第99話 南からの砂塵と共に……
ライデンの冒険者ギルド長であるアダの話は本当だった。
王国を南下していくほどに魔物は減り、そこにある冒険者ギルドの支部の規模は小さくなっていった。
必然的に、冒険者の数も減り、俺のような得体の知れない余所者などはお呼びではないという空気が感じられるようになった。
そこにあるのは、閉鎖的であり、尚且つ安定的な人間の社会だ。
国王から身分と権力を認められた領主貴族が定めた秩序の中で、定められた役割を持つ人間が、定められた仕事を日々こなす。
訪れた町や村では、迫害や嫌がらせこそ受けたりはしなかったが、何日滞在しても、住民たちの目から俺に対する警戒心が消えることは無かった。
そうした地方の社会秩序や仕組みからの爪はじき者たちの成れの果てなのだろうか。
魔物が減る代わりに、野盗や追い剥ぎの類との遭遇が増えた。
「ここは通さねえぜ~」みたいな感じで街道を塞いできて、周囲を隠れていた仲間たちが囲む。
俺は、ゼーフェルト王国の最南端に位置する港湾都市ハーフェンを目指し、街道沿いにあちこち寄り道をしながら、南下し続けていたのだが、このワンパターンとも思える展開がこの半月ほどの間に三度もあった。
ライデンのアダが忠告してくれた通りだったなと、今となっては納得するに至ったのだが、それでも国の最南端を目指したのには理由があった。
まず第一に海があること。
召喚されてきてからは、陸と山ばかりであったから、この異世界の海がどうなっているのか見てみたかったのだ。
御無沙汰だった生の海産物も食べれるかもしれないし、そうでなくても漁師料理みたいな地元のグルメなんかはありそうだ。
そして次に港湾都市ハーフェンがとても栄えた大都市であるらしいという話を道中で耳にしたことが挙げられる。
王都ほどではないと思うが、人口も多ければ何か仕事などもあるかもしれないし、出会いの可能性も増えるかもしれない。
南国美人。日焼けした褐色の肌。際どい水着。
ヌーディストビーチとかもあったりして……。
最後の理由は、せっかくだから国を端から端まで見てみようと俺自身が決めたからだ。
国内を津々浦々確かめたその上で、自分がこの異世界で生きていく場所を決めたい。
王都が一番マシな場所であるなら、そこに戻るしかないと考えている。
いつでも戻れるように、≪場所セーブ≫に王都近郊を記録してるから、戻る気になればすぐだ。
街道脇にある水場に立ち寄り、そこにあった木陰で昼食を取った。
コマンド≪どうぐ≫のリストに入れておいた作りたての弁当で、二日前に立ち寄った町の食堂で作ってもらったものだが、パンに挟んである鶏肉の照り焼きがまだほのかに温かい。
おかずの卵料理と野菜のソテーも同様で、食堂で食べたそのままの味だった。
俺はそれを頬張りながら、冷たい井戸水で割った葡萄酒で喉を潤す。
元の世界だと未成年だったけど、今は昼間っから酒を飲んでも誰にも文句は言われない。
気楽で、気まま。
一人でこうして行動していると、夜とかたまに人肌が恋しくなるけど、自由でいいな。
誰と比較することも、競争することも無い。
意外とこういう風来坊みたいな生活は、俺の性格に合っているようだ。
そのようなことを考えながら、風に吹かれて転がる枯れ草の丸まったものの動きを眺めていると、港湾都市ハーフェンがあるという方向から、何やら剣呑な物音が近づいて来るのに気が付いた。
「なんだ? また、盗賊か?」
残った葡萄酒の水割りの残りを飲み干して、杯と葡萄酒の瓶を≪どうぐ≫リストに戻す。
長杖を手に取り、街道に出てみると、はるか遠くから砂塵が上がっているのが分かる。
この辺りはもうだいぶ海が近いのか、風にほのかに潮の匂いが混じっているのだが、それとは別の何かを鼻がかぎ取った。
普段はそうでもないのだが、レベルが上がっていくにつれて、≪たいりょく≫などの能力値に依存しているのか、こうした不穏な事態に、五感の働きが鋭くなっているのを感じることがある。
「この匂いは……血だ。誰かが襲われている」
俺は、慌てて音がする方に、全力で駆けだした。
複数の馬の蹄の音に、車輪が街道の轍を乗り上げる音、そして激しい金属音。
やがてすぐに、こちらに向かって逃げてくる一台の二頭立て馬車が、馬に乗った黒尽くめの集団によって追われている光景が、なだらかな起伏主面の向こうから砂塵を伴って目に飛び込んできた。
御者は矢を受けて負傷しており、青い顔をして息も絶え絶えであり、その操縦もなんだか覚束ない様子だった
馬に乗った集団は、紋章などの素性が分かるものは身に着けていないもののかなりしっかりと武装しており、野盗などではなさそうだ。
どうする?
どっちに味方する?
追われている方が善人であるという保証はないし、見極めるか?
その時、地面の穴で車輪が跳ね上がり、
その後の着地の際の衝撃の影響か、車輪が破損し、馬車が止まってしまう。
キャビンから感じる≪理力≫は二人分。
どうやらもう一人いるらしい。
追っ手の数は、視界の中だけでも八騎はいる。
音から判断すると後続にも数騎続いているようだし、うら若き女性たちと年配の御者が乗る馬車を襲うには大人数すぎると思った。
俺は、様子見気分から一転、止まってしまった馬車を取り囲むようにしている追っ手たちの手前の二人に向かって、走る勢いそのままに飛び掛かり、不意打ちを喰らわせた。
杖は使わず、空中で連続した左右の蹴りで顔面を打ち、落馬させる。
そして、その蹴った顔を踏み台にして、そのまま一層高く空中に飛び上がり、空中で回転して勢いを殺すと、馬車のキャビンの屋根の上に静かに着地した。
「よくわからないけど、お前ら、悪者だろ?」
言い放つ俺に対して、黒尽くめの追っ手たちは一斉に殺意を向けてきた。
突然の乱入者に対して、驚きの感情を見せたのは一瞬で、すぐに動揺を治めてみせた。
この追っ手たちはかなりの手練れのようである。
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