第117話 ディレン総督

来賓のカルロスが負傷したことで、うたげの中止もありうるかなと思ったが、傷自体が大したことがなかったため、城詰めの回復術士ヒーラーの治療によってそれは免れることになった。


宴が始まり、領主ヴィルヘルムのいるテーブルには、フローラとその婚約者カルロス、そしてハーフェン総督のディレンという男が同席することとなった。


俺とマルフレーサは、領主とフローラのすぐ傍の壁際に並んで、立って待機だ。


なぜ領主がいる封地に、総督が必要なのかというと、それはどうやら港湾都市としての特別の事情が理由として存在しているようであった。


マルフレーサによると、総督府は国王の命により、港を出入りする外国の船舶を監視するという名目でこの地に置かれたらしい。

だが、その実情は、交易によって得られる莫大な富によって、ハーフェン領主が力をつけすぎることを防ぐ狙いがあり、加えて魔王勢力との戦いで疲弊した国庫を潤そうという狙いがあったのだという。

このハーフェンの領地は、領主に与えたものであるが、この地に整備された港湾はあくまでも国家に帰属するのだという主張で、港を使用する船舶から使用料を独自に徴収している。


総督府には港湾を守る警備兵が王都から派遣されてきており、領主の権力が及ばぬある種の治外法権にもなっているのだそうだ。

このハーフェン総督のディレンもれっきとした貴族であり、ヴィルヘルムやフローラの婚約者カルロスの家の貴族と同様に国王派に属する有力者らしい。



「それにしても、カルロス卿。とんだ災難であったな。私は、ディレン総督と話していたため、そちらの方には目がいっていなかったが、なんでも首飾りが突然、はじけ飛んだのだとか。この場には、伝説の勇者パーティの一員にして、≪大賢者≫と誉れ高き、マルフレーサがおるのだが、もしよろしければその首飾りを調べさせようか?」


「い、いえ、そのような気遣いは無用です。病み上がりの御義父上おちちうえ様の手を煩わせるわけにはいきませんし、あ、あの首飾りはもう持ち帰らせて、詳しく調べるように部下に厳命しました」


カルロスは手拭きで、顔から流れ出る脂っぽい汗を拭きながら、しどろもどろに答えた。


「ふむ、それにしても首飾りが何の理由もなく破裂するとは妙ですね。それに、怪我をしたのが貴殿だけであったのは不幸中の幸いでした。もし万が一、フローラお嬢様の方に飛んで行っていたなら、それこそ許されない事態になっておりましたね」


食事をしながら黙って話を聞いていたディレン総督が、食事用ナプキンで口を拭い、冷ややかな表情で会話に加わってきた。

ディレン総督はカルロスより一回り年上で四十二歳。

すらりとした均整な体つきで、知的だが陰のある顔つきをしている。


カルロスは、ディレン総督を睨みながらもぐうの音も出ない様子で両肩を震わせた。

同じ貴族であってもカルロスの父はディレンよりも下の爵位であり、さらに自分は継承権さえ持たない次子だ。

当然、弁えなければならない立場だ。


「時に、ヴィルヘルム辺境伯様、このような場で申し訳ないのですが、今日はひとつお願いしたきことがあるのですが、ここでお話してもよろしいでしょうか?」


「どのようなことであろうか? 」


「はい、実はかねてより、ヴィルヘルム様にはとても美しいご令嬢がいらっしゃるとお伺いしておりましたが、こうして直にお会いできたのは本日が初めてのことでございました。実にお美しく、そして聡明なお嬢様だ。一目で、この心を奪われてしまいました。私は、妻を病で失い、今は独り身。つきましては、フローラ様を私の妻に迎えたく、婚約のお許しをいただきとうございます」


ディレン総督は席を立ち、ヴィルヘルムのすぐ傍で跪いて見せた。


「ふ、ふざけるな!フローラは私の許嫁だぞ。もう婚約は済んでいるのだ」


これにはカルロスも、さすがに黙っていられず、巨漢を震わせながら拳でテーブルを打ち付けた。


「それは初耳でしたな。しかし、それは未だお披露目前でありましょう。お披露目前の婚約破棄は、貴族の世界ではままあること。ヴィルヘルム様、私はここにいるカルロスよりも家の格が上。しかも当主です。王都の近郊に自前の領地をも有しておりますし、総督府の長である私とフローラ様との婚姻は、きっとこのハーフェンをより一層、栄えさせることになりましょう」


「お披露目前であっても婚約は正統のものだ。それにお披露目をしていなかったのは、御義父上おちちうえ様のご病状を考慮してのこと。私とフローラを引き裂くようなことはやめていただこう!」


カルロスは大きな足音を立てて、ディレン総督のもとに迫り、血走った眼で見下みおろした。

ディレン総督も負けておらず、立ち上がると両者はにらみ合ったまま、動かなくなった。


領主も、フローラも、この思わぬ展開ですっかり動揺してしまい、困惑した様子だった。


「カルロス、婚約を辞退しなさい。お前にはこのハーフェンの領主の娘婿はふさわしくない。豚の様に肥え太り、なんとも醜いその姿で、妖精の様に可憐なフローラ嬢の隣に並び立つつもりか? 恥を知れ」


「貴様こそ、歳を考えろ。しかも人の婚礼話に水を差して、貴族として恥ずかしくないのか? それにわかっているぞ。お前が欲しいのは、フローラではない。このハーフェンの領主たる地位だ。貴様はこのハーフェンの富を独占するつもりなのだ!」


「余計なことを言うな、若造!ハーフェンが欲しいのは貴様も同じだろう!美しいフローラをはべらせ、その上、このハーフェンを欲しいままにしようというのだろう。見た目通り、強欲な豚だ」


あ~あ、激高して、お互いとんでもないこと言い合っちゃってるよ。

フローラたちを前にして色々とぶっちゃけすぎでしょ。

貴族って、庶民よりは良い教育受けてるんだろうけど、我がままし放題で甘やかされて育ってるから、感情のコントロールとかできないんだろうな。


「そうか!カルロス、辺境伯に呪いをかけたのは貴様だな。娘婿に納まったあとも長生きされては目障りだからな。辺境伯を邪魔に思ったのだろう?」


「ふざけるな!呪いだと? なんのことだ!?」


あれ?

ちょっと、待てよ。

原因不明の病気ということになってて、呪いだったことを知っているのって、マルフレーサとかフローラ、あとは領主本人とかに限られてたんじゃなかったかな?


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