第78話 小野くんの最後

北の国境。

それは現在、魔王領と呼ばれる旧ゴーダ王国とゼーフェルト王国との境であり、その周辺地域は長引く戦いで人の住まぬ荒地になっていた。

王都周辺では見かけないような強い魔物が出没するようになり、その境を一歩でも越えようものならば、すぐさま襲撃してくるのだ。


≪魔戦士≫ヒデオこと亀倉英雄かめくら ひでおが率いる魔王討伐隊は、魔物たちの襲撃を受け、敗北し、国境が見える高台に位置する放棄された古い砦跡まで撤退を余儀なくされてしまった。



「小野くん、死ぬな!しっかりしろ。≪聖女≫サユリ、何をやってるんだ。はやく彼の傷を治してやってくれたまえ」


「さっきからやってるでしょ!でも、駄目。腕だって捥げちゃってるし、私の≪回復ヒール≫じゃ、こんな胴体の深い傷、塞げない。それに、魔法の効果がなぜか出ないのよ」


≪聖女≫サユリが、青筋を立てて怒鳴る≪大剣豪≫イチロウを涙を浮かべた目で睨む。


「駄目じゃない!やるんだ。負傷者の回復は、君の仕事だろう? ≪聖騎士≫ミノルはどこに行った。たしかあいつも回復魔法を使えるんだよな?」


「ミノルの奴なら、さっきまで物陰で、ひどく吐いていたけど……。俺、近くを探してきます」


≪大盗賊≫の職業クラスを持つケンジが、そう言うと素早く立上り、この場を去っていった。


「……ここは……?」


「お、小野くん、よかった。気が付いたんだね」


「寒い……。それに何も見えない……よ。みんな、……どこにいるの?」


「何も見えないのは、詠唱の暗記勉強のしすぎだよ。さっきも戦闘中に単語帳ばっかり見て、魔物の方を見て無かった。心配させやがって、今、その傷、サユリに治させるからもう少し頑張るんだ」


「そ、そうよ。回復魔法と違って、攻撃魔法の詠唱って、クソ長いし、あんた、一発しか撃ってなかったじゃない。しかも全然効いてなかったし……」


「寒い……、それに、ここは暗い。誰も……いない……」


小野くん、または≪大魔道士≫コウイチと呼ばれていた若者はその言葉を最後に事切ことぎれた。

元の世界では三浪をしながらも、最高学府と呼ばれる大学を目指し続けたこころざし高き魂の持ち主であったが、この異世界に来てからは、魔法を極めるべく、様々な呪文の詠唱を丸暗記することに情熱を燃やした。

それでも覚えきれずに、単語帳を自作し、それを実戦で唱えながら魔法を発動しようと努力していた。


享年二十一歳。

地元でのあだ名は「ベンゾウ」だったらしい。




「コウイチのやつ……助からなかったのか」


皆を逃がすために殿しんがりを一人で務めた亀倉英雄が、血塗れの状態で戻って来た。


≪大魔道士≫コウイチ囲み、涙にくれる面々であったが、一斉に顔を上げた。


「亀倉さん! 無事だったんすね。その血、亀倉さんのじゃないっすよね。大丈夫すか?」


ケンジが駆け寄ってきたが、亀倉は「大丈夫だ」と一声かけて、瓦礫の上にドカッと腰を下ろした。


ケンジが言った通り、全身を染める赤黒い血は、襲ってきた獣人たちの血だ。

あちこち痛むが、ほとんどかすり傷で重症ではない。


しかし、疲労困憊の状態であったため、緊張が解けて、腰が抜けたようになってしまったのだ。

立てと言われても、もうしばらくは無理そうだった。


「コウイチ以外は全員無事だったのか?」


「いや、セツコ婆さんは別の方向に逃げて行ってしまったみたいで、行方不明だ。夜が明けたらワシが探しに行く予定だ」


≪格闘王≫カツゾウ・アオヤマが皆を代表して答えた。


≪聖女≫サユリが進んでやって来て、亀倉の背に手を当てると≪回復ヒール≫を唱え始めた。

傷みが和らぎ、少し元気が湧いてくるのを亀倉は感じた。


「少し痴ほうの症状が出てたからな。今後は誰かが注意してみてやらないとな」


目を閉じ、うなだれたまま亀倉は言った。

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