第89話 オートメーション
俺はターニヤが出してくれた煎餅をかじりながら、淹れてくれたルイボスティーを飲み、しばしの間、歓談した。
女神相手に隠し事をしてもしょうがないので、この異世界にやって来た経緯、そして迷宮を訪れた目的などを説明し、自分がゼーフェルト王国とは無関係であることを伝えた。
かつて地下神殿にあったのだという女神リーザの遺した秘宝だのには興味はないし、この部屋に辿り着いたのも本当に偶然だ。
カミーロに貞操を奪われそうにならなければ、あの殺人事件は当然に発生しなかったし、ここに逃げ込む必要はなかった。
自分が殺してしまった人間が蘇り、追いかけてくるといった経験をしたことがある人はそんなにいないとは思うが、あれは本当に恐ろしかった。
相手の顔を直視することができず、とにかくその場から離れる事しか頭になかった。
人身事故を起こしてしまった芸能人が、被害者の救命をせずに逃げてしまうのもこれに近い心理なのかもしれない。
今にして思えば、取り返しのつかないことをしてしまったと気が動転していたのだが、そんなことは無かった。
≪ぼうきえんのしょ≫のいずれかをロードし直せば、何も起こらなかったことにするのは簡単だし、こんな迷宮の奥深くにやってくる前にそうすればすべて元通りであったのだ。
「なるほどねー。嘘は言ってないみたいだし、あなたがお姉ちゃんが遺していってくれたアーティファクト目当てでないことも信じる。でもね、一か所だけ信じられないことがある。あなた、地球から来たって言ってたけど、この部分だけは誤りね。何かの理由で錯誤しちゃってる。ひょっとして、過去に頭を強く打ったとか、覚えがない?」
「いや、本当なんだって。電車で通学している途中でいきなり、この異世界に連れてこられたんだって。パウル四世とかいう、こんな感じの悪人顔の王様。知らない?俺以外にも九人召喚されたんだけど、そいつらは全員魔王討伐に派遣させられた」
最初から信じる気がなさそうな顔のターニヤに、俺は顔真似や身振り手振りを使って、必死で説明する。
「いやいやいや、ありえないから。異世界勇者召喚は、お姉ちゃんがこの世界を去ってしまってから一度たりとも行われていないし、あなた一人だけじゃなくて、他にも九人? ありえない。絶対に、ありえないんだから!」
「なんで、絶対って言いきれるの?」
「なんでって、それは私が異世界勇者召喚するための神器の管理者だからよ。あれはお姉ちゃんから、よほどの危機以外では使っちゃ駄目って言われてるの。この世界の危機はこの世界の勇者で解決するのが基本で、どうしてもそれが不可能な時にのみ、例外的に使用が認められる。勇者システムって言ってね、百年に一人、人間たちの中から勇者が誕生するように設定されているの。その勇者の強さは、地上の人間たちと協力してようやくすべてが解決できるぐらいの絶妙な感じに調整されていて、それが人類の成長を促すように一石二鳥の仕組みになっている。今、地上は平和そのものらしいじゃない? 異世界勇者なんてお呼びじゃない。……なんか、納得いかないみたいね。まあいいわ……、ここで言い合いしててもしょうがない。確認してみましょう。ついでに、私の偉大さをあなたにとくと教えてあげるわ」
ターニヤは颯爽と立ち上がると閉め切っていたカーテンを開け、外に出て、俺を手招きした。
「なんだ、これ……」
カーテンに遮られて見えなかった外の景色のあまりの異様さに俺は言葉を失った。
そこは再び、今まで通って来た地下迷宮同様の石造りの大部屋だったが、大掛かりな機械やベルトコンベヤーが配置されており、地上にたくさんいた
「どう? オートメーション化がなされていて、私が見て無くても勝手にこの機械が守護者を製造し、そこの射出口から地上に勝手に送り出す仕組みになっているの。この隣の部屋では他の種類の守護者たちが同様に造られているの。こっちよ、さあ、来て!」
ターニヤの案内に従って、あとをついて行くと、どの部屋もすべて機械による自動化が施されていて、それらの施設を管理、監督していたのもまた
「すごいね。この仕組み、ターニヤが全部作ったの?」
「そうよ。一部はお姉ちゃんの元カレのペイモンにも手伝ってもらったけど、ほとんどは私。こう見えても私はもともと合理化と物作りの女神、つまりリケジョなのよ」
ターニヤは、パジャマ姿とモフモフな感じのスリッパのまま、腰に手を当て、自慢げに胸を張って見せる。
「私がいちいち付いて見て無くても、すべては回ってる。警備システムも万全だし、地上や迷宮内で何かが起きたら、部屋に置いてあるFAXに報告が入っているはずだわ」
ファックス……。
しかも紙に印刷するの?
まさか、紙切れになってるわけじゃないよね。
「さあ、次はいよいよ、お姉さまの遺してくれたアーティファクトたちの御開帳よ。人間にこれを見せるのは何百年ぶりになるのかしら。少なくとも私は初めてね」
広大な工場エリアを抜け、その奥にある場違いなほど大掛かりな扉を開けると、そこは
そこは、歴史を感じさせる見事な意匠からなる彫刻で柱や祭壇が設えられている巨大な地下神殿だった。
ここまで見てきた機械化されていた場所とはテイストが違う。
ここが、壁画の間に描かれていたあの地下神殿なのだろうか。
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