第83話 永劫の苦悩と悔悟

神聖リーザイア王国の最後の王にして、ゼーフェルト王国の建国の祖でもあるフレデリックをモチーフにしているらしい、その黒い扉の絵は随分と悪意ある描かれ方をしていた。


不自然なほど鼻が高く、耳は尖っていて、口は大きく裂けており、何とも意地悪そうな顔つきをしている。

王冠を被っていなければ、悪魔か何かと勘違いしてしまいそうだ。

ゼーフェルト王国で生まれ育ったテレシアたちに言わせると、この絵を伝説上の英雄となっているフレデリック王であるとは到底認められないようで、銘板の文章とは無関係であるという見解を口にしていた。



「さあ、ここでの議論はそこまでにして、そろそろ中に入るとしよう。この先は気を引き締めんと命取りになるから、そのつもりでな」


ウォラ・ギネがそう言って、金属製の黒扉を押し開くと、その先は思わず中に入ることを躊躇ってしまいそうになる光景だった。

広い通路上には、いつの時代のものかわからない甲冑姿の死体がいくつも転がっていて、壁に等間隔で取り付けられた輝く石の淡い光が、それらを不気味に照らし出していた。

死体たちは白骨化しており、その表面の色は黒ずんでいるものがほとんどだった。


「なに、これ~!嫌だ、気持ち悪い~」


ラウラがそれらを見まいとして、俺の背にぴったりとくっついてきた。


「この遺体たち、……妙だ。どれもゼーフェルト王国の紋章が入った鎧を着ているのに、随分とデザインが違う。この遺体の鎧なんかは、かなり年代ものだし、見て! 紋章のデザインも少し違ってるように見える」


「本当ですわ。お姉さま、これは一体どういうことなのでしょう?」


「うーん、わからないけど、時代をまたいで何度もここに侵入していたってことなのかな。でも、テレシア、このリーザイアは教団に聖地認定されてて、禁足地とされているんだよな?」


「はい、一応はそのようになっていると教わりました。しかし、特にそれを取り締まっていたわけではありません。見て来たとおり、地上には魔物がたくさんいますし、普通の人間がこの場所までたどり着くことはまず不可能だと思います。王国が軍を派遣していたなどという話は、私も聞いたことが……」


何かに気が付いたのか、突如、テレシアの表情が固まり、アレサンドラたちも一斉に死体から離れた。


「気を引き締めろと言うたじゃろ……。それもこの迷宮を守る魔物じゃ」


ウォラ・ギネの言葉通り、先ほどまでぴくりとも動かなかった死体たちがゆっくりと立上り、それぞれ身に着けている武器や盾などを構え始めた。


不浄者消滅ターン・アンデッド!」


テレシアが前方の広範囲に向かって、即座に神聖魔法を唱えた。


長ったらしい女神への祈りも無く、機敏だったその反応に俺は思わず「成長してるじゃん」と心の中で素直に感心した。


だが、テレシアの掌から放たれた清らかな光は、死体たちの体に届きはしたものの、何の変化ももたらさなかった。


死体たちはゆっくり動き出し、俺たちとの間合いを機械的に詰めて来る。


俺は動揺するテレシアに接近してきた一体の胸を≪ヒノキの長杖≫で突き、後方に吹っ飛ばした。


「どうしたの? 光が出ただけで、効果がないじゃん。失敗?」


「いえ、魔法はたしかに発動しました。こんなはずでは……」


「テレシアさん、あれはアンデッドなどの成仏できぬ彷徨える不浄の死者ではない。≪不浄者消滅ターン・アンデッド≫は効かないよ。あれは、死体を材料にして作られた肉人形ミート・パペットなんだ。魂ではなく、あれらを作った製造者の命令で動いている」


カミーロは、説明しながら前に出て、空手のような動きで、肉人形たちと戦い始めた。

どうやら、彼は武器を使わない格闘術も得意らしい。


「この肉人形どもは肉体が完全に破壊されるまで何度でも立ち上がり、襲い掛かって来る。無駄にここで消耗させられるのは得策ではない。さあ、一気に駆け抜けるよ!」


カミーロの指示に従い、俺も前衛に立ち、二人で血路を開く。

その後をテレシアたちも続き、殿はアレサンドラとウォラ・ギネが務めた。


肉人形の数は多く、その兵装の意匠も統一されてはいなかったが、どれもゼーフェルト王国と所縁がある者のようだった。

その動きは、地上の石人形パペットマンと同様に機械的かつ単調で、どうやら、生前の個性などは残していないようだ。

見た目がグロい以外はまったく同じような性質を持っている魔物だと言っていい。


永劫の苦悩と悔悟。


この迷宮に足を踏み入れ命を失った者は、あの黒い扉に書かれた言葉通り、死して尚、こうして死体を弄ばれ、侵入者の相手をさせられているというわけか。


俺たちは肉人形が配置されていた通路を抜け、その先の扉の中に入った。











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