第82話 禁じられた扉の先へ

王宮跡にぽっかりと空いた大穴を守るようにしてその場に鎮座していた動く竜の石像を倒して戻って来ると、少し皆の様子がおかしかった。


どうしたのか尋ねても、どこか言葉にするのを躊躇ためらっているような歯切れの悪い感じだった。


「ユウヤさん、あなた、無職というのは、ほ……」

「お、おぬしの見事な戦いぶりに皆、開いた口がふさがらなくなっただけじゃ。さあ、あの大穴の中にさっそく案内するぞ!おい、お前たちもくだらん話をしとらんでさっさと来ぬか!」


意を決して口を開いたテレシアの言葉を遮る様にして、強引に割り込んできたウォラ・ギネが俺たちを大穴の方に行かせようと促してきた。


完全に不自然な態度であったが、ここでその話はしたくないということなのだろう。

仕方がないので、何があったのかは、後でラウラあたりにでも聞くことにする。




近くで詳しく観察してみると、その大穴は普通の空洞とはまるで違っていた。

暗い闇で満たされた池や沼のようになっており、その先がどうなっているのかまるで見通すことができなかったのだ。


小さな瓦礫をその中に投げ入れてみても、それが底に到達したような音は聞こえず、かなり深いのではないかと思われた。


「まず、儂が手本となって先に入るから、お前たちは後から時間を置いて、一人ずつ入って来い。着地に気を付けろよ」


着地?


着地ってどういうことだろうと、俺は首をかしげたが、その疑問はすぐに解消されることになった。


大穴に飛び込んですぐ、視界を遮っていた闇は晴れ、すぐに石造りの壁や床が目に飛び込んできた。

俺は慌てて体勢を空中で整え、着地をしたのだが、すこし運動神経が鈍い人なら怪我をしかねない高さで、見上げるとそこには穴ではなく天井があった。


そのあと、カミーロ、アレサンドラ、テレシアと次々降りてきて、最後のラウラは俺がキャッチしてあげた。

腰から落ちてきた様な姿勢であったし、そのまま放っておいたら、全身を強打していただろう。


「導師、ここはいったいどのような場所なのですか。大穴の下に、なぜこのような部屋が存在するのでしょうか?」


テレシアは、二つの扉があるほかは、何もない空っぽの四角い室内を見渡し、尋ねた。

その扉はそれぞれ白と黒の配色が為されており、白の扉には女神リーザが、黒の扉には王冠を頭にかぶった悪魔のような容貌の人物が描かれていた。


「うむ、ここは本来、女神リーザの地下神殿に通じる降り階段があったはずの場所だ。だが、そのような物は無くなり、この謎の部屋に変わってしまっていたのだ。かつて、我ら≪世界を救う者たち≫が、魔王率いる軍勢と戦う力を得るために無限に湧く魔物でレベル上げをしようとこの地を訪れた際に偶然見つけたものだが、最初の時は、門番である石龍に手も足も出なくてな、慌ててこの大穴に飛び込んで九死に一生を得たのだ」


そうか、あの石の竜はそんなに強い魔物だったんだな。

さっきの気まずい感じは、俺一人でうっかり倒しちゃったから、たぶん皆をドン引きさせちゃったんだろう。


「地上に帰りたくなった時は、いつでもその白い扉から外に出ることができる。だが、おぬしらに見せたいのは、もう一つの扉の先だ」


「みんな、この扉に彫り込まれている文字を見てごらん」


カミーロが黒の扉の前に立ち、扉の中央にある金属製の銘板を指差した。

そこには次のような文字が刻まれていた。


『欲深きフレデリック王のおぞましき野心とこの世界から去りし女神リーザの絶望をこの地下に封じる。何人もこの扉の先へ足を踏み入れるべからず。その禁を破りし者は、必ずや、永劫の苦悩と悔悟をその身に記憶することになるであろう』




「ちょっと、待って。入っちゃ駄目って書いてあるじゃん。ヤバいよ、帰ろう!」


俺の心はすでに王都に向いていて、この扉の先には関心が無い。


「ユウヤ君、落ち着きたまえ。入ってはいけないと書いてはあるが、僕たちは過去に何度もこの先に足を踏み入れているんだ。これは侵入者に対する脅しではあるが、実際には、呪いのようなものは無い。それに冷静になってみればわかることだが、入るなといいながら、この扉には施錠が為されていないんだ。本当に厳重に封印する気ならこんな風にはなっていないはずだろう」


それを言うなら、鍵がかかっていない田舎の家だからと言って勝手に入って良いということにはならないと思うが……。


「いや、そんなのわからないじゃないですか。例えば、死ぬまで童貞のままになる呪いとか……」


「い、いや、僕とウォラ・ギネがたまたまそうだっただけで、他のメンバーはその後結婚したり、子だくさんの温かい家庭を築いたりしてるから、大丈夫だよ。そんなことより、君は興味を掻き立てられたりはしないのかい。この扉の向こうに何があるのか」


「全然、興味ないです」


「それは困ったな。単独戦闘があまり得手ではない僕一人では探索できる範囲が限られているし、あの石竜を一人で圧倒した君とウォラ・ギネがいれば、その先まで行けると期待していたんだが……。なんとか、そこを曲げて協力してはもらえないか?」


俺は、楽しいことも大好きだし、ほどほどの刺激なら大歓迎だ。

だが、こういう昔の人の警告を無視してまで、真実を知りたいなどとは思わない。

世の中には知らない方がいいこともたくさんあるし、知らないままでも幸せなら真相なんか永久に闇の中でもいいんじゃないかと思っている。


「世界を去りし女神リーザ……」


丸いお尻を突き出し、黒扉の銘板に張り付く様な体勢のまま、テレシアが呟いた。


「テレシア? どうしたの……」


「カミーロさん! この『世界を去りし女神リーザ』という部分。これって本当なんですか? 」


「ああ、やっぱり君も僧侶だし、その部分は気になるよね。そう、かつて若かりし時分の僕もその一節が気になって仕方なかった。それを確かめるべくこの扉の先に足を踏み入れたのだけれど、そこで何を見たのかは僕の口からは言えない。君が自分の目で確かめて、その上で判断すべきことだ。残念ながら、僕の場合は信仰心を失い、そして代わりにこの世界の真実を明らかにしたいという強い探求心が芽生えた。勇者マーティンが逝ってしまった今となっては、もうこのこと以外には、この世に関心は無いと断言できるほどのね」


カミーロはどこか寂しそうな眼をしたまま、肩をすくめてみせた。


「ユウヤさん、お願いです。どうか、私たちと共に、この扉の先に一緒に行ってくれませんか? 」


「えっ、なんで俺が?」


「これは、このパーティのリーダーとしてではなく、この私個人の願いです。さきほどのストーンドラゴンとユウヤさんの戦いを見て、貴方こそが私の勇者であると確信しました。本当はいますぐ教団に戻り、貴方を私の≪認定勇者≫にする手続きをしたいのですが、その前にどうしても心の中に生じてしまった微かな迷いや疑念をふっしょくしておきたいのです」


テレシアの瞳はどこまでもまっすぐで、それは彼女の中の信仰心と勇者に対する信念の強さを表していた。


こうなってしまったらてこでも動かないほどに頑固なのをこの短い付き合いの中で嫌というほど見せつけられてしまっていた。


勿体ないよな。

神様の話さえしなければ、こんなにも可憐で、割と美人なのに……。

おっぱいも大きいし、法衣の下の裸体はかなりエロかった。

≪認定勇者≫じゃなくて≪認定彼氏≫とかだったら立候補したいくらいだった。


「それで……、もし本当に女神リーザがこの世界から去ってしまっていたり、なにか信仰が揺らぐような真実を見つけてしまったら、テレシアはどうするの? たしか、世界を救いたいのも、勇者を見つけ出したいのも教団の教義からなんだよね。カミーロさんみたいに、僧侶を辞めたくなっちゃうんじゃないの?」


「それは、……今の時点ではわかりません。でも、目の前にその答えがあるというのであれば、それを背にしてこの場を立ち去ることなどできない」


テレシアの目には涙が浮かび、それが今にも溢れてしまいそうだった。


その様子を見て、俺はふと考えた。

これは、テレシアの教団による洗脳状態とも言えるこの状況から脱却させるチャンスではないかと。

女神リーザと教団に対する不信が募れば、カミーロのように信仰心に捨て去ることになるかもしれないし、そうなったならば、テレシアのぽっかりと空いた心の穴に、俺が入り込む余地ができるかもしれない。


さきほど俺を勇者として見ているような話をしていたし、少なくとも嫌われてはいなそうだ。


テレシアを真人間に戻し、その後、男女の交際を始める。

そんな展開がこの先あったっていいのではないか。


神様の話抜きなら、女の子に「勇者様」って頼られるのもそんなには悪くない。


それにここで、「だが、断る」なんて言ったら、もうこのパーティにも居づらくなりそうだし、空気を読もう。


「しかたないな~。もうちょっとだけ付き合ってみるかな。でも危なくなりそうだったら、撤退する約束でいいですよね、カミーロさん」


俺の言葉にテレシアとカミーロが顔を合わせつつ、笑顔で頷いた。


成り行きを見守っていたアレサンドラとウォラ・ギネも、話がまとまったことに安堵のため息を漏らしたが、ラウラだけが頬を膨らませて面白くなさそうな顔をしていたことに誰も気が付いてはいなかった。









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