第104話 大賢者マルフレーサ

「勝手に動くなって警告したはずだよ! 」


マルフレーサが、俺に杖頭を向けて、「≪麻痺スタン≫!」と唱えた。


俺の背中に青く細い、稲光いなびかりのようなものが飛んできて、当たったところが少しピリッとしたような……気がする。

それは、静電気よりも微かな刺激で、何かに夢中になっているときなどであれば気が付かないかもしれない。


「なんという奴! ≪大賢者≫である私の魔法を抵抗レジストしたのか。 じゃあ、これなら、どうだい」


信じられないといった顔のマルフレーサが、今度は≪暗闇ダークネス≫、≪催眠スリープ≫、≪魅了チャーム≫と立て続けに魔法を放ってきた。


避けたらフローラたちに当たってしまう恐れもあったので、その魔法をあえて立て続けに食らった俺は、視界にごく小さな蚊のようなものが一瞬見えた気がして、まったりリラックスしたような気分になり、そして、「最近、ご無沙汰だな」と頭の隅でなぜかそう思った。


「おい、婆さん。危ないだろ!みんなを巻き込んだらどうするんだ」


仕方がないので俺は自らフローラたちから離れ、マルフレーサに向き合う。


「ふん、そんなへま、私がするはずがないだろう。フローラたちから離れたのなら丁度良い。これなら、どうだ! ≪氷柱牢獄アイス・プリズン≫」


おいおい、今度はなんだ?


周囲の地面から太い氷の柱が突如、壁のように連続して立ち上がり、俺の四方を完全に塞ぐと、今度はさらに上空から巨大な縦長の直方体の氷塊が落下してきた。


なるほど。

氷の壁で逃げ場を塞ぎ、頭上からの氷塊の落下で圧死させるという攻撃なのか。


地面に投影された氷塊の影で、そのことに気が付いたわけであるが、この囲いから飛び出して、脱出するにはもう遅い。


「うわっ、これ、完全に殺す気じゃねーか。ヤバいばばあだな」


俺は≪理力≫を帯びた長杖の柄を両手で持つとそれを交互に押し引きするような動きで氷の柱でできた前方の壁に打撃を与え、破壊。

さらに上空の氷塊に向けて、杖先をまっすぐ突き上げた。


MP消費は20ぐらいでいいだろう。


最後の突きは、ウォラ・ギネから教わったムソー流杖術の奥義のうちのひとつ、≪夢想槍突むそうそうとつ≫。

想念そうねんによって、槍の鋭さと貫通力を具象化させたかのように強化した≪理力≫を杖先に宿らせる技で、消費MPによってはそれを放出することも可能だ。


この一連の動きは高速でなされ、もし ≪氷柱牢獄アイス・プリズン≫の中の様子を目視できた人がいたとしてもあまりにも一瞬のことで何が起こったのか理解できないかもしれない。


氷柱牢獄アイス・プリズン≫の頭上からの氷塊は≪夢想槍突むそうそうとつ≫によって跡形もなく消し飛び、前方を塞ぐ連なった氷柱による壁は粉々になって吹き飛んだ。

ちなみに四方の壁をすべて破壊しなかったのは、吹き飛ばした氷の壁の残骸がフローラたちに飛んで行っては危ないと思ったからだ。


マルフレーサもまた然る者で、自身の前に魔法の防御壁シールドらしきものを作り出して、俺が嫌がらせに飛ばした氷柱の折れた残骸を防いでいた。


何事もなかったかのように、氷の箱から出た俺はマルフレーサに不敵な笑みを浮かべ、「まだ、やる?」と尋ねた。


「……いいや、やめておくよ。お前さんがその気になったら、ここにいる全員を殺せるくらいの力あるということが分かったからね。そんな力の持ち主が小細工を弄する理由がない。名前は確か……ユウヤというのだったね。話を聞いてやるから、お前さんもフローラたちと一緒に、中にあがりな」


「いや、殺されそうになったし、俺はいいっすよ。皆さんだけでどうぞ」


「いいからつべこべ言うんじゃないよ。茶ぐらい出してやるから、中に入んな!」


遠慮したわけではなく、心の底から辞退申し上げたかったが、マルフレーサはずかずかと俺のもとにやってくると強引に腕を引き、建物内に引き込もうとしてきた。


「おや?」


おそらくは垂れてしぼんでいるはずの乳房がひじに当たったが、思ったよりも感触は若い娘のそれとそれほど変わらず、やわらかで張りがあったように思われた。


その感触に俺は首を傾げ、シリコン製の偽パイでも入れているのかといぶかしんだ。





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