第77話 勇者の資質

「なるほど、実に興味深い話だった。この話が真実であるならば、リーザイア滅亡の真相にまた一歩近付けた気がするよ」


カミーロは、俺を介して聞いたラバンタール公爵の話を一言一句もらさずに手帳に書き留め、何度も頷いた。


「それにしても、ここにラバンタール公爵がいたのであれば、私も言葉を交わしてみたかった。なぜ、君にだけ姿が見え、言葉も聞くことができたのだろう?」


「……さあ、なんでかな~。おかしいな~。こ、心が一番、綺麗だったからかな」


「わかった~! 童貞だからじゃない?」


「ど、ど、童貞ちゃうわ!それに、その理屈で言ったらラウラにも見えるはずだろ。それとも処女じゃないの?」


「そっか、それもそうだよね。私もテレシアも処女だから、それはないか。でも、処女は駄目で、童貞限定とかいう縛りならあり得るんじゃない?」


アレサンドラや他の複数の女性と肉体関係にあった俺は、本当は童貞ではないのだが、セーブポインターであることを明かすわけにはいかず、童貞だと誤解されるかもしれないがそういうことにしておこう。


つい動揺してしまったが、そう思われたところで別に問題は無いことは童貞喪失した時に悟ったことだ。


別にエッチを経験済みになったからといって、自分自身、何も変わるものなど無い。


「いや、その説はあり得ないよ。僕はこの年だが、まだ童貞だからね。僕は女性には興味が無いんだ」


さらっとカミーロが色々なことをカミングアウトしてきた。


「実は儂も、魔物との戦いと武芸に打ち込み過ぎて女性との経験は無い。婚期も逃したくらいだからな。儂とカミーロの目に見えなかったということは、おぬしだけに見えた理由が他にあるはずじゃ」


なぜか、ウォラ・ギネまで童貞であることを告白してきた。


この世界の人たちは、意外と童貞であることにコンプレックスを感じていないのかもしれない。


「ま、まあ、ラバンタール公爵が見えた理由なんてどうでもいいじゃない。そんなことより、この宝物庫をもっとよく調べよう。手付かずの状態で見つかったことだし、俺たち、億万長者じゃない?」


なんとか話題を変えるのに成功し、俺たちは宝物庫内のお宝の物色を再開した。


実際にこの場所に集められていた財貨は、公爵家の宝物庫の中身に相応しい内容だった。

カミーロによればこの屋敷は、リーザイア滞在のための別邸であると考えられていて、そのことを考慮に入れても庶民などには使いきれないほどの価値があるとのことだった。


今はもう失われた技法であるらしいが、特殊な魔法の効果が込められた武具やアイテムもたくさんあって、杖にしか興味が無いと思っていたウォラ・ギネでさえ、相好を崩していた。


俺たちはこの宝物庫の中身を一先ずカミーロが拠点にしている女神像の内部に運びこみ、その山分けの仕方について話し合うことになった。


まずはこの宝物庫の発見者である俺に優先権が与えられた。


俺が欲したのは、まずは≪魔法の鞄マジックバッグ≫だ。

これは、小さな物置小屋一つ分くらいの容量の物品を納めておくことができるという便利な鞄で、現存する物の数は少なく、市場には出回っていない冒険者垂涎の幻のアイテムだ。


解放コマンド≪どうぐ≫が使える俺にとっては不要のものだが、この能力を隠すために欲しいと思ったのだ。


何もない空中からアイテムを出したり、入れたりすると皆を驚かせてしまうことから、この≪魔法の鞄マジックバッグ≫を使っているのだという振りをするのに使える。

宝物庫の中に≪魔法の鞄マジックバッグ≫は三つあって、残る二つはカミーロとアレサンドラが所持することに決まった。


他に俺が選んだのは、≪防水≫、≪防臭≫、≪防護≫の魔法が込められたシックな感じの外套だ。

これだけの年月が経っているのに色あせていなかったし、見た目が何より気に入った。


武器や防具などもあったが、そちらの方は特に興味が無かったため、あとは金貨などの財物で受け取り、さっそくそれを≪魔法の鞄マジックバッグ≫に入れるふりをして、解放コマンド≪どうぐ≫のリストの中に記録セーブした。


残りのメンバーも各自満足できる分け前を貰い、歴史的価値がありそうな物や資料となるもの、そして美術品などの嵩張るものはカミーロに委ねた。


その日の夜は、古井戸の水底から発見されたというカミーロ秘蔵の瓶の古代酒を開けてもらい、それを皆で味わいながら大いに盛り上がった。

凝った料理などはなかったが、これまたカミーロが作ったという肉の塩漬けや乾酪、そして住処にしていた山小屋から持ち込んだ食糧などを酒の肴にした。



信仰上の理由から、相変わらずテレシアは酒に手を付けなかったが、それでも楽しそうにしていて、時折、俺の方を見つめていることにふと気が付いた。


「テレシア、さっきから俺の顔見てるけど、何か付いてる?」


突然の指摘に、テレシアはなぜか顔を赤らめ、周囲を一度見渡した。


ウォラ・ギネとカミーロはすっかり出来上がっていて、昔話に花を咲かせているし、アレサンドラはちょっとしたつまみを作ると言って少し離れた場所で何かしている。

ラウラは、少し飲み過ぎたのか、あるいは昼の作業の疲れがでたのか、床に横たわり、寝息を立てていた。


俺も結構酔っていたが、眠気などはまだない。

心地よい酩酊感が全身に広がっていて、楽しい気分だった。


「すいません。ジロジロ見ていたつもりは無いのですが、少しあなたのことが気になっていて……」


「えっ、それって俺のこと好きになっちゃったみたいな?」


「そ、そういう意味ではありません。私は女神リーザにその身を捧げた僧侶。異性にうつつを抜かすことなど有り得ませんし、私には勇者を探し出し、そのお方にお仕えするという使命があるのです」


「そうなんだ、残念!」


「残念……なのですか?」


「まあ、ほら、テレシアってかなり変わってるけど、美人だし……」


「美人? 私がですか」


テレシアは俺から目を逸らし、落ち着かない様子になった。


「そっか、やっぱり女神様一筋で、他のことにはあまり関心が無いんだね。街の通りを歩いていても、テレシアのことをじろじろ見てるような人いるし、そういう男の視線とかに気がついてないのかな。テレシアは結構モテると思うよ」


「け、汚らわしい。そのような品のない話はやめてください。私が気になっていると言ったのは、ユウヤさんの勇者としての資質についてです」


「勇者としての資質?」


「はい。勇者と呼ばれる人物は、得てしてその人生で多くの苦難と常人には起こり得ないような様々な奇跡、不思議な現象などを体験すると言われています。それが勇者として選ばれた人間の運命であるのだと考えられていますが、ユウヤさんを見ているとその素質があるのではないかと思えてきたのです」


「いや、ないでしょ。世の中を救いたいとか、そういう志もないし、それに俺って結構、普通じゃない? 勇者って感じじゃないと思うけどな」


「普通の人間が、古代の人間と話ができたりしますか? しかもそのラバンタール公爵という人は、貴方と話をした後、成仏したかのように消えていなくなってしまったのでしょう? まるで、おとぎ話のような出来事だと思いませんか」


まずいな。

聖雷セイクリッドサンダー≫とかいう魔法を使ったことで出てきた勇者疑惑がまた再燃してきたぞ。

俺は勇者ではなく、セーブポインターという≪職業クラス≫だから違うのに、なんでこういう方向に行くんだろう。


「先ほどの件だけではありません。ロブス山やバンゲロ村でも普通の依頼ではありえないような出来事が数多くあったように思われます。虫魔人との遭遇、魔物の異常繁殖、山中から空に放たれたとてつもない謎の光。なにか……貴方を取り巻くすべてが、貴方自身を勇者であると告げている。最近なぜか、そのように考えてしまうのです。それに加えて、貴方はその若さで驚くほどの強さを持っていますし、勇者を目指すにあたって、足りないのはその何事にも無関心な性根と志の低さだと思うのですが、どうでしょうか」


無関心な性根と志の低さ。

余計なお世話である。


「どうでしょうかって言われても、俺は勇者じゃないし、勇者を目指す気なんか毛頭ないよ。それにウォラ・ギネが言ってたじゃん。勇者とは、≪勇者≫の≪職業クラス≫を持つ者だって。無職ノークラスな時点で、俺にはその資格は無し。仕える勇者探すなら他を当たった方がいいよ。もっと、艶っぽい話かと思ったけど、違ったみたいね。もう夜も遅いし、そろそろお開きにしよう。テレシアも夜更かししないで早く寝た方がいいよ」


俺はその場から立ち上がると、他の皆に「お疲れっす。疲れたんで先に寝ます」と声をかけて、同じ階にある寝室用に決めた小部屋に向かった。


そして毛布にくるまり、横になって、やはり僧侶という人種は、変人ばかりだと改めて思った。


酒も恋も楽しまず、朝から晩まで女神さまだの、勇者様だの、そんなことばかり言っている。

僧侶を辞めたというカミーロでさえ、こんな瓦礫だらけの寂しい場所で一人コツコツと調査と研究に明け暮れている。


そんな人生、どちらも俺は嫌だな。


適度に刺激的で、生活に困らず、楽しいと思うことだけやっていたい。

色んな女の子とも恋愛したいし、この異世界各地の美味しいものや酒も存分に堪能してみたい。



あっ、そう言えば最近、セックスしてないな……。


俺は、毛布のぬくもりによって寝落ちする寸前に、ふとそう思った。


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