第122話 亀倉の決意

魔王討伐隊と袂を分かった亀倉英雄かめくら ひでおは、魔王領を避けるため、一度南下した後、東の国境を目指して歩を進めていた。


人目を避けるため、街道は使わず、襲い来る魔物を退けながらの野を行く危険な旅路。


亀倉としては、少しでも早く先に進みたいところであったが、途中、≪精霊使い≫ヒマリと討伐隊内で呼ばれていた藍原日葵≪あいはらひまり≫が体調を崩したために、ニズという山間あやまあいの小さな集落に立ち寄ることを決断した。


亀倉は村長むらおさに頭を下げ、自分が装備していた≪黄金獅子の鎧≫と引き換えにしばらくの滞在の許しを得るとともに、水や食料の提供を願い出た。

村長は、このような大層な代物と渡されても、扱いに困ると難色を示したが、そこを拝み倒した。

亀倉にしても、全身金ぴかの王家由来の品など目立って仕方がなかったし、早く手放したいと思っていたところだった。

もっと大きな町にいけば、売り捌き、金銭に換えることもできたかもしれないが自らの足取りを知られることは避けたかったし、そうした曰く付きの品を扱ってくれそうな伝手もこの異世界にはなかった。


必死の説得の甲斐あって、亀倉は納屋を借りることができ、そこで数日、日葵ひまりを休ませることにした。


「……亀倉さん。私のせいで、すいません」


土間に敷いたむしろの上に寝かせた日葵が、申し訳なさそうに言った。

額には、亀倉が載せた、冷たい水に浸した手拭いが乗っているが、これは発熱の症状があったからだ。

魔王討伐のための遠征やここに来るまでの道中での魔物たちとの連戦で相当の疲労が溜まっていたのだろう。


無理もない。

少し前まで普通の学生だったのだろうし、日葵の≪職業クラス≫である≪精霊使い≫は、自分の≪魔戦士≫と比べて体力面での恩恵は少ないと聞いている。


亀倉は、すまなそうにしている日葵を見て、つい自分の娘を重ねてしまっていることに気が付き、内心で苦笑いした。


もちろん顔立ちなどは全く似ていないし、共通しているのは、だいたい同じような年齢であるということだけだ。


「気にするな。俺も少し休みたかったところだ。まずは余計なことを考えないで、少し寝ろ」


亀倉はぶっきらぼうにそう言うと納屋の外に出た。




「 亀倉さん!村長から食い物もらってきたっすよ。水は井戸を好きに使っていいって言ってましたし、薪も裏に積んであるって教えてくれました。火は分けてくれるみたいっす」


外に出てすぐ、湯気が立ち上る鍋のようなものと何かの包みを持ったケンジがやってきた。


「おお、すまんな。日葵の分を残して、俺たちは先に頂くとしよう。あいつは少し休んでからの方がいい」


亀倉とケンジは納屋が見える少し離れた広い場所で焚火を作り、その火を囲んで夕食を取ることにした。


「亀倉さん、俺、何も聞かずについて来たんすけど、これからどうするか、なにか考えとかあるんですか?」


ケンジは穀物の粉を固めて焼いたらしいパンとクッキーの間のようなものを頬張りながら、亀倉に尋ねてきた。

この食べ物は干した果実を細かく刻んだものが入っていて、わりとうまかったが、飯の代わりにするには、亀倉にとっては甘すぎた。

鍋に入った汁物のようなものは、ほうとうにも似て、これも甘めな味付けだったが、どこか心にしみわたる素朴な味だった。


「そうだな。まずは、できるだけ王都から離れたいということと、一度冷静になって今後のことを考えるのに必要な情報を得たいとは思っている。俺たちは、この世界のことを実際には何にも知らないだろ。知識はあの国王や取り巻きの連中から聞いたことの受け売りでしかない。北に国のさかいがあるなら、東にだってあるだろうと思ってな。どこか、ゼーフェルト王国じゃない他の国があるなら、そこに行ってみるのもありかもしれない」


「なるほど、亡命っていうやつですね」


「いや、すまん。まだそうするって決めたわけではないんだ。どちらにせよ、魔王と戦うのは無しで、王都にも当分は戻れないだろう。消去法というか、今はまだその程度だ。勢いに任せて、あのまま討伐隊を飛び出てきたのは良かったが、へたをすると俺たちはお尋ね者にされている可能性があるからな。あのヘンリクとかいうお目付け役の爺が、どう報告するか……。王都に俺たちの離脱が伝わった後、連中がどう処するかで、こっちも色々と考えなきゃならん。ひとまずは安全な場所に逃れて、すべてはそれからの話だ」


ケンジは頷いたが、少し沈黙して、再び質問してきた。


「……亀倉さんは、やっぱりまだ元の世界に帰りたいっすか?」


「当たり前だろう。待ってる家族がいるんだ。帰る方法があるなら、そりゃ今すぐにでも帰りたい。お前はそうじゃないのか」


「俺は、どっちでもいいって感じっすね。元の世界に戻っても俺の帰りを喜んでくれるような人はいないし、やりたいこととかも特になかったんで……」


「そうか。まあ、人には色々と事情ってもんがあるからな。あの日葵って娘はどうなんだ? お前、俺よりは年が近いし、けっこう話してただろう? 帰りたいとか言ってなかったか」


「……ヒマリは、帰りたいってずっと言ってましたよ。あいつ、雑誌のモデルとかやってたみたいで、なんか芸能界目指してたらしいっす」


「そうか……」


亀倉は日葵が休んでいる納屋の方を見やり、ため息を一つ吐いた。


「なあ、ケンジ。おまえ、俺たちがこの異世界にやって来てから、何日が経ったか数えてたか?」


「えっ、いや、まったく数えてないっす」


「……ちょうど今日で四十日目だ」


「そうだったんですね。もう一か月は過ぎたなと思ってたけど、さすが亀倉さん。しっかりしてますね」


「この異世界と元の世界の時間が同じ速さなのかはわからないが、もしそうであるなら、二十一日後はたぶん娘の誕生日なんだ。プレゼントおねだりされててな。それを買ってやるって約束してたんだ。だが、どうやってもそんなに早くは戻れそうもないし、このままだと来年も、そのまた次の年も、いや、へたしたら一生、娘の誕生日を祝ってやれないかもしれないな」


「亀倉さん……」


「こう見えて、嫁さんともけっこううまくやってたんだぜ。出会った頃のような感じじゃないが、突然、俺がいなくなったってことになったら、きっと心配してくれてると思う。だからな、俺はなんとしても戻らなきゃならないんだ。元の世界に……」


「……うち、実は母子家庭だったんですけど、おふくろの奴、いっつも口うるさくて、家にはいられたものじゃなかったんですけど、ひょっとしたら少しはオレのこと心配してたりなんかしますかね?」


「そりゃあ、してると思うぞ。自分の子供が突然いなくなったら、俺だったらもう居ても立ってもいられなくなってしまうだろうな。そこら中、駆け回って、毎日毎日、探し回る。見つかるまで、一生な」


亀倉の言葉に、ケンジは何か思い至ったのか、唇を嚙み、目を潤ませた。


「……もしもの話だが、お前と日葵を安全な場所に送り届けることができたなら、俺はお前たちと別行動するつもりだ」


「えっ、どういうことっすか? オレたち、見捨てられちゃうってことですか?」


「落ち着け。そんなに大きな声を出すんじゃない。俺は、お前たちを見捨てたりはしない。ただ、元の世界に戻るためには、どうしてもやらなきゃいけないことがあるんだ」


「やらなきゃいけないことですか?」


「そうだ。俺は、お前たちの安全を確保したら、王都に戻る」


「王都に?だって、亀倉さん、さっきお尋ね者になってるかもしれないって言ってたじゃないっすか。ヤバいっすよ」


「だが、元の世界に戻る方法を聞き出すには、あの国王にもう一度会わなきゃならん。会って、力づくで白状させるつもりだ。俺は最初からそのつもりでいた。あの魔王討伐隊とかいう茶番に付き合ったのはそのためだ。城を出発した時点では、俺のレベルも低く、あの指南役についたグラッドとかいう奴やほかの連中にも到底及ばなかった。あそこで大暴れしても無駄だと悟った俺は、まずは自分のレベルを上げようと思ったんだ。あの時点の俺と、今の俺ではもはや雲泥の差がある。今なら、城の警備を押しのけて、国王のもとにだって到達できるはずだ。奴の身柄を抑えることができたなら、必ず、元の世界に戻る方法を吐かせてみせる」


「ちょっと、待ってくださいよ。それなら、俺も手伝いますよ。亀倉さん一人より二人の方が、……何ならヒマリの奴だって手伝ってくれたら、成功率がぐっと上がりますよ。そういう考えなら手伝わせてくださいよ」


「それは、駄目だ。こんな玉砕覚悟のイチかバチかに、お前たちを巻き込むわけにはいかん。やるのは俺一人。上手い事いったら、お前たちも一緒に元の世界に連れて行ってやるから、心配するな」


「そ、そういう意味じゃ……。だって、それじゃあ、亀倉さんだけが危険な目に……」


「あの国王が、元の世界に戻る方法を本当は知らないという可能性もあるし、それに失敗したときに俺一人の方が脱出が容易だ。お前と日葵を守りながらじゃ、上手くいくものもいかなくなってしまう」


「でも、もし脱出できなかったら……」


「その時は、そうだな……。二人で協力して、別の帰還方法を見つけてくれ。そして元の世界に戻って、俺の娘と妻に伝えてくれるか? 俺は、お前たちを心から愛していたってな。頼むぞ」


「そんな……。そんな縁起でもないこと言わないでくれよ。亀倉さんがいなくなったら、俺たち、どうすればいいか……」


「ははっ、冗談だよ。俺がそんなへまするかよ。任せておけ、みんな揃って、元の世界に必ず戻ろう。約束する。俺を、信じろ!」


亀倉はまだ納得がいかない様子のケンジの背を強く叩いた。



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