第98話 冒険者って何なのさ

銀貨五枚の登録料を惜しむわけじゃないが、やはりギルドカードの再発行になってしまうのは避けたかった。


同じ手続きをもう一度やるのは面倒だったし、ライデンの町を観光して歩くためには、路銀ももう少し稼いでおきたかったのだ。


長くだらだらやるのは嫌だったので、短時間でガッツリ集中して依頼をこなしてみた。



「えーと、まずこれがポーション用の薬草がこの大きな籠で一つ。毒消し用はこっちに分けてるから混ぜないでね。次にゴブリンの右耳とオークの鼻が一袋ずつ。ウルフも何匹か倒したんだけど、見た目が犬に近いからかな? 可哀そうになってきて、証拠素材は剥ぎ取ってこなかった。あとは薬草取りに入った山でこいつに遭遇したから、これもついでに狩っておいた。討伐依頼にあるモンスターか、確認してもらえる?」


「ちょ、ちょっと待った! アンタ、これ一人で全部やったの? 昼前に出て行ってまだ日暮れ前よ。何時間も立ってないじゃない」


ライデンのギルド長兼、受付のアダがその大きな口と濃いアイシャドーを施した瞼を大きく開いて、言った。


「そうだけど」


「しかも最後に出したこれ、食人鬼オーガの角じゃない。こんなのライデン近郊にいるわけが無いわ」


「いや、依頼書の中に、薬草取りに行った人が戻らないから探してほしいみたいなやつあったじゃない。たぶん、こいつがやったんじゃないのかな。これを首に下げてた」


俺が懐に入れていた銀細工のペンダントをカウンターに置くと、アダはそれを手に取り、依頼の受付帳を懸命に確認し始めた。


ちなみにアダに説明したのは、全部本当にあったことだ。


ギルド貢献度を増やすため、いやいやではあったが、薬草取りに向かい、ついでにその付近のモンスターを狩って回った。

途中、食人鬼オーガというらしい、角が生えたでっかいおっさんにも襲われたが≪理力≫がこもった杖頭で一発ぶん殴ったら一撃で顔面が深く陥没し、そのまま動かなくなった。


査定に時間がかかりそうだったので、俺はカウンターを離れ、建物内で時間を潰すことにした。


まずはパーティ募集などの紙が貼られた掲示板だ。


「おー、やっぱりこの町でもそれなりに冒険者いるんだな」


メンバーを募集している張り紙は二つあった。


一つ目は≪ライデンの平和を守り隊≫だ。

文字通り、ライデンに活動エリアを限定し、周辺の魔物退治などを生業にしているらしい。

ライデンに定住するのが必須条件になっているので、俺的にはパスだ。


もう一つは……パーティじゃなくて個人。

しかもイヴォンヌという名前からすると、どうやら女の子のようだ。


募集条件には特に男は駄目だとか書いてないし、これはチャンスかもしれない。


一緒に行動するうちに恋に落ちて、案外、そのまま結婚しちゃったりして……。


「おっと、いかんいかん。また悪い癖が出るところだった」


俺はイヴォンヌのメンバー募集の張り紙に手を伸ばしかけたが、そこでふと思いとどまり、頭を振って雑念を頭の外に追い出す。


冷静になれ。

ようやく団体行動の拘束から逃れることができたんじゃないか。

もう少し単独ソロでの自由を楽しもう。

それに午前中見た限り、王都のギルドと比べると平均年齢も高めだったし、付き合いたくなるような女の子なんて一人もいなかったように思う。


「ちょっと!査定が済んだわよ」


酒焼けしてガラガラしたアダの声が聞こえたので、慌ててカウンターに戻る。


「思ったより、早かったっすね。ゴブリンの耳とか、もう全部数えたんですか」


「こちとら、何年この商売やってると思ってるのよ。まず、ギルドカードを返しておくわ。ゴブリン31匹、オーク9匹、オーガ1匹。薬草類はちゃんと根を残して収穫しているし、品質もいいものばかり。アンタ、本当に新人なのかい?」


アダは、そういって銀貨と銅貨が入った麻袋とギルドカードを雑に置いた。


「銀貨が六十六枚。銅貨が十二枚。ギルド貢献点はオーガ込みで99点。さあ、それを受け取ったらさっさとこのライデンを出て行くんだね」


アダは不機嫌そうに、片足を引きずりながら、依頼書の張られている壁まで行き、討伐依頼のうちのいくつかを剥がし始めた。


「何やってるの?」


「見てわかんないのかい。明日からは下位モンスターの討伐依頼と薬草の採集依頼はは当分なし。空気が読めない誰かさんのせいで、薬草の在庫がだぶついてしまったし、さらに王国から支給されている報酬用の予算が底をつきそうなのさ」


「ええっ、たったこのくらいの金額で?」


驚きの声を上げた俺に、アダがぎろりと睨みつける。


「さっき、アタシは言ったはずだよ。冒険者ランクとか貢献度あげたいなら、こんな平和な地域にくるんじゃなくて、北に向えってね。王国から各支部ギルドに支給される金額は一律じゃない。魔王領から離れるほどに、予算は薄くなっていくのさ。よその者のお前さんが、今、受け取ったその金は、ライデンを中心に活動している冒険者たちの生活の糧。唯一の安定した収入源なんだよ」


「そんな……、だったらその人たちも北に向えばいいじゃない。この辺ってかなり探し回らないとモンスターいなかったし、魔王領に近づくほどにモンスターってたくさんいるんでしょ?」


「か~、本当に常識が無いね。今日のあんたみたいな芸当ができるような強い≪職業クラス≫持ちならとっくにそうしてるよ。人口が多くて、仕事も多い王都ならともかく、このライデンやもっと南の平穏な地域なんかでくすぶってる連中は、ろくな≪職業≫やスキルなんかもってやしない。もとは土地を継げなかった農家の次男坊以下や定職を持たないプータロー、流民……。そんな奴がほとんどだ。北方なんかに出稼ぎに出たって、すぐにおっ死んじまうのが関の山なのさ」


「わかんないな。素質無いならなんで冒険者やってるの? なにか違う職業に転職すればいいじゃない」


「坊や、アンタ、冒険者を何だと思ってるのさ。冒険者なんて所詮は、素性が定かじゃないアウトロー。社会からのつまはじきものだよ。土地や身分、代々続く様な生業のようなものは有限で、全員には行き渡らない。人間が増えすぎて、アウトローが増えすぎると治安が悪くなり、国が乱れるだろう? その対策として考えられたのが、この冒険者ギルドという仕組みなんだ。国を治める立場からすれば、社会からはみ出したゴロツキやアウトローを使ってモンスターを倒させれば、両方の数が減って一石二鳥というわけさ。なにか商売を想いつく様な才能があったり、それなりの教育でも受けていれば、転職も可能だろうけど、そんな奴は何人もいない」


「言ってることはわかったけどさ。王都では有名になった冒険者が一般の人からも英雄視されたりしてるわけじゃない。≪世界を救う者たち≫とか、他にも色々とそういった冒険者っているんでしょ? 」


「そう言った風潮は、ここ最近の話だ。二十年ほど前に、北に魔王を名乗る存在が現れ、魔物が増え始めるとリーザ教団の勇者信仰と絡めて、市井から国を救う英雄の出現が待望され始めたんだ。職を持たない者たちの不満を逸らすための失業対策だった冒険者ギルドという組織はいつしか王国の庇護のもと重要な国策となり、冒険者は英雄の卵であると褒めそやされることになった。でもそうして、冒険者として名声を高めたって、国の重臣なんかには決して取り立てられることなんかない。身分が高い連中におだてて、戦争の道具として都合よく使われるのがオチさ。それに、この右足を見てごらんよ。魔物に齧られ、足首から先を失った。勇者に憧れ、自分もそうなろうと思った女冒険者の末路がこれだよ……」


「おい、アダ!大変なことになったぞ」


併設されている酒場の方から、地元の冒険者たちが大挙してこちらにやって来た。

その数は二十人近くいて、若者の数は少ない。


「見なよ。勇者を目指すなんてことと、まったく縁のない、どうしようもない連中がやって来たよ」


アダは小声で囁くように言い、意味深な視線を俺に向けた。


「おい、アダ。聞こえているのか? この近辺の狩場が何者かに荒らされたんだ」


「聞こえてるよ。ギルド長を呼び捨てにするなって、何度も言ってるだろう。女だからって馬鹿にするんじゃないよ」


「そう怒るな。ギルド長、これでいいんだろう。見てくれよ、これだけの数の冒険者が今日一日這いずり回って、ほとんど成果無しだ。ライデン近くの魔物がほとんど殺されていて、薬草も良い奴は選んでみんな刈り尽くされていた。目撃したやつの話では、人間とは思えないほどすばしっこさで、黒い髪をした、杖のような変わった武器を持った若造らしい。ちょうど、そう、ここにいるお前みたいな……」


全員の視線が俺に集まる。


「あ、あの……失礼しました。さようなら~」


カウンター上の報酬が入った袋とギルドカードを慌てて手に取った俺は、その場に集まっていた人の隙間をすり抜け、急いで冒険者ギルドの建物から出た。


「待て!貴様ッ、待てと言っているだろう!」


背後から、相当に怒っているらしい聞こえてきたが、待てと言われて待つ馬鹿はいない。


「おい、イヴォンヌ!そいつを足止めしろ」


誰かが、俺の前に立っていた路上の鎧姿の人間に声をかけたが、その人物は何のことかわからず呆然とした顔をしている。


年の頃と性別は、外見からではちょっと判断できなかった。

髪形はツインテールであるものの、その顔は彫りがとても深くごつごつしていて、目の周りは瞳が見えないほどに窪んでいた。

身長は俺よりも頭ふたつほど高く、肩幅も俺の倍近くはあったため、見た目だけはかなり強そうだ。

戦士などの前衛職なのだろうか、大きな斧を背負っている。


イヴォンヌはその見た目通り、あまり機敏では無いのだろう。


大斧を手に取ろうとして、もたもたしている間に俺はその脇を通り抜け、そのままライデンの町を出た。




もう二度とこんな町には来ねえよ!


遠ざかる街を背に、俺は内心でそう吐き捨てた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る