第76話 女神の絶望、そして怒り

今、目の前に、自分だけが見える裸のおっさんがいます。


そう頑なに主張する俺はすっかり痛い人間だと思われてしまったようだ。


「ユウヤ、きっと疲れてるんだよ。だから、そんな幻覚を……。カミーロさん、今日はもうこの辺にして、この宝物庫の調査は明日にしませんか」


アレサンドラたちは、まるで可哀そうな人を見るかのような顔で俺を見つめている。


「ラ、ラバンタール公爵! このおっさん、自分のことそう名乗ってるよ」


目の前のおっさんが、頷いている。


「ラバンタール公爵? ちょっと待って。ユウヤ君、そこにいる人物はラバンタール公爵だと言ってるのかい?」


その名前に覚えがあったのか、ようやくカミーロが話を聞いてくれそうな気配になった。


「ねえ、おっさん。他に何か、みんなを信用させれるようなこと知らない? このままだと俺が嘘ついてるみたいなことになっちゃうんだけど……」


「おお、そうだな。うむ、……そうだ!この宝物庫の隅に私の遺体があるはずだ。それを見れば信じてもらえるかも」


ラバンタール公爵は自ら宝物庫の隅に歩いて行き、俺を案内した。


ラバンタール公爵が指さした大きな宝箱の陰には、確かにうずくまった状態のミイラがあり、カミーロたちも先ほど少しだけ物色していた時にはわからなかったと驚いていた。


「でも、おかしいですわ。私たち僧侶は、不浄なる魂やアンデットの気配には誰よりも敏感なのですが、ここにはそうした気配は感じませんよ。幽霊ゴーストの類がここにいるとは……」


テレシアの言葉に、カミーロも頷く。


幽霊ゴーストの気配は僕も感じない。しかし、このリーザイアに詳しくない彼の口から、ラバンタール公爵の名が出てきたことからも嘘を言っているとは思えないんだ。ラバンタール公爵というのはこの時代で最も力を持っていた貴族で、謎の遷都をきっかけにその記述の一切が途絶えている人物なんだ。ゼーフェルト王国の建国記にも一切登場していない。隠れていた遺体も現にこうして、迷うことなくあっさり発見したわけだからね。そこに、その当人がいるという話、まんざらでもないかもしれない。ユウヤ君、そのラバンタール公爵とは話ができるんだよね? もっと何か詳しい話を聞いてみてくれないか」



カミーロに言われた通り、俺はラバンタール公爵と話をしてみることにした。


「おっさ……じゃなかった。ラバンタール公爵はどうしてこの宝物庫にいたの?見た感じ、透き通っているし、どうみても幽霊とかだよね。なにか無念なことがあって成仏できないとかそういう理由でもあるのかな」


「私は……幽霊ではない。厳密に言うとラバンタール公爵本人ですらないのかもしれないのだ」


「えっ、どういうこと?」


「私はラバンタール公爵の生前の無念や絶望、後悔などがこの場所に記録セーブされ、それが凝縮して本人同様の記憶と自我を持った思念体となって現れたものだ。自分はここにいる! 誰か、私を見つけてくれ!今際いまわの際の、強い叫びが、何処いずこかの神にでも届いたのであろうか。気が付いたらこの宝物庫に私は存在していて、この場所で悠久の時をただ無為に過ごすことになったのだ。あまりにも長い時間が経ち、記憶も朧げなのだが、そのことだけははっきりと覚えている」


セーブ……。

俺の職業クラスであるセーブポインターと何か関係があるのかな。

だから、俺にしか見えないし、その声も俺にしか聞こえないということなのだろうか。


「なるほどね。でもさ、さっきも聞いたけど、なんで裸なわけ? それにリーザイアの人々はこの都から出て行ったんだよね? なんでも女神さまの怒りに触れて、追い出されたって、そこにいるカミーロさんが言ってたよ」


「女神リーザの怒り……。たしかに我らは女神の逆鱗に触れ、このリーザイアから退去するように命じられた。だが、その期限として告げられた日よりも前に、突然、魔物たちがこの都市に溢れ出し、私のように逃げ遅れる者が出てしまった」


「そうなんだ。立ち退きの日みたいのがあったわけね」


「そうだ。その期日はまだだいぶ先で、あの日、私は、妻たちの目を盗み、この上にある書斎で給仕の娘と裸でハッスルしていたのだ。あとちょっとで、クライマックスという時に、突然、外から轟音が鳴り響き、屋敷の外からは人々の悲鳴や慌てふためく声が聞こえてきた。魔物が溢れ出てきたという信じられないような内容の声に、相手の娘は脱ぎ散らかした衣類を集めて、その場から一目散に逃げて行ったが、私にはその元気は無く、呼吸もかなり乱れていたために、隠し扉の下の宝物庫に身を隠し、すこし休憩しようと考えたのだ。そのすぐあとのことだった。出入口の扉の上に建物から崩れ落ちた瓦礫が載ってしまい、外に出られなくなってしまったというわけだ。私は、なんとか助けを呼ぼうと力尽きる直前まで、昼も夜も叫び続けた。だが、誰も来なかった。皆、私を見捨てて、このリーザイアから逃げて行ったのだ……」


「なんか、可愛そうだけど、自業自得なところはあるよね」


「おぬし、容赦ないな。だが、その根本的な部分では、その通りかもしれん。私は、国王を諫めきれず、結果、この国の民は、女神リーザの加護を失ってしまったのだからな」


ラバンタール公爵は自らの丸い太鼓腹をさすりながら、俯いた。


「なんで裸だったのかという謎は解けたけど、その……リーザだっけ? なんで、その女神さまを怒らせることになったの?」


「それは……。やはり話さなければならんな。後の世の者たちが苦難の道を歩むことになったであろう原因を誰かに告げずに、私一人の胸の中にしまい込んでおくのは耐えがたいこと。この罪は私一人で背負うには重すぎるのだ」


ラバンタール公爵はお腹の上で腕組みし、なにやら葛藤を始めた。

そして、いきなり掌をポンと打つと、にわかに表情を明るくした。


「おお、そうだ!今、なにか、……自分が何のためにここに取り残されていたのか思い出せた気がするぞ。私は時代の証人として、ここを訪れた選ばれし者に真実を明かすという使命を背負っていたのかもしれない。いいか、若人わこうどよ。この話をそなたの仲間や多くの人々に伝えてくれ。そして、二度と同じ過ちを繰り返さぬように警鐘を鳴らすのだ」


突然、なにか真面目なことを言い出したが、なんか話が長くなりそうだ。


「……我らの罪。それは女神様の目を欺き、その神々の持つ叡智の数々を盗もうとしたことだ。我が国、神聖リーザイア王国は、女神リーザが自ら治める、地上で最も栄華を誇った国であった。国王は、女神の意志を地上に反映させるための代行者であり、それを支える貴族たちの頂点に立つ私は、宰相の地位にあった。だが当時の国王は、怪しげな儀式や呪いなどに傾倒し、まつりごとにほとんど関心を示されなかった。不気味で得体の知れぬ者たちを傍近くに置き、その言を重用した。あの時もそうだった。女神リーザは複数の世界の調整者にして、この世界を留守にすることも多かったのだが、その不在を好機として、女神のこの世界での住まいである地下神殿に忍び込み、神の御業を為すための秘術の数々を盗み出そうと国王をそそのかした者がいたのだ。多忙な女神リーザに不満を持ち、その顔色を窺うのではなく、自分たちの力で更なる繁栄を成し遂げたいと考えた王は、その誘いにまんまと乗り、過ちを犯した」


「あれ? でも、それはあなたが諫めたんだよね」


「うむ、事前にその企みを知った私は、国王にそのようなことはやめるようにと言って聞かせた。だが、不覚にも国王は私の性格を熟知していて、前々から気になっていた女性を、私の使用人として与えても良いと約束してくださったのだ。女神リーザへの信仰と、性欲を天秤にかけた結果、私は黙認することにしてしまった……」


馬鹿すぎる。

結局、死の直前まで一緒にいた給仕がその意中の女性だったのだろう。


このリーザイアを滅びに導いた原因の一つが宰相の下半身問題だったとは……。


「国王たちは地下神殿からいくつかの秘術や奇跡に関する書物や神器などを盗むことに成功したが、相手はさすがに神だ。すぐにこの悪事は発覚してしまうことになる。よりにもよって神に対して窃盗を働くという人類の愚かさに絶望し、さらに怒りを爆発させた女神リーザは、このリーザイアに住む人間すべてを追放すると一方的に宣言したのだ。一年の猶予期間が与えられ、その期間内に都市を退出するようにという神託があったのだが、先ほど話したとおり、あの日、あの時、まだ二月ふたつき以上も期限が残っていたというのに、突然、王宮の地下から湧いて出た魔物たちによって、私はこの宝物庫に閉じ込められてしまった……」


「そして、そのまま死んじゃったと言うわけなんですね」


「そうだ。閉じ込められたという事実と、確実に訪れるであろう死の恐怖に私は錯乱しつつも、あの時、何としてもフレデリック王を断念させるべきであったと心から後悔したよ。そして、今も……。おお、偉大なる女神リーザよ。今、すべてを思い出しましたぞ。どうか、色欲に走った私をお許しください。私は永遠とも思える時の経過に耐え、セーブポインターに出会い、そして確かにあの日の事実を伝えました。与えられた使命は確かに果たしましたぞ。消滅することをお許しください……」


ラバンタール公爵はその場で両膝をつき、そして天を仰いだ。


ラバンタール公爵の全身が細かい光の粒子にほどけていき、その表情が恍惚としたものへと変わっていく。


「あっ、ちょっと待って! 勝手に成仏しないでよ。まだ話の途中……」


そう呼び掛けたが、ラバンタール公爵はその場にとどまることなく消えてしまった。


俺は、ついうっかりと成仏という言葉を使ってしまったが、本人の弁によれば、幽霊ではないそうだし、それは適切ではなかったかもしれなかった。

どちらかと言えば、果たすべきことを果たしたので、その役目を終えて消滅したという感じなのかもしれないが、そうであるとするならば、あのラバンタール公爵の話は俺にいったい何をもたらしたのだろう。


消える間際に、ラバンタール公爵は「セーブポインター」とはっきり言っていた。

セーブポインターである俺に、このリーザイアの滅亡に関する事実を伝えることが使命であったかのようなことを口走っていたが、あの話の中に、自分に関係がありそうな部分は全くなかったように思われた。


過去の王国がどうなろうと、よその世界から来た俺には全く関係ない。

現在のゼーフェルト王国ともかかわりを持たないつもりであるし、嫌になったら他の国に行けばいいというぐらいに考えていたのだ。


それに、俺がこのリーザイアを訪れ、この地下宝物庫を発見したのはまったくただの偶然のはずだ。

それなのにこの場所で、気が遠くなるような年月、セーブポインターを待ち続けているなんて、そんな馬鹿げた話があるのだろうか。


ラバンタール公爵に使命を与えた女神リーザとセーブポインター。


この両者の関係も謎だ。


俺をこの異世界に召喚したのが女神リーザの力によるものであるなら、この力を俺に与えたのも同様であると考えるのが自然だ。

しかし、そうであるならば、こんな回りくどい真似までして、ラバンタール公爵のよくわからない話を聞かせたのはなぜだろう。


女神リーザは、この俺というより、セーブポインターにいったいどうしてほしいんだろうか。





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