第111話 狼藉者と共犯者
領主に呪いをかけたのが誰で、何の目的があったのかということなど、俺にとっては全くどうでもいいことだった。
取り調べが長引いて、領主とは結局会えてないし、娘のフローラだってそのうち婚約相手の貴族のボンボンと結婚してしまうのだ。
一介の冒険者にすぎない自分にはかかわりのない世界の話だし、そういう陰謀めいた話には巻き込まれたくなかったのだが、すっかりマルフレーサのペースに引き込まれ、呪いをかけた術者のもとに一緒に行くことになってしまった。
「おお、ここだ。この場所に間違いなさそうだ。建物の中から私がかけた呪詛の気配がする」
マルフレーサがそう言って指さした先には、女神リーザやその神話に関するものを題材にしたらしい彫刻が施された立派な建物があった。
ここは港湾都市ハーフェンの中心地。
多くの住居や店舗が立ち並び、通行人が通りをひしめく、にぎやかな界隈だ。
その街並みの中でもひときわ大きく目立つその建物は、ハーフェン大聖堂と呼ばれており、王都にある大聖堂ほどではないものの由緒正しく、歴史ある宗教施設であるそうだ。
「ねえ、マルフレーサ。これはさすがに間違いでしょ」
「間違い? なぜだ」
「いや、だって、リーザって一応、この国でもっとも信仰されてる女神なんだよね? そのリーザを祀っている建物に、呪いを人にかけるような人がいるなんて、ありえないよ。聖堂の中は聖職者ばかりなんだろうし。しかも、呪いをかけられた相手はこの土地を治める領主だよ」
「たしかに意外ではあったが、ありえないというほどではないだろう。聖職者だって人の子だ。いるかどうかもわからない神の名を騙って、民から寄付やお布施を募り、お得意の回復魔法で傷や病を治しては、高額な治療費を払わせる。不必要なほどの蓄財をし、姦淫を禁じる戒めの陰で、幼い従者を相手に小児性愛にふけったりする。認定勇者以外の異性と婚姻することを認められていないにもかかわらず、愛人を囲い、貴族と紛う豪邸に住んでいたりする。まったくもって、有難い聖職者様たちだ」
「わわっ、ちょっと、こんな場所でそんなこと言ったらまずいでしょ。ほら、なんか
マルフレーサと一緒にいると、いかに自分はまだ常識人の
慌てた俺は、マルフレーサの口を塞ぎ、いったんその場を離れるように提案したが彼女は逆に俺の手を掴み、ずかずかと大聖堂の方に歩き出した。
「お、お待ちください。ここから先は、当教団のもの以外は立ち入り禁止です。誰か! 狼藉者です。守衛を呼んでください!」
大聖堂の建物内に入っていったマルフレーサは、行く手を遮ろうとする聖職者たちなど気にも留めずに、祭壇手前のホールを右に曲がり、袖廊の先の扉から裏庭に出て、さらにその奥に足早に向かった。
そして大聖堂の裏にある二階建ての宿舎の間の並木道をさらに抜けると、そこにはまさしく豪邸と呼んで間違いない豪奢な建物が姿を現した。
手入れの行き届いた庭木に、貴族のものであると言われたら信じてしまいそうな外観。
騒ぎを聞きつけた衛兵や建物近くにいた使用人たちがマルフレーサを押しとどめようとするが、彼女の歩みを止めることはできそうもない。
くそ、何が魔法職だ。
俺ほどじゃないにしても、普通の人間の妨害などまるで意味を為さないくらいには強いじゃないか。
体を掴み抑えようとする聖職者たちの手を軽く払いつつ、その動きを躱して強引な中央突破だ。
その後を追いながら、このままでは俺もマルフレーサの共犯者とみなされてしまうと正直、怖くなってきた。
「お待ちなさい!その建物は、ハーフェン大聖堂の司祭長様のお住まいですぞ。司祭長様は、今日は体調が優れず、誰ともお会いになりません。お引き取りを!」
そこでようやく、マルフレーサが動きを止めた。
「ちょっと、あんた今、司祭長って言ったかい?」
マルフレーサがいきなり引き返してきて、今呼び止める発言をしたふくよかな体形の男の司祭の胸ぐらをつかんだ。
「言いましたが、それが何か?」
「この建物にはほかに誰が住んでいる? その司祭長に家族とか同居人はいるのか」
「ひえっ、家族などはおりません。ただ、身の回りの世話をしている従者が七、八名ほど……」
今まで見たことがないほど険しい顔のマルフレーサに、司祭も、追ってきた者たちも何事かと怯んでしまっている。
「ユウヤ、急ぐよ」
「ちょっと、待った。いきなりすぎて何が何だか……。説明してくれない?」
「そんな時間は無いよ。あんたは、感じないのかい?あの屋敷の中から発せられてくる邪な気を……。これは、人間のものではない。≪魔人≫だ!」
言われてみれば、建物の三階のある部屋から、
俺はその異様な≪理力≫の持ち主を一目見ようと、こっそりコマンド≪まほう≫の≪
それは声変わり前の少年の叫びのように聞こえた。
その叫びに、集まってきていた教団関係者たちも驚き、狼狽している。
「今の声はなんです?司祭長様の身にもしや何かあったのでは?」
司祭服を身に纏った年配の女性が慌てて建物に近づこうとするが、マルフレーサはそれを引き留め、その場に集まっている者たちに向かって言った。
「この建物からは、邪悪な≪魔≫の気配がする。それも普通の魔物のものとは比べ物にならぬほどの危険なものだ。教団に認められた自治権については理解しているつもりだが、時は一刻を争う。ここは我らに任せてはもらえぬか」
「この神聖な大聖堂の敷地内に≪魔≫の気ですと? 馬鹿な!ありえない。そもそも、このような場所まで勝手に入って来るとは、お前たちはいったい何者なのだ?」
「我らは、ハーフェンの領主、ヴィルヘルム・フォナ・ヴァゼナールの命を受けた者だ。先日、領主に呪いをかけた不届き者がいることが判明し、その犯人を調べていたところ、この敷地内に逃げ込んだという目撃情報が得られた。そこでやむなく手荒な方法を取ってしまったのだが、先ほども聞いたであろう? 急がねば、その犯人の手によって司祭長の命が脅かされる危険性がある。おぬしたちは、司祭長がどうなってもよいのか!」
よくもまあスラスラと、こんな嘘が出てくるもんだと俺はマルフレーサに感心しつつ、建物向かって走り出した。
教団の者たちは、マルフレーサの口上にあっけにとられ、もう道を阻んだりはしてこない。
金貨二枚分の仕事はしなきゃならないし、何より先ほどの叫び声と同時に、ひとつの人間の≪理力≫が瞬き、そして消えたのを感じた。
建物内の人間のものと思しき≪理力≫の数はまだかなりあるが、その邪悪な≪理力≫の傍らにもまだ二つある。
入口から入って階段を上っていたのでは間に合わないかもしれない。
俺は地面を強く蹴り、壁を蹴上がると、そのまま直接、三階の怪しげな≪理力≫のある部屋に突入することにした。
空中で、三階の窓の縁を囲む石材の凹凸を両手の指をひっかけて掴み、両腿を一旦、胴体に引き寄せ、その溜めからドロップキックのような態勢で、窓ガラスを蹴破って、一気に部屋の中に入る。
この異世界のガラスは大量生産品ではないので、とても高価で庶民の家では、ほとんど使用されていない富と繁栄の象徴のようなものらしいが、そんなのは知ったことか。
厚さも割とあって、透明感があまりないが、その分、重量があり、かつ頑丈だった。
「お邪魔しますよっと!」
室内のふかふかの毛足の長いじゅうたんに着地すると、そこには、人間の体に、奇妙な模様がある紫色の
侍従二人は縄で両腕を縛られた状態で避けれなかったのか、体中のあちこちにガラスの破片が刺さって、そのうちの一人などは腹部に大きな破片が刺さったまま意識を失って倒れていた。
さらに蛸の怪人の足元には、まるで猛獣にでも襲われたかのようにあちこち齧られた跡がある頭部が欠損した死体が一つ。
「うわぁ、痛いよう。ガラスが……」
意識がある方の少年が、顔を引きつらせつつ、俺の方におびえた目を向け、呻き声をあげている。
「うわ、ごめん。やっぱり刑事ドラマとかアクション映画みたいにはいかないよね。普通に入り口から来るんだった……」
少年たちよ。
後でちゃんと回復してやるから、許してくれ。
「ぐっ、おのれ……。貴様は何者だ?」
蛸の怪人は顔に生えた八本の触手と両手で、自分に刺さったガラスの破片を取り除きながら尋ねてきた。
その蛸の怪人の全身には、蛇のように蠢く闇が纏わりついており、それがどうやらマルフレーサがかけたという呪詛のようだ。
よく見ると闇が締め付けている体からは、生気のようなものが漏れ出ており、怪人自体も少し衰弱しているように見えた。
目の前に転がっている死体は、その衰弱した体力を回復させるための栄養補給か何かだろうか。
その手の知識はまるでないが、なんとなく、その蠢く闇は、コマンド≪まほう≫の≪
「いや、名乗るほどの者じゃないけど、そんなことより、なんでこんな人間の街のど真ん中に、≪魔人≫がいるわけ? 雰囲気が、前に戦ったライドとかいう虫魔人に似てるけど、お前もそうなんでしょ?」
「……驚いたな。貴様、ライドを知っているのか。ならば話が早い。我こそは、 魔王様の使いにして、南方都市攻略を任された蛸魔人ピスコーだ。ライドを知っていながら、生きてこの場にいるということは、そなたは魔王様に寝返った人間の仲間であろう。一体、何をしに来た」
「いや、違うけど。魔王に寝返ってもいないし、普通におまえを倒して、はやく帰りたいだけ」
蛸魔人ピスコー。
聞いてもいないのに勝手に名乗りだすし、思い込みで話を進めようとする当たり、この≪魔人≫という連中は、あまり頭は良くないのかもしれない。
窓をぶち破って侵入してくる奴が仲間なわけないだろ。
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