第100話 運命の出会い

このザイツ樫の長杖クオータースタッフは、俺の身長を少し上回るぐらいの長さで、剣やメイスなどの近接武器と比べると圧倒的に間合いが広い。


こうして馬車の屋根上に陣取ってにらみを利かせれば、おいそれとは手は出せまい。


そういう狙いがあったのだが、この追手たちはひるむことなく、客車の中の人物めがけて殺到してきた。


ある者は馬を降りてキャビンの両脇にある扉を開けようとし、ある者は俺を始末しようと襲いかかってきた。


俺は全方位を警戒しつつ、長杖の突きと払いで、連中を俺と馬車に近づかせないように牽制した。


ヒュッ。


風切るような音が聞こえて、そちらに反応すると、少し離れたところにいた黒頭巾が放った矢だった。


やばい。

こんな目立つところにいたら、絶好の的じゃないか。


俺はそれを長杖で弾き、さらに二の矢、三の矢も打ち落とすと眼前に迫りくる馬上からの槍の攻撃も長杖を縦に構えて往なした。


俺の杖捌きに驚いたのか、槍使いは、「この若造、見た目よりもかなりやるぞ!」と仲間たちに警戒の声を呼び掛けた。


八対一。

しかも後続の二騎も視界に見え始めた。

こちらは黒頭巾も黒装束も身に着けてはいない。

遠めに見ると騎士風の武装で、もう一人も同様だ


同じ格好をしていないところを見ると、この追手たちの仲間とは限らないが、とにかくその様子をうががってでもいるような近づき方は、馬車を救出しようとする者の馬の走らせ方ではない。



「それはどうもっ!」


いつまでも埒があかないと考えた俺は、まずは相手の頭数を減らすことにした。

槍使いの額を杖先で直突きし、バク転をして屋根から地上に避難すると、着地とともに扉に手をかけていた曲刀の男の背をしたたかに打ち付けた。


曲刀の男は白目をむき、その場で倒れこんだが、次の瞬間、何かの合図らしき指笛ゆびぶえが聞こえた。


「退けっ、退けい!」


そして、馬車を取り囲む追手のうちの一人がそう声を上げると、倒れたまま動かない仲間を置き去りにしたまま、まるでそう打ち合わせていたかのような速やかさで一斉に引き上げ始めた。


おいおい、あきらめる判断を下すのが早すぎないか?

数的な有利がある上に、後続を待たずに撤退なんて、奇妙だ。


その後続も馬首をめぐらし、黒尽くめの集団を待たずに去ろうとしているし、何か色々と思惑がありそうだと感じた。



「テオ!」


まだ追手たちの姿が視界から消えぬうちに、客車キャビンから一人の少女が飛び出してきた。


亜麻色の長く美しい髪。

透き通るような白い肌に鮮やかに映える柔らかそうな唇の薄紅色。

華奢ながらも女性らしさはまったく損なわれていない、完璧なプロ―ポーション。


そして何より、可憐さの中にも高貴さを漂わせる端正な顔立ち。


その少女の姿を見た途端、俺の全身に電流が走り、時が止まってしまったかのような衝撃を受けてしまった。


これは……、この出会いはまさしく運命だ。

この娘に出会うために、俺はこの国の最南端までやってきたのだ!


脳裏に、乗合馬車で出会ったおばあちゃん、アダ、イヴォンヌの顔が、次々浮かんできたが、それらをこの少女の存在が一瞬で搔き消してくれた。


それはフォアボールで歩かされると諦めかかっていたところに、ストライクゾーンの真ん中に絶好球が投げ込まれたようなもの。


まさに、9回裏、試合を決める特大ホームランである。



少女は繊細な装飾が施されたドレスの裾を翻し、懸命に御者台の方に向かって駆けてゆく。


「テオ……。ああ、そんな……。矢が……」


テオと呼ばれた初老の男は肩と胸に矢が刺さっており、息も絶え絶えの状態だった。

顔色は青ざめていて、唇も血色失っていた。


「フローラお嬢様……。ご無事……でしたか?」


「ええ、私は平気よ。私のことより、あなたが……。ああ、なんてこと……。女神リーザよ。どうか、テオを……テオをお救いください」


フローラというらしいその少女は、テオの手を取り、涙を流しながら天に向かって祈りの言葉を口にした。


「キャロライン、……キャロライン! 来て頂戴。テオが大変なの。お願い……」


身なりからすると使用人か、傍使えの者か何かだろうか。

フローラの懇願にようやく客車から出てきたのは、小太りで中年の女だった。

よほど怖い思いをしたのか、ガタガタと震え、おびえた様子でおぼつかない足取りだった。


「お嬢様、まだ追手が近くにおります。危のうございますよ」


「キャロライン、テオが危険な状態なの。あなた、馬車は動かせる?」


「いえ、そのようなことはしたことはありません。ああ、 テオ!? なんてことなのかしら……、どうしたら、ああ、どうしたらよろしいのでございますかね、お嬢様……」


キャロラインはただおろおろと狼狽えるばかりで、その様子を見たフローラもすっかり途方に暮れてしまっていた。


「……あの~、ちょっといいですか?」


完全に忘れ去られているというか、存在に気付いてもらえてなかったようだったので、意を決して声をかけてみた。


「きゃっ、あなたは何者ですか? いつからそこに……」


「いや、一応、あの追手たちを追い払ったの、俺なんだけど……」


「ああ、そうだったのですね。それは何とも失礼をいたしました。執事のテオがこのようなことになってしまい、気が動転してしまっていて……」


「ああ、気にしなくていいよ。それより、その……テオさんだっけ。このままだと命が危なそうだよね。よかったら、俺が治してみようか?」


たしか、コマンド「まほう」の中に≪回復ヒール≫という魔法があった気がした。

テレシアやカミーロが使ってた≪小回復キュアよりは、「小」がつかない分だけ強力だろうし、このぐらいの重症でも治せるかもしれない。


「えっ、あなたは女神リーザに仕える僧侶様なのですか?」


「いや違うけど、回復魔法も使えるっぽいんだよね。まあ、初めて使うから保証はできないけど、試してみる価値はあると思うよ」


「初めて?」


「さあ、ちょっとどいてて……」


まずは矢を引き抜かないと、矢が刺さったまま周辺の肉が癒えたらきっと後々に、支障が出てきそうだった。


やじりがすっかり肉に深く食い込んでしまっていたので、俺は矢が折れないように慎重かつ大胆に、一気に肩と胸の矢を抜いた。

胸のほうは心臓のそば近くにも達していそうなほどの深手だったので、抜いたらすぐに回復魔法を発動させなければ……。


テオは激痛に耐えかねて、叫び声をあげたが、おれはその体を押さえつけつつ、≪回復ヒール≫を唱えてみた。

MPを少し使ったなという感じがして、その直後に手のひらから温かくも清らかな光が溢れ出す。


その光は、テオの全身を包み、あっという間に矢傷を癒してしまう。


「これは……、なんと申し上げたらよいか。傷が、痛みが瞬く間に消えてゆく……。ああ、長年患ってた切れ痔までもが、癒えていくようだ……」


テオの顔には赤みが戻り、苦痛に歪んでいた顔が、安らいでいった。


離れて見ていたフローラが、傷が癒えたのを見て、喜びのあまりテオに抱き着き、人目もはばからずに泣き始めた。


追手たちに追われて極度の緊張を強いられていたこともあったのだろう。

執事の胸の中で泣きじゃくるフローラは先ほどまでの毅然とした態度が消え、年相応の少女のように見えた。








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