第102話 強気に攻めてみよう
この異世界に来たばかりの頃の俺は、あまりにも弱く、常に被害者の側だった。
城の衛兵に殺されたり、追剥に身ぐるみはがされたり、そのせいで餓死する羽目になったりした。
魔物の中では最弱のカテゴリにあるゴブリンにすらなぶり殺しにされるほどであったし、その辺にいる一般人にすら劣る能力値であったのだ。
だから、弱く、虐げられる者の気持ちは痛いほどにわかるようになったし、人並外れた力を持つに至った今は、俺のほうが加害者にならないように気を付けなくてはならない。
力加減を間違って殺してしまった追手の男たちの素性についてであるが、フローラたちには思い当たる節が無いようだった。
頭巾を外した顔もよく見てもらったが、見覚えはないとのことで、襲われた理由についてもわからないと口を揃えた。
「誰に襲われたのかもわからない。襲撃の理由も不明となるとどうしようもないですね……。ところで、フローラ様たちはこの馬車でいったいどこに向かうところだったんですか?」
一応、貴族の娘らしいから呼び捨てはまずいよな。
様をつけておこう。
「そうですわね。まずはそのことをお話ししなければ……。必死で逃げてきて、もうかなり通り過ぎてしまったのですが、この街道を外れた先の隠者の森と呼ばれる場所に住んでいるあるお方を訪ねる途中であったのです」
「あるお方?」
「はい。そのお方とは、≪大賢者≫の呼び声高き、森の賢人。かつて父に仕えてくださっていたマルフレーサ様です。ユウヤ様は冒険者であられるので、ご存じかと思いますが、かつて≪世界を救う者たち≫という伝説的なパーティの一員であられ、数々の偉大な功績を残した後、故郷であるこのハーフェンに戻ってこられたのです。領主であった父は、自らの相談役として彼女を招聘し、重用していたのですが、私がまだ幼かったころに、自ら隠棲を申し出て、城を去ってしまわれた」
げっ、また≪世界を救う者たち≫かよ。
あいつらどこにでもいるんだな。
俺の脳裏に、魔物化したカミーロの顔が浮かび、思わず身震いしてしまう。
「その……マルフレーサっていう人には何の用があったんですか?」
「実は、領主である父が病の
「なるほど、領主様が病に……。でも、貴族のお嬢様が自ら、執事と使用人だけ連れて行動するなんて軽率じゃないですか? 俺がたまたま居合わせたから良かったものの、少し間違えたら三人とも命はなかったと思いますよ。さっきの黒尽くめの奴らは野盗の類とかではなさそうだったし、それにこんなこと言ったら失礼かもしれないけど、ここの領内の治安だって決していいとは言えない。俺なんか、ここに来るまでに三回も盗賊に襲われましたよ」
「それは、領地を預かる者の娘として恥じ入るばかりの話ですが、わたくし自ら訪ねなければならないのには複雑な事情があったのです。マルフレーサ様は、城の者たちと過去に折り合いが悪かったらしく、そのお力をお借りすべきだと話したところ、猛烈な反対を受けてしまいました。父の病状は日に日に悪くなる一方でしたし、もはや一刻の猶予もないと判断し、私がこのテオに無理を言って、城の者たちには内緒で連れてきてもらったのです」
「ユウヤ様。命を救ってもらった上に、このようなことをお願いするのは心苦しいのですが、フローラ様がマルフレーサ様のもとにたどり着けるように、護衛として雇われてはくださいませんか? 実は、城を出る際には護衛の騎士数名を伴ってきたのですが、あの黒装束の集団による突然の奇襲でこの馬車とはぐれてしまいました。こうして待っていても、やって来ないところを見ると全員殺されてしまったか、馬を失い追って来れないでいるのか。いずれにせよ、フローラ様の仰ったとおり、領主様の容態は重く、一刻の猶予もなりません。ユウヤ殿であれば、先ほどの武勇を見ても護衛として申し分ないどころか、安心して我らの命を委ねることができます」
執事のテオが、まるでフローラの考えを代弁するかのように話に加わってきた。
うーん、どうするかな?
フローラとのイチャラブ展開を希望する俺としては、願ってもない絶好のチャンスだけど、その≪大賢者≫とかいうのには会いたくないな。
ウォラ・ギネのように≪理力≫を感じ取るような力を持っていたら、また色々と詮索されるかもしれない。
あの黒尽くめの集団の存在とか、何か大きなトラブルに巻き込まれそうな予感もするし、ここは慎重に考えた方が良さそうな気が……。
「ユウヤ様! 私からもお願いします。どうか、そのお力を私にお貸しください」
フローラが突然、俺の手を取り、思いつめた顔で懇願してきた。
少し顔を近づけたならキスできてしまいそうな至近距離。
こんな澄んだ瞳で見つめられてしまったら、もう断るに断れない。
それに、この依頼を断ってしまったら、もう二度とフローラとお近づきにはなれない気がした。
「……わかりました。ここで出会ったのも何かの縁。フローラ様にご助力することにいたしましょう」
俺はどさくさに紛れて、フローラのしなやかな手を握り返し、そして慎重に相手の顔色の変化を観察しつつ、手の甲に軽く口づけしてみた。
よく西洋の中世時代を扱ったドラマなんかで、騎士がお姫様にする、あれだ。
この異世界でもキスは普通に挨拶として男女の区別なく交わされているようであるし、酒場でも酔った男がご婦人の 手の甲に口づけするのを何度も見ている。
前にアレサンドラに尋ねたことがあったのだが、それにはいやらしい意味などはなく、異性に対して尊敬や敬愛、あるいは忠誠の気持ちをあらわす行為であるらしい。
フローラはその行為を拒絶したりせず、頬をほんのりと染め、意外とまんざらでもない反応を見せた。
フローラが嫌だと感じたのなら、手を振りほどいたり、悪くすると平手打ちが飛んできたりする可能性もあったのだが、目を潤ませ、そのみずみずしい唇を半開きにして、ただ俺の顔を見つめ続けている。
キャロラインは、「まあ!」と驚きの声を上げ、執事のテオが咳払いをしたのが聞こえたが、俺は聞こえないふりをした。
彼らにしてみれば、今は俺の力を頼らざるを得ない状況であるし、ここはその立場を利用して、強気に攻めてみよう。
好意があることを積極的に伝えて、あわよくば、この麗しいフローラお嬢様のハートを射止めたい。
元の世界にいた時とは違って、この異世界では、俺は割とモテるみたいだからね。
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