第115話 ハーフェン領主
謁見の間で、俺を待ち受けていたのは、歓喜に沸く大勢の城の者たちと玉座にある痩せこけて、くたびれた感じの領主だった。
領主の傍らには娘のフローラが控えていて、俺の方を眩しい笑顔で見つめている。
「おお、勇者様が参られましたぞ!」
「あれが恐ろしい≪魔人≫を討ち果たした勇者様か。随分と若いのだな」
「神秘的な感じのする黒い髪に、黒い目。素敵だわ」
「巨大な怪物を倒されたのだと聞いていたから、もっと厳つい見た目をしているのかと想像してたけど、かわいい顔してるわね。恋人はいるのかしら?」
そこに集まった人々は口々に色々なことを言いながらも、俺に敬意を示す目礼などをして、領主のいる玉座までの道を開けた。
俺に同行を求めた騎士たちからは、蛸魔人の件について詳しい状況を説明してほしいという風に聞かされていたのだが、報告のための謁見という堅苦しい感じはしない。
どの顔を見ても明るく、歓迎してくれている様子で、苦虫を噛み潰したような顔をしているのは、騎士団長のセバスチャンと数人の騎士だけだった。
この賑やかな広間の雰囲気と人数の多さにあっけにとられ、呆然と立ち尽くす俺の服裾を、マルフレーサが指でつまんで軽く引きながら、「ユウヤ、片膝をつけ」と小声で言ってきた。
ああ、なるほど。
やっぱりこういう場では、儀礼的な約束事のようなものがあるんだな。
演劇部の学園祭の出し物で見た気がする。
俺はマルフレーサがするのを真似て、同様に跪き、頭を下げた。
「若き勇者よ。もっと近くに寄れ。病み上がりで、大きな声が出ぬ」
それはかすれたような弱弱しい声であったが、それでもようやく出している感じだった。
傍らのフローラがやってきて、俺の手を取ると、「ユウヤさん、もっとお父様の目の前まで来てください」と言って俺を領主のすぐ近くまで
領主は呪いのせいで、ずっと意識がなく、寝たきりであったと聞いていたが、その病状がかなり悪かったのだなとわかるほどにやつれていた。
フローラの父親ということなので、まだそれほどの高齢ではないと思うのだが、長く伸びた髭とやせこけた外見のせいでかなり老けて見える。
「こうして近くで見ると、ずいぶんと若いのだな。このフローラの少し上、いや同じぐらいの年齢であろうか。私は、ヴィルヘルム・フォナ・ヴァゼナール。このハーフェンの領主だ。此度は、そなたと古き友人マルフレーサの二人のおかげで、私の命とこの街は事なきを得たようだ。礼を言うぞ」
「……有難き幸せ」
マルフレーサの方をチラ見しながら、俺も同様にする。
普段はめちゃくちゃな言動のマルフレーサであったが、領主への過去の恩などもあるのだろう。
意外なほど、礼儀正しい態度を見せている。
「名は、ユウヤと申すのであったな。娘のフローラから聞いたが、そなたは大事な娘の命も救ってくれたのだと聞く。親子ともども多大な恩を受け感謝しておるが、それを何か形にしたいと思うのだが、何か望みの物などはないか? できうることならば、なにか願いをかなえてやりたいと考えているのだが……」
願いか……。
フローラをお嫁さんにくださいとか言ってもおそらく駄目だろうし、そうなると特に希望とかは無いな。
お金だって、当分は困らないくらい稼がせてもらったし、特にほしい物も思いつかない。
「願いとかは特に無いです。フローラ様から、護衛の報酬はもらいましたし、あの≪魔人≫を倒したのもここにいるマルフレーサに頼まれての成り行きで、その報酬も頂きました。領主さまにお礼の言葉を頂戴したのでもう十分です」
「おお、なんという無欲の者よ。さすがは、女神が選びし、光の勇者。このような素晴らしい若者をこのハーフェンにお与えくださるとは、なんとありがたきことであろうか」
「そのことですが、領主様。私は≪勇者≫などという大それたものではありません。一介の冒険者にすぎませんし、このハーフェンにも物見遊山の気分で立ち寄ったにすぎません。このような大げさな扱いは困ります」
ああ、褒美とかいらないから、こんな茶番は切りあげて、早く自由になりたい。
「なるほど、なんと奥ゆかしいことか。謙虚の者でもあるのだな、そなたは!よろしい。ますます気に入ったぞ。ユウヤ、そなたをハーフェンの勇者として、我が城に迎えたい。それと、マルフレーサよ。今回の件で、いかにそなたがこのハーフェンにとって必要な人材であったか身に染みた。周囲の者たちの反発から、お前を守るべき立場であったのを、それを怠った。許せ……、愚かな私を……許してくれ……」
ヴィルヘルムは玉座から立ち上がり、そのふらつく足取りでマルフレーサのもとに行き、深くわびた。
落ち窪んだ
マルフレーサはそれに対して何か言おうとしたが、その弱弱しい領主の憐れな姿に口をつぐんでしまったようだった。
俺としては、マルフレーサが拒絶の意思を表明した後に、それに便乗して固辞しようと思っていたのであるが、完全に機を逸してしまった。
領主に仕えるなんて、息苦しそうでまっぴらごめんだし、高校の部活動すら嫌になって辞める俺に務まるとは思えない。
やがて、沈黙が了承と受けられてしまったのか、周囲から拍手と歓声が上がり始めた。
「ハーフェンの勇者様、万歳! 大賢者様、万歳! 領主様、万歳!」
「領主さまの病も癒え、これからのハーフェンは盤石だ! リーザさま、万歳! ハーフェン、ばんざい!領主さま、ばんざーい!」
謁見の間は歓呼の声で満ち溢れ、困った顔のマルフレーサと俺は思わず顔を見合わせた。
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