第72話 虚構の歴史

子供の頃からそうだけど、俺は自分の前で誰かが喧嘩したり、言い争ったりするのを見るのが好きではなかった。

それは、自分に関わりのない他人によるものでも同様で、あの感情剥き出しの殺伐とした雰囲気がどうにも苦手みたいだ。


パーティ内に突如生じた修羅場に嫌気がさした俺は、仕方なく≪ぼうけんのしょ1≫の「物置小屋の片隅で、ぼっち」をロードすることにした。


それは、ラウラから勇気の告白を受ける前の状況に戻るというわけで、行動をそのまま再現すれば、同じような展開にはなると思う。


でも、あの瞬間に感じたドキドキと興奮まで再現するのは不可能で、きっと二人の恋愛を育てるための起爆剤としては少し弱くなってしまう。


ラウラとはもうちょっと別の付き合うきっかけを待とう。

そう考えた俺はあえて、ラウラがやってくる前に物置小屋を出て、逆にアレサンドラたち女子がいる母屋の空き部屋の方に向かった。


「なんか、暇だし、寝れないんだけど……」と酒壺とちょっとしたつまみを持っていくと、彼女たちはまだ起きていた。

ラウラはどこかに行くところだったのか、立ち上がっていたが、俺の顔を見るとまたその場に座り込んだ。



翌日、廃墟都市リーザイアに予定通り向かい、魔法の詠唱が不要であった事実をテレシアたちが驚くくだりを他人事のような顔で眺めつつ、会話には加わらないでやり過ごした。


一度体験したことをもう一度繰り返さなければならないのは本当に退屈で、最近は苦痛になってきていた。

相手が何を言うのかわかっているのに、それに驚いたり、相槌を打たなければならないのはとても面倒だし、どんな動きをしてくるのかわかる魔物ともう一度戦うのは作業ゲー感があって、何だか退屈だ。


女神リーザを信仰していなくても神聖魔法が使えるという事実に、卒倒してしまったテレシアが目を覚ました後、俺たちはこの日の目標であった女神像の足元にまで到達することができた。


「アル・ビアラ・ロカーサ……、アンテ」


女神像の地面にまで届いている長いスカートの左側面の部分にカミーロが手で触れ、不思議な呪文とも合言葉ともとれる何かを唱えるとそこに突然、扉が出現した。


カミーロはその扉を開けると、皆の方を振り返り、「さあ、中に入って」と穏やかな調子の声で言った。


このカミーロが、無かったことにしたあの修羅場の時のような発言や行動をした人物とは、未だに信じられない。

大人しそうな態度と柔和な表情の下に、勇者マーティンの死に対する狂おしいほどの後悔と執着を今も秘め続けていると思うと、カミーロとの付き合い方を改めて注意しなければと俺は気を引き締めた。


俺は勇者ではないが、セーブポインターが使える魔法には、そうであると誤解させてしまうものがあるということが分かったので、これまで通り、魔法を使えないという設定を演じ続けるのが賢明だろう。


俺は勇者マーティンの代わりにはなれないし、こんなむさ苦しいおっさんに四六時中、張り付かれるようになってはたまらない。



女神像の内部は、カミーロの言葉通り、ちゃんと建物のようになっていて、想像以上に広かった。


「うわ~、すごーい。この女神像って、都市の入り口で巡礼者の人たちが拝んでいたあれだよね。中に入れるなんて、びっくり~」


ラウラが高い天井を見上げながら両手を広げ、くるくると回って見せながら、感激の声を上げた。


「このフロアは倉庫代わりに使っている。僕がいつも調査の拠点に使っているのはこのひとつ上の階だ。この女神像には魔物は近寄れないし、安全だから、安心して夜を過ごすことができる。出入口もあの合言葉を知らない人間には決して開けられる心配はないし、ここは長年僕一人で独占しているんだ。家具や物資も少しずつ運び入れていてね、水と食料さえ手に入ればここに住むことさえ可能な状態だと思うよ」


俺たちは多くの木箱や袋が積んである壁際を眺めつつ、その奥にある螺旋階段を上った。


階段を上った先は、カミーロの言葉通り、かなり手が加えられていて、居住スペースと研究のための設備が兼ねられたようなフロアになっていた。

手前側は、机や椅子、テーブルなどの家具が置かれ、奥の方には書物が収められたたくさんの本棚と運び込まれたらしい様々な発掘物が置かれている。

「散らかっていて、お恥ずかしい」とカミーロは言っていたが、物置小屋同様にとても整理整頓が行き届いていて、彼の几帳面な性格がうかがえるものだった。


俺たちは、まだ広さに余裕があるこのフロアの一画に荷物を降ろし、食事を取りながら、今後の活動についての相談をした。


「師匠、俺たちは結局、このリーザイアで何をすればいいんですか?」


「うむ、基本的にはこの女神像を拠点にして、このカミーロの調査を手伝いつつ、おぬしらに修行させようと思っておる。ラウラとテレシアはまず魔法の即時発動ができるようにならんと、まるで役に立たぬし、アレサンドラはいい加減にその大剣に見切りをつける時が来たのかもな。その大剣は、もはや完全におぬしから心が離れてしまっている。この廃墟都市で新たな武器を探すのもいいかもしれぬな」


「えっ、ここって武器屋とかあるの?」


「ははっ、そんなものあるわけはなかろう。だが、このリーザイアにはごくまれに当時使われていた武器や道具なども見つかることがある。今の時代では作り出せぬような逸品や掘り出し物がな。このリーザイアの謎を解き明かすのに必要ではない物は、儂らのものにしていいと、昨晩、カミーロの了解も得た」


「つまり、俺たちはお宝探しをしつつ、魔物相手に修行するみたいな感じなんだ」


「そういうことになるな。そして、ある程度、各自のレベルが上がり、実力がついたと儂が判断したら、このリーザイアに来た本当の目的……魔宮の探索を始めようと思う」


「魔宮の探索?」


いつになく真剣な顔のウォラ・ギネの様子に、一同も自然と表情が引き締まる。


「それについては、僕から説明しよう」


カミーロが口を開くと、ウォラ・ギネは彼の方を見て、無言でうなずいてみせた。


「この女神像の背後、奥深くにこのゼーフェルト王国の当時の王宮がある。その王宮……」


「ちょ、ちょっと待ってください。いきなり話の腰を折ってしまって申し訳ないのですが、その話、本当なのですか。 リーザイアはすでに滅びた伝説の古代王国の都があった場所だったはずでは……? それに、この国の長い歴史の中で遷都したなどという話は聞いたことが……」


テレシアが慌てた様子でカミーロに抗議した。

ラウラもアレサンドラも同じことを疑問に感じていたようで、それに同調した。


「まあ、そういう反応をするのは当然だろうね。かつて、この僕も君たちと同じように考えていたのだから。いいかい? 君たちの頭の中にある常識はこの際、捨ててもらうことになる。なぜなら、この国の建国にまつわる言い伝え、そしてリーザ教団が教えている歴史のすべてが、虚構によるものだからだ」











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