第114話 選ばれし勇者
俺の呼びかけに応じたかのように、快晴だった青空に黒い雲が突如現れた。
その雲は、瞬く間に、上空を覆いつくし、そして次の瞬間、通常とは異なる緑色の閃光を放ち、地上をのたうつ蛸魔人ピスコーとの間で、太く、歪な一筋の線を作った。
それはまさに一瞬のこと。
通常の雷を何十本も束ねたような力強い、その聖なる稲妻を受けた蛸魔人ピスコーの体は瞬時に燃え上がり、そして弛緩して、そのまま動かなくなった。
遅れて雷鳴が轟き、その場にいたすべての人々は一様にその音に恐れをなした。
ある者は耳を塞いで蹲り、またある者は涙を流して女神リーザに祈りを捧げたりしている。
以前、瓦礫に向かって撃った時とは異なり、その攻撃対象が明確だったこともあってか、≪
「ユ、ユウヤ……。お前……」
マルフレーサが呆然とした顔でこちらにふらふらとやって来て、俺の顔をじっと見つめている。
俺が救い出した傍らの見知らぬ美少女もまた、何か尊いものにでもすがるような様子でただ黙って俺を見上げている。
周囲に人が集まって来て、その人たちの間から、口々に、「女神さまの使い」だとか「伝説の勇者」だとか言う単語が聞こえてきて、俺に向かって跪く者も結構いた。
「邪悪を滅ぼす正義の雷光を自在に操りし者……。その者を、女神リーザに選ばれし勇者と呼ぶ!」
そして、司祭服を着た知らないおっさんがいきなり声高にそう宣言すると、周囲からは歓声と喝さいが上がり、にわかに騒がしくなった。
ああ、結局またこういう展開になるのか……。
これは、≪ぼうけんしょ≫のロードもやむ無しだなと内心で覚悟した。
この異世界で、ただ普通に、おもしろおかしく生きていきたいだけなのに、どうしてこんなトラブルにばかり巻き込まれるのか。
俺は自分の運のなさを恨みたい気持ちになった。
なんとかうまくごまかす方法は無いものかと頭を巡らすも、名案は思い付かず、結局、この後の展開は成り行きに任せるほかなかった。
街の中心地だったこともあって、ハーフェンの領主に仕える騎士団の者たちもこの場に多く駆けつけて来ていた。
騎士たちは、最初に領主の館に行った時とは態度ががらりと変わって、俺を勇者と呼び、丁重な言葉づかいで接してきた。
どうやら城まで同行し、領主に会って、この蛸魔人に関する一部始終を報告し、説明してほしいのだという。
困った俺は、マルフレーサに意見を求めたが、彼女の答えは「相当の被害と犠牲者が出ておる。逃げるわけにもいかんし、やむを得ないであろうな」だった。
まあ、いいや。
面倒なことになったら、最初からやり直せばいい。
何も無かったことにすればいいのだ。
謁見を待つ間、控えの間で、俺はマルフレーサと二人きりになった。
飲み物のほか、焼き菓子などの軽い軽食も出て、扉の外に召使いを置かれるなど、その待遇は取り調べを受けたこの間とはえらい違いだ。
「……マルフレーサ。さっきの魔法のこと。あれが何だったのか、聞かないの?」
「聞かなくてもわかっておる。あれは伝説の勇者魔法。紛れもなく、≪
「それだけ? ほかの人たちみたいに『勇者だ!』って大騒ぎしないんだ」
「当たり前だ。お前は、本当の意味で勇者ではないからな。一つの時代に勇者は、ただ一人。真の勇者マーティン亡き今、この時代にほかの勇者が生まれている可能性は無い。ほかの連中は、勇者が何たるかも知らず大騒ぎしているだけだ。だが、それもまた仕方がないことかもしれない。彼らには、リーザ教団が求める有象無象の認定勇者と真の勇者の違いなどわからぬのだからな」
女神ターニヤも確かそのようなことを言っていた。
この世界には勇者システムというのがあって、百年に一人、人間たちの中から勇者が誕生するように設定されているみたいな話だったと思う。
「へえ、さすが大賢者と呼ばれているだけのことはあるね。マルフレーサは、そのことをどうやって知ったの?」
「廃墟都市リーザイアさ。お前は知らないかもしれないが、あの地にはこの世界の大いなる秘密が隠されている。同じ≪世界を救う者たち≫のメンバーだったカミーロという男があの場所に強い興味を持ち、そこに住みこんで研究を続けているが、詳しく知りたければそこを訪ねてみるがいいだろう」
「いや、それはやめておこうかな……」
「そうか。まあ、私もそのカミーロとはあまり合わなかったからね。勇者を妄信し、深く心酔していたあいつとは逐一、話が合わなかった。勇者を神格化し、その言葉を絶対視するメンバーたちを私は冷ややかな目で見ていたからね」
「その話はもういいや。俺には関係ない話だからね。何はともあれ、マルフレーサが俺のことを勇者だとか言い出さなくて良かったよ。俺のこと、たぶん秘密主義的だと思ってたかもしれないけど、今日みたいな感じになりたくなくてさ。実力とか、
「だが、ユウヤが≪
自分が一連の騒動の元凶である自覚は、一応、有るわけか。
「おそらく、これだけ派手に目立ってしまっては、お前を取り巻く環境はおそらく大きく様変わりすることになるだろう。魔王勢力の幹部であり、その恐怖の象徴たる≪魔人≫を退治したお前は一躍、このハーフェンの、いやゼーフェルト王国の希望と見做され、英雄視されることになるだろう。様々な権力者たちの思惑が絡み合い、この先どうなっていくかは私にも見通せぬ。まずは、ここの領主がお前をいかに遇するかだが……、ほら、噂をすればなんとやらだ」
マルフレーサが言った通り、控えの間に、領主の配下の者がやって来て、俺たちは謁見の間に通されることになった。
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