第79話 分かたれた道

砦跡がある小高い丘の見晴らしが良い場所に、皆でオノ・コウイチの墓を作った。


この一カ月ほどの間、寝食を共にしていたのだが、名字が「小野」というのは聞いていものの、下の名前がどういう漢字を当てるのかは誰も知らなかった。

≪精霊使い≫のヒマリはそのことを悔やんでいて、今もまだ涙が止まらないようだった。


「さあ、異世界勇者の皆様、そろそろ旅立ちましょう。この調子では魔王のもとに辿り着くのがいつになるのか分かったものではありません」


魔王討伐隊の副官であるヘンリクという老騎士がやってきて、手を叩きながら、沈み込んだ一同を急かすような発言をした。


このヘンリクや他の王国の兵士たちは国境が近づくにつれ、亀倉たちとは半日遅れで行軍するようになり、今も食料などを積んだ荷馬車十台とようやく合流を果たしたばかりだった。


亀倉たち異世界勇者が先陣を切って魔王領に侵攻し、拠点と安全を確保した後に合流する計画だったのだが、その第一歩で失敗し、仲間を一人失った。


さらに、行方不明のセツコ婆さんが見つからなければ、もう一人欠員が出ることになる。


「お前、今の言葉、本気で言ってるのか?」


亀倉がヘンリクの前に立ち、凄い形相で睨みつける。


「本気で、とは? それが異世界勇者の皆様の使命でしょう。何のために、これほどの好待遇を与えていると思うのですか。住むところも無く、行く当てもないあなた方が今日まで途方に暮れることが無かったのは、ひとえに国王陛下の温情の賜物ではないですか。食事も、その装備も、各町であてがった娼婦たちも、すべて国王陛下がお与えくださったものです。その恩を忘れて、まさか魔王討伐を断念するなどとは言わないでしょうな!」


「温情だと? ふざけるな! お前たちが、勝手にこの異世界に俺たちを連れて来たんだろうが……」


「その件はもう話が付いているはず。元の世界に戻りたいのでしょう? それならば、一日も早く、魔王を倒してください。魔王の体に宿る≪闇の魔結晶≫を手に入れなければ、あなた方は誰一人として、元の世界に戻ることができないのです」


「てめぇ、この状況を見てから物を言え。俺たちは国境付近の魔物にさえ全滅しかかったんだ。どうやって、ここからはるか先の魔王城にまでたどり着けるって言うんだ」


「それを考えるのはあなたたちの仕事でしょう。私たちはあくまであなた方の支援と監視が任務。あなたたちがもたもたしている間に、輜重隊などの後続の部隊が続々とやってくる手筈になっているのです。こんなところで項垂れている場合ではないのですぞ」


「待て。その話は聞いてないぞ。俺たちが制圧した後にやってきて、そいつらは何をするつもりだ?」


「うっかり口を滑らせてしまいましたが、それはあなた方が知る必要……」


「言え!言わないと、今この場で絞殺すぞ」


亀倉は突然、ヘンリクの胸ぐらをつかみ、つるし上げる。


「ぐっ、私を殺せば、お前たちは謀反人として国中で追われることになるぞ」


ヘンリクが連れて来た兵士たちが武器を構え、亀倉たちを包囲した。


「いいから、教えろ!お前たちの狙いは、魔王討伐だけが目的ではないな。俺たちが制圧した地域の侵略、領土の拡大。あとからやって来る奴らはさしずめ、そのための拠点を築きにやって来る。違うか?」


「は、放せ……。し、死ぬ……」


≪魔戦士≫である亀倉の怪力を振りほどくことができず、危うく窒息死しそうになったところで、≪大剣豪≫イチロウが支給された刀を抜き、それを亀倉に向けた。

亀倉はため息を一つ大きく吐くと、ヘンリクを放してやり、今度はイチロウの方に正対した。


「お前、誰に向かって切っ先向けてるんだ。向ける相手が違うんじゃないのか?」


「違わない。そのヘンリクさんは、危険な道中を共に、ここまでやって来た私たちのれっきとした仲間だ。忠義に厚く、国家と自らのあるじのために身命を賭す。サラリーマンだった私にはそれがとても尊いことだとわかる」


「お前、頭おかしくなったんじゃないのか。 忠義、それに主だと? そんなサムライみたいな恰好をして、すっかり本物にでもなったつもりか?サラリーマンなんて、ただの組織の歯車の一つ。社畜じゃねえか」


「≪魔戦士≫ヒデオォ、お前、今、全国のサラリーマンを敵に回したぞ」


「知るかよ、そんなこと。それよりお前、俺のことを≪魔戦士≫ヒデオと呼ぶんじゃない」


険悪な空気になり、周囲がどう止めていいやらオロオロしていると、地べたに這いつくばって苦しんでいたヘンリクがようやく立ち上がった。


「≪魔戦士≫ヒデオ!」


「だから、その呼び方はやめろっていっただろ!」


「お前を……魔王討伐隊の隊長から降格させる。私はお前の補佐役として副官にある身だが、国王陛下より全権を委任されているんだ。後任は、この≪大剣豪≫イチロウ殿に務めてもらう」


「そ、それがしが……」


「≪大剣豪≫イチロウ殿、そなたは確か、魔王を討伐した後もこの世界に残りたいと申していたな。たしか、国王陛下への仕官が望みであったと思うが、無事に事が成就した暁には、私から陛下に大将軍の地位に推挙するぞ。どうか、この大任引き受けてくれまいか?」


「タナカさん!今の話、本当なんですか?」


いつからそこにいたのかわからない≪聖騎士≫ミノルが驚きの声を上げた。

同様のあまり、ぶかぶかの兜がずれる。

身体だけでなく頭も細いため、合うサイズのものが無かったのだ。


みのるくん、君には話していただろう。私は元の世界では、うだつのあがらないダメ社員だった。営業成績は悪く、もうリストラ寸前。妻は子供を連れて出て行ったし、人生に何の望みも見いだせていない状態だったんだ。それが、この異世界に来て人生をやり直すチャンスを貰った。私には、この魔王討伐の任務にすべてを賭ける覚悟があるんだ!」


「覚悟ねえ……。おい、イチロウ。いつまでその刃、俺に向けてるんだ?」


次の瞬間起こったことはその場にいる誰も、反応することはできなかった。


亀倉が素早く腰のフックから両手剣を外し、それを振りかぶると≪大剣豪≫イチロウの突き出していた支給品の刀を凄まじい剣撃で叩き折ったのだ。


「なんだと……」


刀を折られた当人はもちろんのこと、その場にいた誰もが唖然としていた。


「次の隊長が決まったみたいだし、俺はここで離脱させてもらう。元の世界にはもう戻れなくてもかまわない。もともと、人に使われるのは性に合わないんだ。あばよ……」


そのまま、くるりと背を向けると、怯えきった顔の兵士たちをかき分け、亀倉は何処かに去っていってしまった。


「あっ、オレ、探して戻る様に説得してくるっす!」


「私も手伝います」


ケンジがそう言って駆け出すと、ヒマリも慌ててそれに続いた。


その二人の遠ざかっていく背を≪聖女≫サユリは追おうとしたが、一歩が踏み出せず、その場に立ち尽くしてしまった。

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