第93話 正義の鉄槌

≪スチールボール≫の二つ名を持ち、モーニングスターと呼ばれる、フレイル型の打撃武器の使い手であるリックは、アレサンドラと同じくB級冒険者だった。


モーニングスターは、柄の先に鎖と鉄球が付いた特殊な形状の武器で、初めて相手をした時などは、間合いがつかめず、しかも当時は実力差もあったので57回もロードする羽目になってしまった。


リックが率いるパーティは≪正義の鉄槌≫という名で、この王都でもそこそこ名が通った武闘派のパーティとして知られていた。

構成メンバーはリックを含めて五人。

二十代後半から四十代手前くらいの男ばかりで、しかも全員独身だ。

魔法を使えるメンバーはおらず、斥候スカウトの役割をするメンバー以外は近接戦闘を得意とする≪職業クラス≫の持ち主ばかりだった。


「どうも、ユウヤって言います。いずれ辞める予定の腰掛ですけど、よろしくお願いします」


俺は丁寧にあいさつしたのだが、≪正義の鉄槌≫のメンバーたちは「なんだ、このヤロウは!」といきり立ち、俺の周囲を取り囲んだ。


「リックの兄貴、何だってこんな舐めた野郎を連れて来たんですか?しかも、こんな洞窟の調査依頼、俺たちが受けるような仕事じゃあ、ありませんぜ」


「いや、なんでだろうな。何となく勢いで口車に乗ってしまったような……」


「おい、てめえ、ユウヤって言ったな。兄貴のピュアで人に騙されやすい性格に付け込んでのこのこやって来やがって、一体どういうつもりだ」


金髪の角刈り男が異様なほど顔を近付けて威嚇してくる。


「あの、それって、リックのこと馬鹿だって言ってる?」


「おい、そうなのか?」


リックがそう言って詰め寄ると、角刈り男がたじたじになる。

どうやら、ちゃんとパーティ内の序列はリックの方が上のようだ。


「まあ、待て、二人とも。この若造、見たところ、度胸だけは一人前に有りそうじゃないか。でなけりゃ、この泣く子も黙る≪正義の鉄槌≫に、腰掛で加入するなんて言えないだろう。どうだろう。この坊やが、俺たちの仲間になるにふさわしいのかどうか試してみては? 」


「そりゃあ、良い。すぐに自分から撤回させてくださいって、土下座するぜ、きっと」


左目に眼帯をした渋い感じの老け顔の提案に、痩せたすきっ歯の男が手を叩いて小躍りして見せた。


「ユウヤだったな。外に出ろ。俺がお前の実力、見極めてやる」


老け顔が得物であるらしいメイスを手に、先に部屋の外に出た。


ちなみにこの場所は、≪正義の鉄槌≫がパーティで購入し、シェアハウスして共同生活をしている住居。通称、アジトだ。



「さあ、その槍を構えろ。いつでもかかって来ていいぞ」


庭先に出た老け顔は、手に持ったメイスの先でポンポンと掌を打ちながら、余裕の笑みを浮かべている。


「あのさ、この際だから全員でかかって来てくれないかな。たぶん、お前ひとりじゃ、俺の実力をアピールしきれないと思うんだよね。リックも一緒にかかってきていいよ」


俺の提案に、高みの見物を決め込んでいた他のメンバーたちとリックが気色ばむ。


「おい、リック。お前、自殺志願者を連れて来たんじゃねえか? この坊や、新人なんだろう。この根拠のない自信は何なんだ?」


小太りの毛深いメンバーが、メリケンサックのようなものを拳にはめ、軽くジャブして見せる。

どうやら、この毛深い人はボクシングのような格闘技を使うらしい。

ウォーミングアップのつもりなのか、小刻みなフットワークも披露し始めた。


俺の周囲を、一見強面の≪正義の鉄槌≫のメンバーが取り囲み、花咲き乱れる手入れが行き届いた庭は剣呑な雰囲気に包まれた。



正直言うと、俺はこれまでの人生で喧嘩とかしたことがない。

学校でも不良っぽい生徒を避けていたし、そうしたトラブルにならないように立ち回り生きてきたのだ。


そんな俺があえてこういった挑発的な態度や言動を取ったのには理由があった。


アレサンドラたちよりも先にロブス山中に到着するには、出発を急がなければならないし、できうることならば、その依頼をこなす前にバンゲロ村の抱えている問題も解決しておきたかったのだ。


ロブス山に先に行ってしまうと、ゴブリンの襲撃によりバンゲロ村は壊滅的な被害を受けてしまう。

だから、時系列的には、バンゲロ村に先によって、その後にロブス山で虫魔人たちを退治するのが正解ルートであるようなのだ。


それなりに実績があって一筋縄ではいかなそうなこの≪正義の鉄槌≫の面々を素直に言うことを聞かせて出発させるには、実力を認めさせ、集団内での発言権を得なければならない。

見たところ、他のメンバーはリックよりは賢そうだし、一人一人地道に説得していたのでは日が暮れてしまう。


俺は圧倒的な実力差を見せつけて、このパーティを実質的に乗っ取ってしまおうと考えたのだ。


だが、国王たちに目を付けられたくないので、表のリーダーはこれまで通り、リックのままの方が都合がいい。

虫魔人退治などの実績や栄誉は、この≪正義の鉄槌≫にあげるつもりだし、等分の報酬とギルド貢献点さえもらえれば、俺はそれでいいのだ。


こんな回りくどい真似をしないで、単身乗り込んでいって虫魔人たちとゴブリンの集落を壊滅させることも考えたが、そうした誰がやったのかわからないような怪事件を発生させてしまうと殊更に世の人々の注目を集めてしまうし、その意味でもこの≪正義の鉄槌≫は俺の隠れ蓑として都合がよさそうだったのだ。


「さあ、かかってきなさい」


俺は古いカンフー映画の主人公のように、≪正義の鉄槌≫に向かって、挑発的に手招きして見せる。


「こいつ、調子に乗りやがって。この軟派野郎が!」


まず最初に手を出してきたのは、毛深い小太りの男だった。

動きやすさ重視なのか鎧はおろか服も来ておらず、下半身を毛皮の腰巻で隠しているだけだ。

すね毛が密集した足に長靴を履き、小刻みに地面を蹴りながら、俺の間合いに入って来る。


さて、喧嘩を売ったまでは良かったが俺は本当にこの人たちに勝てるのかな?


魔物以外だと、それほど対人戦の経験があるわけではない。

ましてや、多対一は初めてじゃないかな。


そんなことを今さらながら考えつつ、小太り男のワン・ツーを交わし、槍の柄の中ほどの部分で相手の頬を打つ。

当然、大けがをさせぬように手加減してだ。


「こ、こいつ! けっこう、使うぞ」


今の俺の動きを見て、リックたちの目の色が変わる。

さすが、アレサンドラと同じB級冒険者。

相手の実力を判断できる程度の実力はありそうだ。


リックと老け顔が左右に分かれ、二方向から攻撃を繰り出してくるが、向こうの狙いはどうやら俺の武器破壊のようだった。


俺の≪青銅の槍≫は、槍先以外は木でできているため、鉄球やメイスの重量感ある打撃には耐えられないと踏んだのだろう。


間合いにおいて有利な槍をまず封じてしまおうというのだ。


だが、俺には≪理力りりょく≫がある。

この槍には隅々まで≪理力≫が行き届いており、並の攻撃では破壊は不可能だ。


モーニングスターの鉄球をはじき飛ばし、メイスの横薙ぎを受け止める。


そして相手に視認できるぐらいに手加減した二連撃で、それぞれ寸止めして見せ、そこから高く跳躍して、空中で回転し、後方にいたすきっ歯と金髪角刈りの背後を取った。


「どうだろう。これで、実力はわかってもらえたかな?」


リックをはじめとした≪正義の鉄槌≫の面々はすっかり固まってしまっていて、信じられないといった様子で、俺の顔をただ呆然と眺めていた。

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