第119話 宴のあと

ヴィルヘルム辺境伯が催した宴は、期せずしてやってきた婚約者カルロスとディレン総督によって、何とも後味の悪いものとなってしまった。


死者多数。

主賓として迎えた両者を揃って、捕縛することになるなど、主催者であるヴィルヘルムは露ほども予測していなかったに違いない。


本来は、病中に迷惑をかけた城内の者たちを労う目的であったものを、急遽、ハーフェンに関わる貴族同士の懇親を深める場とするように取り計らったことがかえってあだとなる結果を招いてしまったようだ。


ヴィルヘルムにしてみれば、どこから聞きつけたかわからないが、快癒祝いの品々を持って訪れた両者を無下に扱うわけにはいかず、衰弱しきった体を押して、自ら饗応したのだが、その苦労はすべて無駄になってしまった。


そして何より、この両者を捕縛してはみたものの、そこからどう扱ってよいものかとヴィルヘルムは頭を悩めることになった。


王家の意向でハーフェンに派遣されてきているディレン総督と、同派閥に属する貴族の子弟である上に、愛娘のフローラの婚約者でもあるカルロス。

同席する貴族に危害を加え、城内で死者を出すような大騒ぎを引き起こした凶状を考慮しても、軽々に処断を下すわけにはいかない。


苦悩するヴィルヘルムに対して、この騒動の元凶を生み出したと言っても過言ではないマルフレーサは、「そんな顔をするな。私に任せておけ」と胸を叩いて見せた。



マルフレーサがまず最初にやったのは、捕縛された両陣営の尋問と調書の作成である。

お得意の状態異常魔法を使って、自白させ、まずは事実確認を図ろうというのである。


マルフレーサは、当初よりこの両者のいずれかが、ヴィルヘルムに対する呪いの一件やフローラ襲撃に関わっているのではないかと疑っていたらしく、それを見込んだ上での強引な取り調べが執り行われた。


「この豚野郎! 殴られて、喜んでるんじゃないよ。正直に、知ってることを全部、吐きな」


半裸の状態で縄で拘束されたカルロスとディレン総督は、≪魅了チャーム≫や禁呪≪服従オビディエンス≫をかけられた状態で、マルフレーサによる厳しい尋問を受けたのだが、その様子はさすが魔女と城の者たちから陰口をたたかれているだけのことはある光景だった。


最初から犯人と決めつけた上での、魔法を使った違法性を感じる取り調べと暴力による自白の強要。


元の世界に、マルフレーサみたいな刑事がいたら、きっととんでもない不祥事とか起こすんだろうなと俺は考えながら、その様子を眺めていた。


取り調べの結果はというと、おおむねマルフレーサの読み通りではあった。


だが、その供述の裏に潜んでいた驚愕の事実と底知れぬ人の心の闇に、領主ヴィルヘルムと俺たちは言葉を失ってしまうことになった。



まずはカルロスだが、フローラ襲撃の首謀者はこの男だった。


父親を通じてアサシンギルドの者を雇い、フローラを襲わせたのであるが、その狙いは拉致や監禁などではなく、護衛に守られたフローラを意図的に絶体絶命の危機に陥れ、そこをカルロスが救出するという茶番を演じる目的があったらしい。


高価な贈り物や手紙を何度送っても、自分と会おうとしないフローラに対して、カルロスは苛立ちと焦りを感じ、思いつめた末、この蛮行に及ぶことを決意したらしい。

窮地に、さっそうと駆けつけ、刺客たちをかっこよく追い払い、命を救ったならば、フローラはきっと自分に対して好意を抱くに違いないと浅はかな考えをもったようだった。


「親子ほども歳が離れているし、俺は自分に自信が持てなかった。婚礼の儀が先延ばしになる中で、こうでもしなければ、途中で破談されてしまうのではと、俺は怖かったんだ……」


すべてを自白した後、フローラも見ている前で、カルロスは涙を流し、おのれの過ちを深く悔いていた。

そして、フローラに対する恋心は本物であったのだとも語り、彼女さえ自分の妻にできたなら、ハーフェンの領地などいらぬとまで言い切っていた。


何度、城のフローラの寝所に忍び込み、力づくで思いのたけをぶちまけようとしたかわからないと自白したカルロスを、フローラはおびえた表情でただ見つめていた。


馬車を守る騎士たちを殺し、執事のテオに重傷を与えたまでは良かったが、偶然出くわした俺によって、その目論見は阻止されることになり、その後はひたすら己が犯人であると発覚していないかおびえる日々を過ごしていたようだ。


領主の城に、アサシンギルドから雇った間者を放ち、フローラ襲撃事件について進展がなかったか、日々報告までさせていたらしい。



ディレン総督の方は、領主の呪いによる暗殺未遂事件に関わっていた。


女性は領地の継承権を有さないという国法により、ヴィルヘルムが死ねば、ハーフェンは一度、国王に返還される。


国王パウル四世は長年にわたる魔王勢力との戦いで傾きつつあった国の財政を立て直すべく豊かなハーフェンの地を密かに自らの直轄地にしたいとかねてより、考えていたらしく、その現地での工作を任されていたのが総督府の長たるディレンであったのだという。


ハーフェン大聖堂の司祭長の正体が、蛸魔人ピスコーであったことについては、ディレン総督は知らなかったと潔白を主張し、これについては嘘ではないだろうとマルフレーサも頷いた。

呪いの依頼先が、神聖なるリーザ教団の司祭長であったことについては驚くほかは無かったのだが、ディレン総督に言わせると、これにはどうやら事情があったようだ。


「呪いをかけて領主を殺す案について提案してきたのは司祭長の方です。ハーフェンの莫大な富を背景に、確固たる統治をしていたヴィルヘルムが目障りだという点で、私と司祭長は意見が一致していました。このハーフェンでは、以前、大賢者マルフレーサによる宗教改革が行われた経緯もあって、民の信仰心はよその土地よりは薄く、その宗教活動は領主の権限で大きく抑制されているのが現状でした。国王から、密命を受けて、このハーフェンの総督府に来ていた私は、長年、なかなか領主を失脚させる糸口を掴めずに焦っていたし、手を組もうという話になったのです。『私が領主を呪い殺して御覧にいれまする』という奴の口車に乗り、今は深く後悔しています。まさか、≪魔人≫がリーザ教団の聖職者に化けていたなどとは……」


虚ろな目で呆けた顔のディレン総督は、抑揚のない口調で、淡々と事実を語っていた。


「その説明では不十分だな。司祭長はお前に何を求めた? 司祭長がお前に話を持ち掛けた理由はなんだ? 司祭長側がお前を抱き込むメリットが乏しいんだよ」


魔法の効果に抗っても言いたくないようなことなのか。

その質問に対して、≪服従オビディエンス≫がかかっているはずのディレン総督は苦悶の表情になった。


「お答え……します。司祭長は私に二つの要求をしました。ひとつは呪いを成功させるために、総督府で捕えた密航者や浮浪児などをできるだけ多く生贄として差し出すこと。生贄は多ければ多いほど呪いが強まり、領主の死が早まるのだと説明を受けました。二つ目は、総督府で所蔵していたこのハーフェンのみならず国内の全域を詳細に記した地図の提供です。地形は元より各地の城塞都市の位置、規模などが詳しくわかるものを所望していました。布教のための拠点づくりに使用するのだと話していました……」



その後の調べで、ハーフェン大聖堂の地下墓所から大量の真新しい人骨が発見された。

マルフレーサによれば、それらは呪いの効果を強める触媒になったと同時に、その骨についていた人肉は、蛸魔人ピスコーの食料になったのだろうと考えられるそうだ。

生きたまま喰われるその恐怖と自らの運命を呪う気持ちが、触媒としての質を高め、呪詛の効果を強くするのだとか。


総督府から消えた軍事用の地図は、ハーフェン中の思い当たる場所を捜索してみたが、発見することはできず、蛸魔人ピスコーから何者かの手に渡ったのか、あるいはどこかに隠されたままであるのかは不明のままであった。


現代人である俺からしてみれば、その地図にどれほどの価値があるのかはわからなかったが、この異世界ではとても貴重なものであるらしかった。

国土などを記した正確な地図の作製は、国王の許可なくば為されず、厳重な管理のもとに置かれているそうだ。

庶民がそれを目にすることは無く、複製も禁じられているため、所持しているのは王侯貴族など限られた者だけで、その数も限られているみたいだ。


海からの他国の侵略を防ぐ目的もある総督府の軍用地図であればかなり実用的なものであっただろうが、あのは、一体なんで、そんなものを欲しがったんだろう?


「まあ、いっか。そんなことは俺が考えることじゃないね」


俺は、取り調べ後の捜索にはしかたなく付き合ったが、その後は予定通りハーフェンの観光を思う存分楽しんだ。


都市内の名所を巡り、新鮮な海鮮を生かした郷土料理に舌鼓をうつ。


そうして五日ほどが経つと特にやることがなくなり、俺はそろそろこのハーフェンを去ろうかという気になってきた。


フローラ襲撃事件の黒幕も明らかになったし、魔人の脅威も退けたので、もう護衛は必要ない。


まだ見ぬ土地と新たなる人との出会いが俺を呼んでいる気がして、居ても立ってもいられぬ気分になってきた。







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