第88話 不法侵入者

「あの~、すいません。ちょっと、……聞こえてますか?」


迷宮の地下に突如現れたワンルームの女子部屋。

その住人であるらしいパジャマ姿の少女に何度も声をかけたのだが、ヘッドフォンから出る音に邪魔されて、一向に気が付いてもらえなかった。


仕方がないので、玄関で靴を脱ぎ、少女のもとへ歩み寄ると肩をトントンと軽く叩いてみた。


すると少女はビクッと反応して、慌ててヘッドフォンを外すと壁際に後退り、怯えた目で俺を見た。


「だ、誰? なんでわたしの部屋にいるの?痴漢? 痴漢なの?」


すごいアニメ声で少女が捲し立てる。


「あ、いや、鍵が開いてたから、つい……」


「いやー、犯される!乙女の純潔、散らされちゃうー。誰か、助けてー!」


少女がいきなり大声を上げたので、俺はなぜか急に悪いことをしているような気持になり、気が動転してしまった。

俺は、とりあえず騒ぐのを止めてもらおうと思い、寝台に上って、にじり寄ると少女の口を塞いだ。


少女はますます怯えて暴れようとしたが、俺の方も馬乗りになり、ついそれを力で押さえつけてしまった。


少女が痛そうな顔をしたので慌てて、身を起こし、口と右手を押さえていた両手を放す。


「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかった。乱暴なことはしないから、騒がないで」


「本当に? 変なことしない?」


「絶対にしない。約束する」


俺はゆっくりと寝台から降り、両手をあげて、危害を加える意思はないことを示した。


「あなた、いったい何者なの? いったい、どうやってこの部屋まで?」


「えーと、俺の名前はユウヤ。ただの冒険者なんだけど、この迷宮を探索する途中でデカい髭もじゃの全裸のおっさんに夜這いされそうになって、気が動転したまま、無我夢中で逃げてきたら、ここに辿り着いたというか……」


「やだ、何それ、怖い。そのデカい髭もじゃの全裸のおっさんはどうなったの?」


「それは……、襲われた時に拒絶したんだけど、突き飛ばしちゃって、つい死なせてしまった。でも、その後、魔物になって甦って来て、多分、ここにも来るかもしれない」


思わず乳首に這っていたカミーロの下の感触を思い出し、身震いしてしまう。


「死んで魔物になったのなら、それはたぶん大丈夫だわ。ダンジョンマスターたる私の命令が無ければフロア間の移動はできないもの」


「そうなんだ」


「でも、あなた災難だったわね。たしかによく見ると結構かわいい顔してるもんね。襲いたくなったのも、理解できるかも」


そうなのか?

元の世界ではあんまりモテなかったけど……。


「あの、今更だけど、君は誰? ダンジョンマスターって何なのかな」


「ああ、ごめんなさい。本当であれば、不法侵入者に名乗る名はないけど、これも何かのえにしかもね。私はターニヤ。知らないと思うけど、れっきとした女神よ。ダンジョンマスターっていうのは、文字通り、この迷宮の主ってこと」


「ターニヤ! 上の方の壁画の間に絵と名前があった。絵とはちっとも似てないけど……」


壁画の間に描かれていたターニヤはもっと大人な感じの女性だったが、目の前にいる本人は、目が大きく、童顔で、俺より年下に見える。

小さいクマさんやゾウさんがたくさんプリントされたパジャマのせいで余計に幼く見るが、その体つきは胸もお尻も大きく、女性らしい体つきをしていた。


「ちょっと、今、いやらしい目で私のこと見たでしょ」


「ああ、ごめん。壁画と違って、凄く魅力的だなって……」


「嘘!私のこと好きになっちゃった? いいわ、せっかくだからお茶でも飲んでいって。こんな誰もいない迷宮の地下ですごく退屈していたところだったの」


警戒心を解いてくれたらしいターニヤは、折り畳み式のちゃぶ台を広げると、電気ケトルのお湯を使って、二人分のパックのルイボスティーを入れてくれた。


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