからないし、これは本当に困ったことになってしまった。


世界を救ったらフローラと結婚してもいいみたいなことも書いてるけど、そうなると魔王と戦わなきゃないんだろうし、俺にそのつもりはないからこの部分に意味は無い。


置手紙でいらない小細工するんじゃなかった。


お目付け役のマルフレーサもいるし、これはもう≪ぼうけんのしょ≫をロードして、人生をやり直すしかないかな……。


それにしても、「ハーフェンの勇者」か。


勘弁してくれよ。


うなだれ、落ち込んだ俺の顔を、正面のマルフレーサがにやにやしながら眺めている。

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