第81話 スーパー無職

「ウォラ・ギネ、本当に彼一人で行かせて大丈夫なのか?」


杖を両手で掴み、準備体操をしながら、巨竜の石像がある方にまっすぐ歩いていくユウヤを見つめながら、カミーロが不安を口にした。


「なあに、問題はあるまい。儂の見立てどおりなら、面白いものが見られると思うぞ」


「しかし、あの石の守護竜ストーンドラゴンは、僕ら≪世界を救う者たち≫が全員で挑んでも全く歯が立たなかったのを忘れたわけではないだろう? 当時はまだ結成したばかりで今よりもずっと未熟だったとはいえ、それでも世に名が知れた傑物揃いだった。それをあのユウヤ君一人に戦わせようというのか」


カミーロの心配をよそに、ユウヤは無警戒にどんどん歩いて行き、大穴までかなり近づいたところで巨竜の石像が動き出した。

その目は煌々と輝き、口からは炎が漏れ始めた。


「殺されるぞ。大事な弟子が心配じゃないのか?」


「まあ、黙って見ておれ。びっくりするぞ」


テレシアとラウラが動き出したストーンドラゴンに悲鳴を上げ、アレサンドラは大剣を構え、助太刀に行こうとした。


「動くな!お前たちはそこから一歩も動いてはならん。お前たち如きが行ったところで何の助けにもならん。ここでユウヤの秘めたる実力を黙って見物しておるのじゃ」


ウォラ・ギネの一喝に、さすがのアレサンドラも動くのをやめたが、明らかに不満そうな顔をした。


「動くなと言われても動けましぇーん。腰が抜けちゃった」


ラウラが杖を持つ手と声を振るえさせて、引き攣った顔で応えた。



「そっか、これ以上近づかなければ、攻撃してこないんだ……」


そう呟いて、さらに大きな一歩を踏み出すと、途端にストーンドラゴンが首を薙ぎながら、炎を吐いた。


「ユウヤ!」


広がった炎に、ユウヤが一瞬で呑み込まれたと思い、アレサンドラは絶叫したが、そこにはもう彼の姿は無かった。


ゴキンッという大きな音がして、見るとユウヤの姿は空中の、それも三階建ての建物くらいの高さはあろうかという石龍の頭部付近まで跳躍していたのだ。


そして石竜の左目の上あたりが、大きく陥没しており、どうやらそれはユウヤがやったものらしかった。


「うーん、≪理力≫のおかげで武器は壊れないけど、この杖だと威力には欠けるなあ」


ユウヤは空中でそう呟くと、追撃とばかりに、身体を軸に回転し、今度は横薙ぎの一撃を石竜の横っ面を叩いた。


石竜が大きくよろめき、後ろ足で立ち上がった状態から横倒しになって倒れる。


「すごい! あの石の守護竜が手も足も出ないなんて……」


「ユウヤの本気はまだまだあんなものではない。あやつは、あれでもまだ手を抜いておるよ」


「あれで? まさか……」


「あのユウヤは、相手に合わせて、力の加減をするようなところがある。何をやらせてもそれなりにそつなくこなすが、決して本気で物事に取り組もうとせん。それが奴の性格なのか、何か考えがあってそうしているのかは分からないが、必死で何かをやろうとしたことはほとんどないのではないだろうか。あの石龍もまた、ユウヤの本気を引き出すには役不足だったようじゃ。見ろ、飽きてきて、遊び始めてしまった」


ユウヤは今度は一転して守勢に回ってみせ、石龍の猛攻を次々と避けつつ、カウンター気味の攻撃を当てては逃げを繰り返している。


鍾乳石のように先が尖った歯の並ぶ顎の一噛みも、鋭い爪の攻撃もまるで当たる気配が無い。

ユウヤの方を向く、首の動きがワンテンポ遅れ始めた。


「やっぱりスピードだな。どんなに強い攻撃も当たらなければどうということは無い」


ユウヤの動きはさらに加速し、周囲を飛び回るその動きに、石龍が次第に付いていけなくなってきた。


「そして、最後はパワーだ!」


それはかつてグラッドがユウヤを一撃のもとに撲殺したムソー流の基本技のひとつ、≪彗星打ち≫だった。


杖に≪理力≫を込めての単純な打ち降ろし。


だが、グラッドのものとは異なり、杖から溢れ出るほどの膨大な≪理力≫を注ぎ込んだ恐るべき一撃と化していたのだ。


「消費メンタルパワー100倍! これでどうだ!」


それはまさに、杖先に纏った≪理力≫の塊が、巨大な球形を為し、石龍のボロボロになった頭部に衝突したように見えた。

かつて、バンゲロ村の近くで、ゴブリンたち相手に暴発した時とは異なる。

完全に制御され、濃密に凝縮された≪理力≫だった。


石龍の頭部は、派手な音を立てて砕け散り、その破片がウォラ・ギネたちのいる方まで飛んできた。


テレシアも、ラウラも、アレサンドラも、そしてカミーロでさえも唖然とし、何も言葉を発することができなかった。


無職ノークラスで、しかもスキル不所持。にもかかわらず、儂がユウヤにこれほど入れ込んでおる理由が、これで分かったじゃろう。儂も少し覗き見ただけだが、あやつの能力値はすべて二桁ダブル、それもほとんどが60越えじゃった。MPメンタルパワーなんぞは500近くあったぞ」


「馬鹿な。そんな無職ノークラスなんているはずがない。普通の無職は、レベルアップしても能力が何も上がらないことだってよくあることなのに……。彼の、彼のレベルは幾つだったんだ?」


「儂が見た時点では40半ばほどであったと思う」


「馬鹿げてる。無職ノークラスの成長限界は僕が知る限りでは20を超えることは無いと聞いた。それに40半ばで、その能力値に到達するなんて、もはや≪勇者≫をも超越している! ウォラ・ギネ、彼はいったい何者なんだ?」


「それは儂にもわからん。ただ、普通の無職ではないことは確かだ。無職を越えた無職。さしずめスーパー無職とでもいうべき存在なのだろう」


ウォラ・ギネの言葉に一同はただただ驚くことしかできなかった。


「……ちょっと、待ってください。ユウヤさんの≪職業クラス≫は、たしか≪杖使い≫だったはずでは……」


思い出したかのようにテレシアが疑問の声を上げた。

アレサンドラたちも頷き、「あの強さで無職はあり得ない」とそれに同調した。


「なんじゃ、おぬしら、儂より先に仲間になっておったのに、ユウヤが無職だと知らんかったのか? てっきり、儂は知っているのかと思っておったぞ」


ウォラ・ギネはうっかり秘密をばらしてしまったかと顔をしかめ、アレサンドラたちはそれぞれ考え込むような顔になった。



「あのドラゴン、めっちゃ堅かったわー。って、あれ? みんな、どうしたの? 俺、なんか悪いことでもした? なんか空気悪いけど……」


皆のただならぬ雰囲気に、戻って来たユウヤは困惑し、頭を掻いた。





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