第96話 成功者たち

翌朝、やけにすっきりした気分で目を覚ました俺は、村長宅の庭先の井戸で身を清め、身支度を整えるとゴブリン退治に向かうことにした。


サンネの母親であるフランカが作ってくれていた弁当を受け取り、それを山中での休憩時に食べた。

村長宅で朝食を食べてから出発しても良かったが、フランカの亭主と顔を合わせるのはどこか気まずく思えたので、早々に退散することにしたのだ。


昨夜はとにかく凄かった。


フランカの乱れっぷりはすさまじく、声も大きかったため、おそらく家中の者に聞かれてしまうのではないかと心配になるほどだった。


俺自身それほど女性歴があるわけではないが、あれほど積極的に動かれ、手練手管を女性に発揮されるともはやなすすべもなく、されるがままの状態になってしまった。


快楽というただその一点にフォーカスすると、フランカとの情事はこれまでの性体験を上回るもので、恋愛感情などは当然なかったが、忘れられない夜になってしまった。


「……熟女好きになってしまったらどうしよう」


俺は、昨夜の強烈な体験を思い返しながら、フランカの作ってくれた弁当を平らげ、再びゴブリンたちが集落を作っていた洞窟のある場所を目指した。

この場所には過去二度来ており、今は≪理力≫も感じ取れるようになったため、迷うことは無い。

森の木々を縫うように進み、途中、見張りらしきゴブリンを瞬殺した。




その集落のゴブリンたちにとっては、俺はまさに災厄そのものであっただろう。


「55、56、……57……58っと」


襲い掛かって来る個体だけでなく、その場で呆然としている雌も、子も容赦なく、≪理力≫を込めたザイツ樫の長杖クオータースタッフで機械的に屠り続ける己に、人間変われば変わるものだと内心思った。


初めてここに来た時には生命を奪うということに対する罪の意識にひどく苛まれたものだが、いまや何も感じることが無い。


カミーロを殺害してしまったことも影響しているのかもしれないが、今更、魔物を何十匹殺そうとも心は微塵も動かなかった。


人間って生き物は、罪を重ねるたびに心の皮膚が分厚くなっていくのかもしれない。



俺は視界内に動くものがないことを確認し、山を下りた。

そして村には戻らず街道を王都側に向かって走る。


程なくして、リックたち≪正義の鉄槌≫と合流することができた。


「ユウヤ、どうしたんだ? たしかバンゲロ村で落ち合うはずじゃ……」


「ごめん。もうバンゲロ村の依頼は俺一人で片付けちゃった」


「へっ? 片付けた?」


俺からの報告を聞いたリックたちは唖然とした様子でこっちを見ている。


「そう、ちょっと地図出して。……この街道をこのまま進んだ後、バンゲロ村の方に歩いて行って、ここの小道から山を登ったこの辺にゴブリンの集落があるから、そこに転がっている死体から討伐の証拠として部位を切り取って集めてほしいんだけど、……お願いできますか?」


「ちょっと待て。死体だと? お前ひとりで、ゴブリンの住処に乗り込んで行ったっていうのか。たしか二十匹程度はいると依頼書に書いてあったぞ!」


斥候スカウトのディックが歯の隙間から唾を飛ばしながら、大声を上げた。


「いや、実際は七十匹以上はいたよ。そこから多分、十匹前後は逃げちゃってたと思うから、もし住処すみかにそいつらが戻って来てたら、倒してくれると助かります」


「奴らの住処はどうやって見つけた? 」


「……リックのアニキ。最初にいくつかお願いがあるって俺言ったじゃないですか。その一つが、あまり俺の行動について詮索はしないこと。そして、二つ目が俺がやったことは全部、≪正義の鉄槌≫の手柄だっていうことにすること。この二つさえ守ってくれたら、リックのアニキたちと俺は良好な関係を築いていける。変なことを言ってると思うけど、この通り、どうかお願いします!」


ちゃんと頭を下げて、リックの顔はしっかり立てておこう。


「うう……、まあ、別に構わないが、それでお前にいったい何の得があるんだ? 俺にはさっぱりわからん」


「俺は等分の分け前だけ貰えればいいんで、大丈夫っすよ。個人のことよりチーム。俺の手柄はチームの手柄っすよ。≪正義の鉄槌≫の名声が高まればそれでいいんで……」


「ううっ、お前ってやつは、なんて、自己犠牲の塊のようなやつなんだ……」


真に受けたリックが感銘のあまり、目頭を熱くしている。


「とにかく、この場所に行って後処理をした後、バンゲロ村に戻って、村長さんに報告してくれれば万事うまく行きます」


「そうなのか? し、信じるぞ。それで、お前はこの後どうするんだ?」


「俺は、先にロブス山の方に行ってきます。アニキたちが来る前に洞窟周辺の魔物を片付けておくんで、村でゆっくり休んでから、明日の昼頃には来てくれれば……、じゃあ、俺、行きますね」



結局、ロブス山の虫魔人たちも俺が一人で片付けて、≪正義の鉄槌≫の皆には後始末と『洞窟調査依頼:プレメント近郊ロブス山中』の領主への報告だけをお願いすることにした。


≪正義の鉄槌≫はこういった調査以来の類はあまり得意ではないと言っていたが、さすがB級冒険者というだけのことはあって、報告書の作成も俺よりは何倍も上手くできていた。

斥候スカウトのディックは、絵も字も上手で、文章の作成能力にも長けていたのだ。

武闘派の四人の不得手な部分を、事務処理能力に長けたディックが補う。

このパーティは、そうやってB級まで昇りつめてきたのであろう。


領主との謁見から、虫魔人討伐に対してのギルドからの特別恩賞の支給。


その後はゼーフェルト王国国王パウル四世による城での褒美授与の式典だ。


証拠隠滅の必要があった前回とは異なり、虫魔人の存在は隠さず、ありのままを報告したところ、この一件は国をも震撼させる大事件と見なされ、それを解決した≪正義の鉄槌≫は、まさに国の英雄としての扱いを受けることになったのだ。


伝説の勇者パーティであった≪世界を救う者たち≫以来の魔人討伐を成し遂げた≪正義の鉄槌≫は、で、S級パーティに認定され、俺以外の各メンバーもそれぞれ冒険者ランクが二段階ずつ昇進した。




「おい、ユウヤ。お前本当に行ってしまうのか?」


王都を囲む城壁の門近くまで、≪正義の鉄槌≫のメンバー全員が旅立つ俺を見送りに来てくれていた。

リックのアニキだけではなく、マックスなど他のメンバーも寂しそうな顔をしてこっちを見ている。


「皆さんには本当にお世話になったというか。ギルドに達成報告する前に脱退した俺にも、ちゃんと分け前くれたり、しかもこんなに餞別もらっちゃって」


「何言ってるんだ。全部お前がお膳立てしてくれたんじゃないか。おかげで俺たち念願のS級パーティになれたし、今じゃすっかり国の英雄だ。女たちもみんな掌がえししてきて、今まで鼻にもひっかけなかったのに、毎日毎日、入れ代わり立ち代わり言い寄って来て大変だぜ」


「それは良かった。そのうちあの独身寮みたいなアジトはいらなくなるね」


「ああ、全部、お前のおかげだ。正直、年齢も重ねてきて、冒険者としても婚活者としても少し行き詰っていたんだが、運命が変わったような気がする……」


「いや、俺は何もしてないよ。リックのアニキは、アレサンドラにはもう告白したの?」


「いや、実は国王陛下から、先に国境に向かった異世界勇者たちの魔王討伐隊のもとに援軍として向かうように命を受けたんだ。アレサンドラへの愛の告白は、その戦いから帰って来てからすることにするよ。魔王を討った男であれば、振る女なんていないだろう?」


「そっか、頑張ってね」


「お前はこれからどうする気なんだ? もしよかったら、俺たちと……」


「いや、そういう魔王とか王命とかには関心ないんだよね。だいぶ路銀も稼げたし、ギルドカードが失効にならない程度に仕事しながら、国中、旅してあちこち見て歩こうかなって……」


「……そうか。まあ、その若さなら、そういう気ままな生き方もいいのかもな」


リックは自分の手汗をズボンで拭い、そして握手を求めてきた。

他のメンバーも次々、手を差し出してきて、俺はそれに応えた。


≪正義の鉄槌≫か。

短い間だったけど、割といい奴らだったな。


もう会うことも無いと思うけど、達者で……。













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