第六章 異世界放浪者
第121話 魔王討伐隊、その後……
≪魔戦士≫ヒデオ、≪大盗賊≫ケンジ、≪精霊使い≫ヒマリの三人が離脱してから十日ほどが経ったが、魔王討伐隊は未だに北の国境を突破できずにいた。
撤退の途中ではぐれた≪神弓≫セツコは、懸命の捜索にもかかわらず行方不明のままで、遺体も見つかってはいない。
生存の可能性もまだあるが、この国境付近は、魔王領と接しているため、王都近郊とは比べ物にならない強さの魔物が多く生息しており、骨も残らぬほどきれいに捕食されてしまったなどということも当然に考えられることである。
離脱した≪魔戦士≫ヒデオに代わって、隊長を任されることになった
九人いた異世界勇者の半数が離脱、または死亡したため、魔王討伐隊の戦力は半減してしまっている。
隊に残っているのは、≪格闘王≫カツゾウ・アオヤマ、≪聖女≫サユリ・イチジョウ、≪聖騎士≫ミノル・サクマ、そして自分の四人。
単純に考えても総戦力は半減してしまっており、唯一の攻撃魔法の使い手であった≪大魔道士≫コウイチが戦死し、≪精霊使い≫ヒマリも去ってしまったため、ゴースト系など物理攻撃無効の魔物に対する対抗手段も失ってしまった。
この戦力では、北の国境を突破することもできず、かといって帰国の許可も得られそうにない状況であるため、田中はすっかり頭を抱えてしまったのだ。
「ああ、どいつもこいつも使えない!言うことは聞かないし、隊長であるこの俺をちっとも敬わない。くそっ、こんなことなら、隊長なんて引き受けるんじゃなかった」
田中は、トレードマークの七三分けが維持できないほどにぐしゃぐしゃに頭を掻きむしり、やおら立ち上がると新たに支給された予備の刀で、目の前の軍議台の角を切断した。
「キエーッ!」
「ちょっと、物に当たらないでくれる?最近、王都からの物資輸送が滞りがちで、そんな机一つでも貴重なんだから」
髪を振り乱して、荒い息をしている田中に、≪聖女≫サユリがあきれた様子で苦言を呈した。
「うるさい!隊長のこの俺に、指図するのか? 回復魔法しか取り柄のないお前がこうして今日、生き延びているのは誰のおかげだと思っている。俺たちが体を張って魔物に対峙しているからなんだぞ。偉そうな口をききやがって、もう少し自分の立場をわきまえろよ」
「亀倉さんが隊長だったときは、そんなこと味方に向かって一言も言わなかったわ。あなたって本当に最低ね」
「黙れ!女のくせに、口答えするな」
田中は目を血走らせ、サユリの頬をいきなり平手で打った。
サユリはその勢いで横倒しになり、怯えた目で田中を見た。
田中は、そのサユリの姿に思わず家を出て行った妻の姿を重ね、暴力をふるってしまったことに対する後悔の気持ちがよぎったが、もうすでに遅かった。
「……そんなに亀倉が良いんだったら、一緒について行けばよかっただろう」
田中はその場にいることに耐えきれず、幕舎を飛び出した。
どいつもこいつも勝手なことばかり。
転職を頻繁に繰り返し、常に平社員だったから、人の上に立つということがこれほど苦悩を抱えるものだとはしらなかった。
≪格闘王≫カツゾウは、毎日、≪神弓≫セツコの捜索に勝手に出かけてしまうし、≪聖騎士≫ミノルは、少し目を離すとどこかに消えてしまう。
わがままな性格の者ばかりで、社畜時代だった頃の自分のような組織に対する従順さのようなものは少しも持ち合わせていないように思えた。
サラリーマン時代の自分は転職を繰り返していたが、それはすべてクビになったからであり、一度も自分から辞めたいなどと言い出したことは無かった。
疑問があって口にせず、無理だと思われる命令にもできるだけ期待に副えるように、できるだけ努力していたものだ。
結果が伴わなかったのは上役の指示が悪かったり、設定された目標が高すぎただけだ。
今もそうだが、自分は人との出会いに恵まれなかった。
田中は、≪大魔道士≫コウイチを埋葬した丘にある砦跡に築いた拠点の唯一の出入り口に向かった。
「≪大剣豪≫イチロウ様、お一人でどちらへ?」
丸太で作った門の見張りの兵たちが声をかけてきた。
「ちょっと、レベル上げに出てくる。日暮れ前には戻るから、拠点の防備を怠るなとほかの者たちにも伝えておけ。他の異世界勇者はあてにならないからな。俺が強くなって、魔王を討つしか方法は無い。それに少しむしゃくしゃしてるからな……、この新しいムラマサでスカッと気分転換だ」
田中はそう言うと兵士たちを顧みることなく、愛刀片手に丘の下の方へ降りて行った。
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