第73話 無関心な俺

カミーロが一冊のノートのような片綴じの紙束を持ってきた。

かなり古いもののようで傷みがひどく、変色していたが、装丁もきちんとなされている。


「これは、 滅亡前のリーザイアに住んでいたとある大貴族の夫人が書き残したものだ。もう二十年以上、いやもっと前のことになるかな。かつて、僕ら≪世界を救う者たち≫が、勇者マーティンの修行に付き合って、この地を訪れた際に偶然発見したものだ。僕がこのリーザイアに興味を持ったきっかけであり、おのれの信仰に疑念を抱くことになった原因になったものだ」


カミーロはテーブルの上にその手記をのせると、終わりの方のページを開いて、皆に見せてくれた。


そこで使われていた文字は、この異世界で広く使われているものと同じで、俺にも理解できるものだった。

当然、日本語などではなく、この異世界に無理矢理連れてこられた時から、自然と理解できるようになっていた言語だった。


とある貴族の夫人が、日々に起こったことなどを感想を交えて書き記しており、雑記のような形式であった。


「このページからは、リーザイア滅亡までの数か月間に何があったのかが記されている。ほら、ここだ。女神リーザの怒りを買い、すべての住民がこの地を離れることになったと書いてある。なぜ女神を怒らせてしまったのか、そしてこの後、一体何があったのかは、ある日を境に記述が途切れているため、この手記からは、わからないが、とにかく住民たちはゼーフェルト王フレデリックに従い、新たな都を築くための土地を求めてこのリーザイアを出たようだ。手記の作者であるこの夫人の伴侶とともに荷造りや出立のための準備をしていた様子が書かれている。どうやら一族総出でこの都市を離れたようだね」


「ゼーフェルト王国の建国の祖フレデリックは、女神リーザにより選ばれし英雄。勇者の中の勇者。世の闇を祓い、平和をもたらした功績により、王の都たる≪王都≫を築くことを許され、子々孫々末代までこの土地を支配することを認められたというのがリーザ教団に伝わる歴史であったはず。英雄王フレデリックを支えた初代大神官が、のちにリーザ教団を立ち上げ、王家を支えるとともにその権威を女神リーザから授かったその証人たる存在になったのだと……」


「そう、それはこの国の国民であれば皆そう記憶しているはずだ。リーザ教団の教えは広く人々に浸透しているからね。王家の支配の正当性、教団の教義に疑いを持つ者などほとんどいないはずだ。だが、僕たちは違った。この廃墟都市リーザイアで修業をしつつ、この場所の探索を進めるうちに、様々な発見から歴史の真実に向き合わされることになったんだ。魔物たちの発生源が、王宮の地下深くにあることを突き止め、そこを調べていくうちに僕の中の教団への忠義と信仰は少しずつ死んでいった。知りたくなかった多くの事実が明らかになっていったんだ」


カミーロの話に、テレシアは困惑し、その他の皆も驚きを隠せない様子であったが、俺は話を聞くうちに飽きてきた。


もともと、この異世界の住人ではない俺にとっては、ゼーフェルト王国の成り立ちなどそれほど関心も無いし、こういう建国にまつわる伝説や言い伝えのほとんどは権威付けのための捏造であることなどよくあることなのではないだろうか。


過去や成り立ちがどうであれ、今の世にはそれほど関係が無い。

普通に面白おかしく暮らせれば、そんなこと俺には別にどうだっていいのだ。


興味が無い俺がこの議論に参加しても意味がなさそうだし、ちょっと席をはずそうかな。


「とりあえずここが、今の王都の前の都だったって言うのはわかったからさ。まだ昼を過ぎたばかりだし、俺ちょっとこの周り見てこようかな?」


そういって席を立った俺に、少しずつ退屈そうになってきていたラウラ以外の一同は少し呆れたような顔をしたが、カミーロが場の空気を読んで咳払いを一度すると「すまない。つい話が長くなってしまったようだね」と頭を掻いた。


「悪い癖が出てしまった。一人で住んでいるとどうしても、誰かに聞いてほしくて、つい話し込んでしまうね。このリーザイアの歴史については、調査を進めながら、おいおい少しずつ明かしていくことにしよう。言葉でだけ聞かされてもいまいち信じられないだろうからね」


「いや、そういうわけじゃ……」


どうやら無関心な俺の態度は、カミーロの長話に対する抗議と受け止められてしまったようだった。


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