第84話 カミーロの本音

扉を開けた先も、そのまた先も、そのまた先の先も古い時代の死体が散乱しており、どれだけ多くの兵士がこの場所に投入されたのか、その執念のようなものに驚かされるばかりであった。


死体たちは肉人形ミート・パペットと呼ばれる魔物となって蘇り、侵入者である俺たちを排除しようと次々襲い掛かって来る。


俺たちはそれを撥ね退けながらも一気に駆け抜け続けたのだが、ラウラやテレシアに疲労が見え始めたために、どこかで休ませる必要が生じてしまった。

休憩をとるために、ある小部屋の肉人形たちを制圧し、それらを扉の外に放り出す。


「嫌、もう無理~」


ラウラが内股でへなへなと床に腰を下ろし、テレシアも前かがみになって荒い息を整えようとしている。


「やれやれ、やはり娘っ子たちにはまだ少し早かったか」


ウォラ・ギネはその様子を見て、ため息を吐き、アレサンドラは心配そうな顔をしていた。



扉を外から何者かが叩く音が止まない中、俺たちは食事と休憩をとることにした。

カミーロが自分の≪魔法の鞄マジックバッグ≫から携帯食料と飲み物を取り出し、全員に配る。


「飯食ってるときにこんな話するのはあれなんですけど、この死体だらけの状況っていつまで続くんですかね?」


「このフロアを抜けるまではずっと続くよ。下の階層に行くにしたがって、肉人形の数が減り、代わりに別の魔物が出現し始める」


そうなんだ……。

石人形の次は、肉人形。

いい加減に単調な動きの相手ばかりで飽きてきた。

見た目もグロいし、もう帰りたい。


ゲームとかでよくダンジョンって出て来るけど、現実に潜るとなると本当に大変だ。

まだ一階だけど、大型ショッピングモールの何倍も広いし、どこを見ても殺風景な石の壁と天井だ。


外の景色が恋しくなってくる。


「カミーロさん、あの兵士たちの死体は一体何なんでしょうか? 鎧や身に着けているものを見る限り、年代も別々でしたし、時折、私たち冒険者みたいな見た目の死体も混ざってましたよね?」


憂鬱な気分になり、黙ってしまった俺の代わりに、アレサンドラが会話を続けた。


「かなり前の調査で、これらの死体のうちの一つから百年以上も前の将軍の手記のようなものを発見できてね。それによれば、この地下迷宮には過去何度も制圧のための遠征軍が送り込まれていたようなんだ。彼らの目的は、ずばり女神リーザがこの世界に遺していったと思われる聖遺物。初代ゼーフェルト王であるフレデリックと同様に、歴代の王たちもそれを手にして、世界の覇権を握るという野心を抱いていたようなんだ。その手記を書いたと思われるその将軍は家族を人質に取られ、やむなくこの迷宮の攻略に挑むことになったらしい。なんとも酷い話だよね」


「その、女神リーザの聖遺物は本当にあるんですか? それはどのようなものなのでしょうか」


女神リーザのことになるととにかく熱心なテレシアが、話に加わって来た。

ようやく落ち着き、顔色も少し良くなったように見える。


「さあね。手記にそうあっただけで、僕自身、ここには何度も潜っているが、今のところ、そう言った物はお目にかかっていない。でも、誰が設置しているのか分からないけど、時々、宝箱を発見することがあるよ。中には古い時代の貨幣やアイテムが入っていて、どれも割と価値がある物だから、見つけたら、研究に関係ない物は全部君たちにあげるよ」


宝箱と聞いてアレサンドラの目が輝いていたが、俺の方はというと、もうそれほど金目のものには興味をいだけなかった。

ラバンタール公爵の秘密の地下宝物庫で見つけた財物でもう十分であり、これ以上稼がなくてももういいから早く地上に帰りたいというのが本音だったのだ。


「カミーロさん、今回の調査って、何をもって終了になるんですかね? もしよかったら、先に教えてもらえると嬉しいんですが……」


俺の問いかけに一瞬、場が静まり返る。


「……そうだね。どうしようかと僕も考えていたところだったよ。正直言って、君たちのパーティは各人の実力差がありすぎる。このまま、未熟なメンバーを守りながらどこまで行けるのか、僕も計りかねていたんだよ」


カミーロの本音を聞き、テレシアとラウラは思わずうつむいてしまった。

未熟なメンバーというのが自分たちのことだと、ここに来るまでの道のりで、十分に理解していたからだ。


「ちょっといいかな? それについては儂に考えがある。このフロアから下の階に降りたところに、儂らが≪壁画の間≫と呼ぶ部屋がある。一先ずはそこを目指し、このテレシアにそこの壁画を見せてやりたいのだがどうだろうか?」


見かねたウォラ・ギネが口を開いた。


「≪壁画の間≫ですか?」


「ああ、そこにはゼーフェルト王国の前身である神聖リーザイア王国の滅びの真相が壁画として描かれており、女神リーザがその後どうなったかについても触れられている。儂がこのリーザイアを旅の目的地に選んだのは、おぬしらを鍛える目的の他、この世の真実を教えてやりたかったからだ。勇者だの、教義だの、そんなくだらんものに振り回されておるお前たちを見ているとかつての儂の姿を見ているようで辛かった」


「……そうだね。≪壁画の間≫は、ここの魔物たちにとっても神聖な場所であるらしく、中に足を踏み入れてきたりはしないから、拠点にするには最適かもしれない」


「まずは≪壁画の間≫まで行き、そこで二手に分かれるというのはどうだろう。儂は、そこを拠点にして、ラウラ、テレシア、アレサンドラの三人にその付近の魔物を使って、修行を付けてやる。その間、カミーロとユウヤは二人で行けるところまで行ってみると良い。前衛のユウヤと自分の身を守れて回復もできるカミーロの相性は悪くない。割と奥深くまで行けるのではないかな?」


えっ、俺とカミーロが二人きりになるの?


女性に関心が無いと豪語するおっさんと迷宮で二人きり。


しかも、俺は、≪ぼうけんのしょ≫の別ルートで、カミーロがヤバい一面を隠し持っているのをもうすでに知ってしまっている。


「さすがはウォラ・ギネだ。その案でいこう!」


「いや、ちょっと二人きりは困るなあ……」


伸び放題の髪と髭に覆われた顔の中心に在る丸い二つのつぶらな瞳を、何か異様なくらいに輝かせているカミーロに俺は難色を示す。


「なんで? 大丈夫だよ。僕がこの迷宮の色々なことや冒険者の先輩として伝えられる知識を手取り足取り教えてあげるから」


カミーロはどさくさに紛れて俺の手を取り、両手の指を使って、掌の柔らかいところをもみもみしてきた。




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