第97話 ビーンボール

人生における成功って一体、何なんだろう。


どのように生きたら、その人生は成功だったと言えるんだろう。


富や財貨を使いきれないほど手にすることか、それとも出世して位人臣を極めることか。

女の子を数えきれないくらい集めて大奥みたいなハーレム状態になったら幸せになれるのかな。


誰からも羨ましがられる人生が幸せな人生であり、成功者の人生?


いやいや、違うだろ。

幸せな人生にするために、そもそも他人からどう思われるのかを気にする必要なんか無い。


でもそうだとすると、俺はどんな状態なら幸せを感じるんだろうか。


≪正義の鉄槌≫のメンバーたちと別れた俺は街道を南に進む乗合馬車に揺られながら、そんなことを自問自答していた。


馬車に乗るより走った方が完全に速いのだが、どこかに急いでいく目的などなかったため、今回の旅は逆にゆっくりとした時間の流れに身を委ねてみようと思い立ったのだ。


たまにはこうして、ボーと物思いにふけるのも良い。

考えてみれば、前の世界では一人でいることが多かったのに、最近では集団行動ばかりしていて、自分の時間があまり取れなかった。



アレサンドラやテレシアたちとパーティを組むという展開ルートから完全に外れてしまったので、これを機に新たな出会いを求めて旅に出ることにしたのだが、そんな出会いなどその辺に転がっているはずもなく、乗合馬車の客の中には恋愛対象になりそうな相手は一人もいなかった。


この乗合馬車は王都とライデンという町の間を定期運行しており、人の移動や物資の流通に一役買っているらしい。

その利用者は高齢者、女性、子供など、街道に出没する魔物などの脅威から自らを守る術を持たない一般の人々だということであったが、運が悪かったのか、若い女性の姿は無く、乗っているのは老人ばかりだった。


不意に馬車が揺れて、うら若き女性を抱き止めるシーンだとか、魔物の襲撃が起こって、命を救ったことがきっかけで恋が芽生えるといったイベントを期待していたのだが、ライデンの町には何事もなく無事に着いてしまった。

日数にして二日間。

向かいの席に座っていたおばあちゃんから、手作りだという焼き菓子を貰って食べて、ただ世間話に付き合ったという思い出だけが残った。



「考えが甘かったかな~。熟女ならまだ良かったけど、老女しか乗ってなかったもんな……」


華やかな王都を出て、地方に向かう考えだったのだが、田舎に行くほどにかわいい女の子と出会う確率は下がっていくのではないかという不安を感じつつ、俺はまずライデンの町の冒険者ギルドに向かった。


ライデンの冒険者ギルドはやはり王都とは比べるべくもなく、規模は小さく、職員も少なかった。

ギルドのスペースよりも併設されている酒場の方が広く、壁に貼られている依頼書の数も決して多いとは言えなかった。


薬草採集に、手紙や荷物の配達。

雑用みたいな仕事ばかりで、魔物の討伐依頼などは格段に少なかった。


やはり王都から南に行くほどに、魔王領から遠ざかるため、魔物の数は少なくなり、冒険者の需要も下がるらしかった。


「ちょっと、アンタ。見ない顔ね。可愛い顔してるけど、どこから来たの?」


依頼書が貼られた壁の前で、がっくり肩を落としているとカウンターの向こうにいるおばさんに声をかけられた。


このおばさんの名は、アダ。

化粧が濃く、ガマガエルのように肥えているが、聞きもしないのに語り始めた昔話によると、かつてはそこそこの冒険者であったらしい。

片足を失ったことを契機に引退して、今はこのライデンのギルド長と受付職員の仕事を兼務しているそうだ。

ぎりぎり熟女と言えそうだが、サンネの母親と比べると天と地ほどの差があって、俺の恋愛のストライクゾーンで言えば、完全に危険球ビーンボールだった。


別に熟女好きってわけではないし、女性だったら誰でもいいというわけではない。


俺も自己紹介をして、一応、ギルドカードを見せた。


「ふーん、完全に駆け出しの新人くんね。王都で登録してるけど、パーティの所属はしていない。貢献度0のままだし、このままだとこのカード失効するわよ」


「そうなんですよね。何か依頼を受けようと思って壁に張られているのをチェックしてみたんですけど、ろくなのが無くて……」


「ハッ、言うねえ。じゃあ、一応聞いてみるけど、どんな依頼なら満足なのさ?」


「多少難しくても良いから、一発で貢献度増えて、報酬もそこそこなやつかな~。薬草取りとか地道なやつとかじゃなくて、短期間でがっつりみたいな……」


「呆れたね。王都からわざわざこのライデンにやって来て、そんな文句を言うなんて、世間知らずも良いところだよ。冒険者ランクとか貢献度あげたいなら、こんな平和な地域にくるんじゃなくて、北に向かわなきゃ。魔王侵攻の脅威にさらされて、魔物は増え続けているし、今の時分、こころざしがある連中は皆、北を目指しているよ」


「そうなんだ。じゃあ、このまま南下していっても仕事とかあまりないんだ?」


「無いことは無いよ。ただ、アンタが言うような地道な仕事しかないね。それだって立派な仕事だし、嫌なら、北に向かうか、王都に戻りな。だいたい、アンタみたいな新人がソロで活動するなんて、私は勧めないね。どこかちゃんとしたパーティに入って、着実に経験を積むのが一番だよ。冒険者には、冒険者の世界の流儀ってものがあって、そういった社会の掟みたいなものを学べるからね」


地道、着実、社会の掟……。


なんか、だるくなってくる話だな。



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