第101話 白日の罪

「旅の勇者様、わたくしどもの危ないところを助けていただき、誠にありがとうございました。私はハーフェンの領主の娘、フローラと申します。命を救っていただいたこちらの者は執事のテオ。そしてこの者は、幼いころから傍仕えをしてくれているキャロラインです」


ようやく落ち着いたらしいフローラは、俺の目の前にやってきて丁寧にお礼を言った。

まだ少し涙で潤んだ瞳でまっすぐ見つめられた俺は、もうすっかり魂を抜かれたように魅入られてしまって、つい鼻の下を伸ばすのを止められなかった。


全員の自己紹介をしてくれたが俺の目にはフローラしか映らない。

完全にぞっこんだった。


……それにしてもものすごい美少女だ。


まるでハリウッド映画の主演をはる美少女がそのまま飛び出てきた以上の美貌。


泣きはらした顔であっても、より一層、愛おしく感じる。

領主の娘なんていう肩書なんてどうでもよくなる可憐さだ。

駆け落ちとかでもいいから、正直、付き合いたい。


「いや、勇者だなんて、そんな大それたものじゃないよ。俺はユウヤ、ただの冒険者さ」


「そ、そうなのですか? 先ほどの回復魔法といい、追手たちをお一人で退けられた強さから、てっきり伝説の勇者様なのではないかと思い込んでしまいましたわ。この土地に住む大賢者様から幼少のころ、聞いた覚えがございます。傷ついた民を癒す不思議な力を持ち、邪なるものを打つ聖なる雷を自在に操る。手には神々に授けられた伝説のつるぎを持ち、押し寄せる魔を切り伏せる無類の強さを誇る最強の≪職業クラス≫、それが勇者だと……」


「ほら見て、手に持ってるのは剣じゃなくて、長杖でしょ。そんな伝説にうたわれるような大それた存在じゃなくて、あてのない旅をしていて偶然、フローラたちが襲われていたのに気が付いただけ。あっ、そうだ。襲われていたで思い出したけど、こいつら、どうしよう。危ないから、一応縄で縛っておくか」


俺は、仲間に置き去りにされた追手の一人のもとに駆け寄った。


俺が背中を殴打した曲刀の男だが、ぐったりとしたまま動く気配がなく、仰向けにして黒頭巾をとってみたが反応はない。


「この者はもうすでに事切れておるようですな……」


執事のテオがやってきて、そう呟いた。


「嘘、そんなに強く叩いた覚えはなかったんだけど……」


一応、脈と心音を確かめてみたが確かに死んでいた。


やばい。

人生で人を殺してしまったのは二回目だ。


人殺しはしたくなかったので手加減したつもりだったのに、……なんてこった。


「そうだ! もう一人、馬車の陰にいたはず」


そう思って、慌ててそちらに向かったが、俺が長杖で額を突いた男もすでに死んでいた。


黒頭巾を取ってみるとその下の鉢がねに穴が開いており、杖先が頭蓋骨を貫通していたようだった。

血がまだ漏れ出ていて、顔が赤く染まっていた。


どうやら、あの黒尽くめの集団は、倒された仲間がもう助からないと踏んで放置していたのか。

相手のダメージを読み違う素人の俺と違って、かなり百戦錬磨の相手だったのかもしれない。


そして、図らずも、今日一日で二人も殺してしまったという事実と罪悪感に俺は思わず震えてしまった。


それでもその衝撃は、カミーロを殺害した時ほどではなかったが、なぜか思わず脳内で、ある歌を思い出してしまうほどのもので、心が大きく動揺してしまっていたことは間違いない。


『時には……、誰かを……。知らず、知らずの……うちに傷つけてしまったり、失ったり、して初めて、孤独の意味をー知る……』


ああ、あの歌の主人公って、俺みたいな境遇だったのかな?


元の世界にいたときにヒットしていて、コンビニとかで流れていた曲の歌詞に自分を重ねて呆然としてしまったが、怪訝そうな顔でこちらを見ている三つの視線に気が付いて、俺は我に返った。


まあ、こんな物騒な世界だし、殺人って言っても全部、正当防衛の結果だからしょうがないよね。


そう切り替えて、平静を装うことにした。

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