第85話 壁画の間

大穴の下にあったフロアを進み、さらに一つ下の階へと降りていく階段の先は、≪壁画の間≫と呼ばれる広い空間だった。

そこは何人なんびとも足を踏み入れてはならないような神聖な雰囲気のある場所で、魔物の姿は無く、地下であるにもかかわらず、空気が澄んでいる気がした。


≪壁画の間≫に辿り着いた瞬間、テレシアたちは感動のあまり、しばらく立ちつくし、呆然としたまま動かなかった。

その表情は、広い室内の壁一面に描かれた彩色豊かな絵の織りなす、荘厳でありつつも見る者を圧倒する景色に心を奪われたかのようだった。


「この≪壁画の間≫は、先程も説明した通り、神聖リーザイア王国の滅びの真相が描かれている。この部分に描かれているのが、フレデリック王と家来たち。薄暗い階段を降りていき、地下神殿から宝物ほうもつを盗み取るさまが描かれている。そして、その悪業はやがて女神リーザの知れるところになり、その逆鱗に触れてしまうことになる」


「カミーロさん、この女神リーザの傍らに描かれている、この二人の男女は誰なんですか?」


「それは、おそらく女神の眷属神であり、眷属神たちの中でもかなり重要な地位にある神ではないかと僕は思っている。ここに文字があるだろう? これはおそらく名前だ。男の方がペイモンで、女の方はターニヤ。特にこのターニヤは壁画の続きの部分でも何度も描かれていて、女神リーザがこの世界の人間に愛想をつかして、去ってしまった後もこの地に残っているような描写がある。この世界における女神リーザの後継たる地位についた女神なのではないかと、現時点では考えているよ」


カミーロとテレシアは、壁画に描かれている内容について、熱心に議論を交わしており、他のメンバーもそれぞれ自分の興味がある部分を詳しく眺めている。


正直言って、この世界の神様事情についてまったく興味が無い俺であったが、目を引いた物がひとつだけ描かれていた。

それは元の世界にもあったものだが、この異世界にはそぐわないとても違和感があるものだった。


地下神殿の背景にそれとなく描かれていた透明な箱のようなもの。

箱の中には丸いカプセルがたくさん入っていて、筐体にはハンドルが付いていた。


「これってガチャガチャじゃん。なんで、こんな場所に……」


顔を近付けてよく見ると、カプセルの中には人形のようなものが入っているように影が描かれている。


「面白いところに注目してるね」


いつの間にか、カミーロが背後から近寄って来ていて、耳元で囁いた。

慌てて振り向くと顔との距離がめちゃくちゃ近くて、後ずさりしようとして思わず頭を壁画にぶつけてしまう。


「ああ、ごめんごめん。驚かせてしまったね。君が何を見ているのか気になってね。それは女神リーザがこの世界に遺していった神器で、どんな力を秘めた物かはわからないが、フレデリック王が欲していたもの内のひとつらしい。中ほどの絵を見ればわかるが、女神リーザが去ってしまった後、フレデリック王はこの地下神殿に家臣たちを引き連れて、もう一度、盗みに入るんだ」


「そうなの? 」


「ああ、女神が去ったことを逆にチャンスととらえ、リーザイアを退去する前に、持っていけるだけ持っていこうと考えたらしいんだ。だが、これが破滅の引き金となってしまったようだ。地下神殿の奥深くから、大量の魔物と闇が湧きだしてきて、フレデリック王は命からがら逃げだすこととなる。そして、退去の期限となる日を待たずして、リーザイアの民は都市から追い出されることになってしまったというわけだ。ほら、ここの部分からしばらく、逃げ惑う王と人々の姿が描かれているだろう?」


なるほど、ラバンタール公爵の話はこれの裏付けになったわけか。


この迷宮は女神の残していった神器などを人間の手に渡さぬように守る目的で作られたものであり、この壁画は差し詰め、侵入者に対する警告の意味も持っているのかもしれない。


逃げ惑う人々の恐怖の表情がリアルで、魔物によって無残に殺されている光景の描写が全体の五分の一も使われており、女神の怒りの大きさを表しているかのようであった。


それにしても一度盗みに入った先に、もう一度やって来るなんて、このフレデリックという奴は相当に面の皮が厚い、懲りない人物だったようだ。


俺を召喚したあのパウル四世の先祖だと考えると、話を聞いた今となっては、黒扉の人相が悪い彫刻絵も妙に納得できる気がした。


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