第105話 探るような視線

「……なるほどね。大体の事情は呑み込めたよ」


フローラたちの話を聞いたマルフレーサはそう言うと、俺たちにもふるまってくれた激マズのお茶をすすった。


なんでも数十種類の生薬を調合して作った健康と美容に良い飲み物であるらしいのだが、効能と引き換えに、味や香りといった嗜好品としての魅力のすべてを捨て去ってしまっている。


「まあ、この目で診てみないことには断言はできないが、領主の病は、薬や僧侶の回復魔法が効かないのであれば呪いやなにか特殊な毒物である可能性が考えられるね」


「病気ではないのですか?」


「ああ、たぶんね。リーザ教団の司祭であれば、生命力を活性化させ病気を快方に向かわせる魔法を使えるし、それが少しも効果を見せなかったのであれば、それはもう他の原因を疑うほかはないね。病気の中には生来生まれ持った病原や体内の組織が変異したことによるものもあって、そうした病には回復魔法は効かないから、可能性はないわけではないが、……とにかく直に会って診察してみないことには何とも言えないね。王都に、呪いだとかそういった知識に割と明るい弟子がいる。紹介状を書いてやるから、そいつに相談してみると良い」


「そんな……。マルフレーサは、父に会ってはくださらないのですか?」


「ああ、私は城を追われた身であるし、今はこの通り、気楽な世捨て人だからね。お前の父には恩があるが、王だの、貴族だのはもうこりごりなのさ」


「そこをなんとか考え直していただけないでしょうか。王都までは何日かかるかわかりませんし、さらに往復となると、父の病状の悪化が心配です。先ほども何者かに襲われましたし、長旅をするような準備はしてきていないので、一度、ハーフェンに戻らなければなりません……」


「だが、城の連中は、私を頼るのに大反対なのだろう? 私だって、城には見たくない顔がいくつかある。それにしても、お前たちを襲ったその集団……。本当に身に覚えがないのかい? 」


「はい。誰かに恨みを買ったような覚えは、何も……」


「まあ、人間というものは、ただ生きているだけで恨み、妬み、嫉み、そうした負の感情を抱かれてしまうものだからね。だが、ユウヤの話では、その連中はそれなりの手練れであったのだろう? そうした力量の者をそれだけの数抱えている集団など、そうはないはずだし、少し調べれば限られてくるとは思うけどね」


確かに。

あの黒尽くめの集団の実力は、近いところではB級冒険者だったリックやアレサンドラと遜色ない程度にはあった。


「そんなことより、私の興味はユウヤ……お前にあるよ」


マルフレーサの鋭い視線が急に俺に向く。


「えっ、なんで俺?」


「お前のその杖術……ウォラ・ギネから学んだものだろう? 」


げっ!

やっぱり、同じパーティのメンバーだったわけだし、そりゃ気付くよな。

だから、来たくなかったんだよ。


「いや、これは……その……自己流というか、なんというか……」


「誤魔化しても無駄だよ。実は私もその手ほどきを受けた一人だからね。見れば一目でわかるよ。私は弟子というわけではなかったが、あのお節介焼きの爺が、近接戦闘に持ち込まれた時の対処法と杖破壊を防ぐ手立てとして、その初歩と≪理力≫の扱い方を教えてくれたのさ」


そんなことがあったのか。

アレサンドラたちにも嫌な顔しないで教えてたから、≪導師≫の≪職業クラス≫を持つだけあって、ウォラ・ギネは人に教えること自体が好きなのかもしれない。


こうなってくるとあちこちにムソー流について知っている人がいる可能性が出てくるし、≪世界を救う者たち≫だとか魔王関連の話に関わらないためには、あまり杖術の奥義とか人前で見せない方がいいのかな?


「どうだい。図星だろう?」


どうせフローラとの恋も実らないことが確定的になったことでもある。

もうここで、≪ぼうけんのしょ≫をロードして、全部無かったことにしたくなるけど、そんなことばっかりしているとまったく人生が進んでいかないし、しかも何か都合が悪くなるとリセットする癖がついてしまいそうだ。


もう少し我慢して、なんとかこの婆さんからフェードアウトする努力をしてみよう。


「残念だけど、俺はそのウォラ・ギネという人は知らないよ。疑うなら、その本人に聞いてみればいい。面識はないし、『誰だそいつは?』みたいな話になると思うけどね。この杖術は本当に自己流で、たまたま似ちゃっただけだと思うよ。動きの最適化とか、理を追及すると同じ答えに到達するみたいな感じで、技とかが似ちゃったんじゃないのかな」


「……その話が本当であるなら、ますますお前に興味が湧いてくるね。お前、見たところ、まだ十代の後半くらいだろう? どんな人生を送ってくれば、その歳でそれだけの強さを身につけられるのか。私はね、真の≪勇者≫だったマーティンという男をこの目で見ているが、お前の強さは彼の全盛期のそれを彷彿とさせるほどのものだよ」


「それは、どうも。褒められて悪い気はしないけど、この話はこれで終わりにしよう。あんたの読みはただの勘違いだったし、俺はあくまでもこのフローラの護衛だ。あんたに用事があるのは彼女であって、俺じゃない」


詮索は無駄であると悟らせるために一方的に話を打ち切ることにした。

フローラに対しても、別にもう取り入る必要もなくなったので、下手に出るような態度も、「様」付けもやめる。


俺は所詮、下賤な冒険者アウトロー

フローラたちとは住む世界が違うのだそうだから。


俺は、俺の仕事を果たして、報酬をもらい、ハーフェンでしばらく豪遊したら、この地を去る。

マルフレーサがフローラの願いを聞き入れようが、拒絶しようが俺には関係ないのだ。


少し険悪なムードになってしまったと思ったのか、フローラたちは少しおろおろしており、マルフレーサは相変わらず人を値踏みするような意地悪そうな目でこっちを見ていた。


「交渉の邪魔になるから、俺は外で待ってるよ。話が付いたら声をかけてくれ」


その探るような視線から逃れたい意図もあって、俺はひとり、家の外に出た。



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