第107話 領主の城と追放者

徒歩で隠者の森を出て、そこからは再び馬車での移動となった。


テオとマルフレーサは御者台、フローラとキャロラインは客車の中。

護衛の依頼を請けた俺には馬車の周囲を警戒し、襲撃があった際にはそれに対処する役割があったので、後方にある下僕用のランブルシートに立ち乗りすることにした。

聖獣のブランカは街に連れて行くわけにはいかないので当然、森でお留守番だ。

マルフレーサが家の留守を頼んでいたようだった。



例の黒尽くめの集団が再びまた襲って来ないとも限らず、俺はかなり気を張っていたのだが、ハーフェンの領主の城まで拍子抜けしてしまうほどに何事も起こらなかった。


だが、これで金貨三枚とか、おいしい依頼だったなと思ったのもつかの間、領主の城に着いた直後から思わぬ緊張を強いられることになった。


「フローラ様! その魔女からお離れになってください」


城門前に着いた俺たちの馬車を大勢の騎士たちが取り囲み、それを指揮しているらしい年配の男が大きな声を上げた。

その年配の騎士が着ている鎧の意匠は、黒尽くめの集団の後続にいた騎士のものとは似ておらず、ほかの者たちも同様だった。


あの騎士装だった二騎は、領主に仕えている者ではなかったのかなと俺は疑問に思ったが口には出さなかった。


「セバスチャン、なんという無礼なことを……。マルフレーサ様は魔女などではないわ。かつて、この土地で猛威を振るった流行り病から民を救い、漁業に頼りきりだったハーフェンを交易のための一大拠点にするなど、多くの功績を残された偉大なる大賢者様よ」


どうやらこの年配の騎士の名はセバスチャンというらしい。

きれいに整えられた髭と実直そうな顔をしている。


「……確かにその女がこのハーフェンに繁栄をもたらしたことは間違いありません。しかし、その言動や思想は常識外れであり、民の信奉を集める女神リーザをも貶め、怪しげな術や儀式で人心を惑わす。領主様をたぶらかし……。まてよ? もしかすると領主様の病の原因は貴様ではないのか、マルフレーサ。城を追われたのを逆恨みし、呪いをかけたのではあるまいな?」


「ふざけたことを言うんじゃないよ。呪いをかけた張本人がこうしてのこのこやってくるわけがないだろう。フローラの懇願に負けて、重い腰を上げてはみたが、そういう扱いを受けるなら私は森に帰るよ。こんな騒がしい場所に好き好んで来たわけではないからね」


「マルフレーサ様、お待ちになってください。……セバスチャン! この騎士たちを下がらせなさい。マルフレーサ様に刃を向けることは私、ひいては父に対する謀反と見做しますよ」


フローラの剣幕に、さすがの騎士たちも動揺したようで、セバスチャンの顔色をうかがうようなそぶりを見せた。


「フローラ、どうする? 俺は護衛だけど、こいつらもやっちゃえばいいのかな? 俺は早く報酬をもらって、こんなところおさらばしたいんだけど……」


俺の不遜なつぶやきに騎士たちが色めき立ち、剣の柄に手をかける者もいた。


「フローラ様、この下賤の者は何者ですか」


「セバスチャン、先ほどから少し口が過ぎますよ。このお方は私たちの命の恩人、ユウヤ様です。黒装束の刺客に襲われた私たちをその武勇で救い、さらには瀕死だったテオの傷を回復魔法で治してくださったのです。この城まで無事に戻ってこれたのもすべて彼のおかげ。マルフレーサ様同様に、無礼は許しませんよ」


もっと、か弱い感じかと思っていたけど思っていたよりもフローラは威厳があってしっかりしていた。

俺は年上のセバスチャンに負けずに言い返しているその姿を見て、内心少し感心した。


「……刺客? お待ちください。今、刺客と申されたのですか」


セバスチャンの顔が青ざめた。


「はい。ごく一部の者にしか伝えずに城を出たにもかかわらず、マルフレーサ様を訪ねる道中で十数騎の黒尽くめの集団に襲われました。そのことも含め、詳しく説明するので、まずは城に戻りましょう。誰がこちらの様子をうかがっているか、知れたものではありません」


フローラの提案に、セバスチャンも同意したのか、無言で頷いた。


俺たちは騎士たちに取り囲まれる形で、フローラのあとをついて行き、城に入ることができたのだが、すぐには帰れなそうな雰囲気になってしまったので思わずため息が出てしまった。


そして案の定、俺は黒装束の集団による襲撃事件について、根掘り葉掘り取り調べを受けることになった。

しかも、なぜかその謎の刺客たちとの関連を疑われて、その仲間ではないかといった失礼な質問を何度も繰り返しされてしまった。


面と向かって下賤の者とか言われたし、やはりこういった領主などの支配者側の連中は、俺のような冒険者を見下しているんだなと、心底不愉快な気分になった。

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