第108話 日日是好日
騎士たちによる事情聴取は数時間にも及び、詰め所を出た頃にはすっかり日が暮れていた。
部屋を出たところで、騎士団長のセバスチャンがやってきて、「フローラ様からの褒美だ。受け取って、早々に城を立ち去れ」と金貨三枚を手渡してきた。
そして、そのまま押し出されるように、兵士たちに城門の方に連れていかれるとそこには、一人佇むマルフレーサの姿があった。
彼女を恐れてか、衛兵たちは少し離れた所から遠巻きに監視しており、決して近寄ろうとしていない。
「随分と時間がかかったね。まったくこの城の連中ときたら、相変わらずどうしようもないね」
「マルフレーサは、こんなところで何してるの? 領主の容態を診るんじゃなかったの?」
「ああ、それならもうとっくに終わった。一目で呪いだと分かったから、≪解呪≫してやったよ。かなりやつれていたが、意識も取り戻した。もうこの場所に用はない……」
「そうなんだ。仕事が早いね。それでいったい、こんなところで何をしてるのさ」
俺の質問にマルフレーサはやれやれといった仕草を見せ、わざとらしくため息をついて見せる。
「何って、お前を待っていたんだろう。遅いから、すっかり待ちくたびれてしまったよ。さあ、こんな居心地が悪い場所はそうそうに退散してどこかで一杯やろう。酒ぐらい飲めるんだろう?」
「いや、待っててくれなんて頼んでないし、俺は……」
「男がぐだぐだと細かいことを言うんじゃないよ。領主から気前よく褒美もいただいたし、今夜は私のおごりだ。付き合いな!」
マルフレーサは強引に俺の腕を取り、城門の外に向かって歩き出した。
ハーフェンの酒場「黄金のクジラ亭」は、たくましい海の男たちで賑わっていた。
広い店内に所狭しと置かれたテーブルはほとんど満席で、笑い声と杯をぶつけ合う音で喧しかった。
「婆さんの姿のままだと、この街では私は目立ってしまうからね」
老婆の姿から、若い女の姿に戻ったマルフレーサは、小人数用の空いてるテーブルに陣取ると、その傍らに俺を座らせ、給仕にてきぱきと料理と酒を注文した。
この酒場にはそぐわないマルフレーサの美貌に店内の男たちの視線が絡みつくが、本人はそんなことにはお構いなしだ。
ああ、なんか、逃げそびれちゃったなと俺は内心で呟いたが、空腹だったこともあり、ひとまず冷えた麦酒でマルフレーサと乾杯することにした。
「かー。一仕事のあとのこの一杯はやっぱりたまらないね。久しぶりの盛り場の雰囲気も悪くない」
マルフレーサによれば、このハーフェンでは魔法による製氷業が盛んで、この冷たい麦酒もその恩恵の一つであるらしい。
かつてマルフレーサが領主の相談役だった頃に、ハーフェンの中心産業である漁業をさらに振興させるために、製氷業を営む商会をいくつか起業させたのだが、それが定着し、「魚介と美食の街」と有名になるほどの要因の一つとなったそうだ。
「うわっ、刺身まであるんだ。久しぶりだなー!」
運ばれてきた料理の素材はどれも新鮮で、生食だけでなく、そのほかの加熱した料理も王都のそれとは比べ物にならないくらい美味しかった。
刺身は、塩で食べるスタイルで、ここに醤油とわさびがあったら最高だったのにと思ったが、それでもこの異世界に来てから初めて食べる刺身にテンションは上がり、酒がすすむ。
麦酒のあとは、蒸留酒のロックを頼んでみた。
「ユウヤ、なかなかイケる口ではないか。いいぞ。今夜は私も大いに飲むことにしよう」
マルフレーサも麦酒のお替りを頼み、嬉しそうに料理に舌鼓を打っている。
どうやら彼女は刺身よりも、洋風っぽい煮付けや油で揚げた魚の方が好みであるらしく、百歳近いと言っていたがそれが信じられないくらいの食欲だった。
エルフの血のおかげで老化が遅いと言っていたし、肉体的にはまだかなり若いのかもしれない。
実際に、酒で頬がほんのり紅潮したその顔は、とても色っぽくて、意地悪そうな目つきも裏返せばとても知的で、危険で、悪女めいた印象を与えてくる。
「ところで、ユウヤ。お前、この後、どうするつもりだ? 一人旅をしているという話だったが、王都に戻るのか?」
「えっ、いや、王都には当分戻る気はないよ。目的もない、気ままな一人旅だからね。このハーフェンでしばらく観光を楽しみながら、次の目的地を考えようかな」
「そうか。観光とは、北からの魔王の侵攻に苦しむこの国の状況においては考えられない悠々自適さだな。お前ほどの強さであれば、魔王を討ち、地位や名声を得たいなどという野心を持っても不思議は無さそうであるが……」
「そういうのは興味ないな。地位を得たって、あの悪人面の国王にこき使われるだけだし、有名になったらなったで、いろいろと不自由になるだろ? 俺は困らないだけの金があって、自由気ままでいられば、そうしたしがらみとは無縁であった方が幸せだと思うんだよね。それに、マルフレーサだって、人のこと言えないじゃないか。おばあちゃんになったというのだって本当は嘘だし、実力もその辺の冒険者より圧倒的に上だった。隠遁してお気楽ライフしている意味では人のこと言えないと思うけどね」
「ふふっ、まあ、そういう意味では似たもの同士だな、私たちは」
「じゃあ、似た者同士にー、乾杯!」
俺は領主の城で受けた不愉快な思いなど、すっかり忘れて、今日はとことん飲むことに決めた。
うまい肴に、うまい酒。
目の前には、驚くような美女がいるし、よく考えたら今日はけっこういい日じゃん。
明日のことは、明日決めることにしよう。
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