第90話 女神リーザのガチャガチャ

それは正に神を祀る神殿として相応しい重厚さと、色鮮やかな彫刻による優美さを併せ持つ見事な地下建造物であった。

大理石の円柱は、中央部に膨らみのある特殊な技法で仕上げられ、四隅の柱はやや太く、わずかに内側に傾けられているなど、曲線を多用することによって独自の美を表現していた。

天井は、まるでドーム球場のように高く、部屋のひとつひとつが途方もない大きさの空間になっていて、女神リーザをはじめとする神々の彫像や壁画などで装飾されている。


その地下神殿の奥には、得体の知れぬ古代機械や祭具がたくさん置かれている部屋があって、その中でも特に異彩を放っているのが、「異世界勇者召喚するための神器」であった。


三階建てのビルほどの大きさで中身が透けて見える箱のようなもの。

その箱の中には、人間の等身大の顔無し人形が入ったカプセルがたくさん入っていて、下端中央部にはハンドルまでついている。


それは紛れもなく元にいた世界のガチャガチャの機械とそっくりで、これが神器じんきであると言われても、にわかには信じることができそうもない。


「あー!」


宙に浮かび、箱の中身を確認しようとしたターニヤが大声を上げた。


「じゅ、じゅ、じゅ、十二個も減ってる!どうしてー、どうしてなの!?」


ターニヤはこっちを見て、説明してほしいような顔をしたが、そんなのは俺だって知らない。


「よくわかんないけど、嘘じゃなかったっぽいでしょ」


「な、何を勝ち誇ってるのよ!あなたこれがどれだけ大変な事態かわかってるの?」


ターニヤが宙から降りてきて、いきなり俺の胸ぐらをつかんだ。


「わかってないけど、何がどう大変なのさ?」


「あのね、このガチャガチャはあくまでも、この惑星外からの脅威に対抗するためのものなの。他の神が管理してる世界を力づくで奪おうとする邪神アウトローとか、そいつが送り込んできた手下とかを退治するために使う、とっておきなのよ。ケンカはてんで駄目な私のためにお姉ちゃんが遺していってくれたの」


「ふーん、妹思いのお姉ちゃんなんだね。俺もそんな姉が欲しかったな」


「呑気なことを言ってる場合じゃないわ。問題はいったいこのガチャガチャから何者がこの異世界にやって来たかが問題なの。この神器によってこの世界にやって来た地球人は、あのカプセルの中の≪神意体しんいたい≫と結合して、人並外れた力を持つ≪異世界勇者≫になるわけなんだけど、どの≪神意体しんいたい≫と結合したかによって、その能力は全く異なるの。あれらの≪神意体しんいたい≫にはレア度というランク分けがなされているわけなんだけど、70%が星3以下のノーマル、23%が星4のレア、6%が星5のスーパーレア、そして残る1%が星6のゴッドレアという風になってる。星4以下は、まあこの世界の勇者とそれほど差が無いけど、星5以上になると私たち神でも手を焼くほどの存在になり得るの。星6のゴッドレアなんかは、実際に見たことは無いけど、かつてお姉ちゃんが退治したこの世界内外の邪神や邪魔な土地神などの超越者を原材料に使ってるから、神そのものの力を有する化け物になる可能性をも秘めているのよ。もっとも、この神器で連れてこられる地球人は任意で選ぶことはできないし、その個性には大きく影響されるわけなんだけどね」


「あのさ、なんでこんな偶然に頼るような形式とってるわけ?もっと確実に一人ずつオーダーメイドみたいに、必要な能力を授けるとかした方が管理しやすいじゃん。ものすごい悪党が選ばれてきて、そんな力を授かったらそれこそ大変だと思うけど……」


「ご指摘はご尤もだわ。でも、それはできないの。特殊な能力を持った人間を作るっていうのは私たち神でもとても難しくって、しかも多大な労力が必要になる。この神器は、ランダム性、不確実性という危うさによって、通常よりもはるかに逸脱した力を持つ人間、すなわち≪異世界勇者≫を生み出す奇跡を実現させているの。なにせ、邪神と戦わせるんだもの、それぐらいぶっ飛んだ存在じゃなきゃ太刀打ちできないでしょ。わが姉ながら、こんな神器を作っちゃうなんて本当に天才だと思うわ」


「そういうものなのかな? それで召喚されてきた≪異世界勇者≫のレア度って確認できるの?」


「ええ、この神器の側面にある在庫管理モニターを見れば、排出されたカプセルのレア度が何だったのかは確認できるはず。見て見ましょう!」


ぴっちりしたパジャマの丸いお尻を追って、俺もその後について行く。


「嘘、星6……」


ターニヤは突然、眩暈を起こして倒れそうになり、慌てて俺が抱き留める。

柔らかい女の子特有の手触りでこうしていると本当に人間の女の子と変わらない。

良い匂いがするし、女神様って、人間とエッチとかもできるのかな。


「ああ、ごめんなさい。あまりのショックで気絶するところだったわ。誰がこんなことをしたのかはわからないけど、過去遡っての排出結果は星6が一つで、星5が二つ。あとは星4が二つで、残りは星3以下のノーマルだったわ。まさに、神引きね」


「そっか、じゃあ俺は一体、星いくつなんだろう」


「あなた? そっか、そういえば、あなたも地球から召喚されて来たって言ってたわよね」


「そうそう、俺以外にも九人いたって言ったじゃない」


「そうだった。さっきまではその話、嘘だと思ってたんだけど急に信憑性が湧いてきたわ。……でもだめね、あなたはハズレ。能力値とか、詳しく見るまでもなく星1よ」


「えっ、なんで?」


「なんでって、あなた≪無職ノークラス≫じゃない。≪無職≫なんて、星1に決まってる。逆に≪無職≫の≪神意体しんいたい≫があの中に入っていたことの方に驚きよ。たぶん、星6の凄まじい力とのバランスをとるための対極が貴方なのね。私が作ったダンジョンを突破してきたのも運が良かっただけ。部屋の前に配置していた六刀流剣士像はきっと故障していたのね。そうでなければ、何者であろうとも無傷で私の部屋に到達できるわけがない。あれは私の最高傑作なのだもの」


その最高傑作は、元の形が分からないほどに変形して、部屋の前に転がっている。


それにしても謎だ。


この世界を管理している女神の目から見ても俺は≪無職≫に見えるらしく、そうなるといよいよこのセーブポインターという職業クラスは一体何なのだろう。


「ちょっと、あなた、何さっきからぼーっとしてるの? 星1だったのがそんなにショックだったのかしら」


「あ、ごめんなさい。まあ、そんなところです」


「ふう。悩みがそんな小さなことであなたは良いわね。私なんか、これから、地上に出現してしまった高レアの≪異世界勇者≫たちの対応に頭が痛いわ。一体どうすれば……。そうだ!あなた、私に協力しなさい。地上に戻って、私の代わりに他の≪異世界勇者≫たちの様子をつぶさに調べて来るのよ」


「えっ、嫌だよ。俺には関係ないじゃん」


「ちょっと、神様が頼んでいるのよ。そこは二つ返事で引き受けるところでしょうが。それとも私が女の神様だからって男女差別してる? 」


「いや、そういうことじゃなくて、興味ないって言うか……」


「あなた、私に逆らってこの世界で生きていけると思うの? 嫌とかじゃなく、やれ!やりなさい!いくら非力だって、星1の≪無職≫ぐらいどうにでもできるのよ。死にたくなかったら、言う通りにしなさい!」


うわっ、こいつ、本性出してきやがった。

童顔エロボディで、ちょっと好きになりかけてたのに一気に醒めた。


こういう口うるさいタイプはノー・センキューだ。


「嫌だっていったら、嫌なんだよ。もういいよ、めんどくさい。全部なかったことにしよう」


俺は、記帳所セーブポイントの部屋に飛び、すべて何も起こらなかったことにすることにした。


カミーロに夜這いされそうになったことも、そのカミーロを殺してしまったことも、そうすれば全部なかったことになって、元通りだ。


ラバンタール公爵の宝物庫でゲットしたお宝やウォラ・ギネから預かった杖コレクションは惜しい気もするけど、こんな高慢なクソ女神に面倒ごとに巻き込まれるよりはマシだ。


もう二度とこのリーザイアには近寄らないし、この地下神殿にだって来ることは無いだろう。


俺は、≪ぼうけんのしょ3≫の「はじまり、そして追放」をロードした。

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