第66話 運命の王子様

元高位僧侶のカミーロが淹れてくれた焙煎豆茶なるものを御馳走になりながら、俺たちは改めて自己紹介をし合い、廃墟都市リーザイアの探索を開始するにあたって必要な準備や役割分担などの話し合いをした。


話し合いと言っても、カミーロとウォラ・ギネがプランの大半をさくっと決めてしまって、俺たちルーキーは、二人のレジェンドが話し合うのを、ほとんど黙って聞いているだけだった。


このカミーロという人は≪世界を救う者たち≫が解散した後、この地に移り住み、廃墟都市リーザイアの研究をずっと独りで続けているらしく、ウォラ・ギネに言わせると彼以上にこの場所に詳しい者はいないのだとか。


そういう第一人者に対して、俺のような門外漢が付け加えるべきことなど何もない。

大人しく指示に従うだけだ。


「まあ、あれこれ説明するよりもその目で見てもらった方が早い。今日は入念に準備をして、明日現地で説明するよ」


話し合いを終えた俺たちはリーザイアに持ち込む資材や道具などの準備を手伝い、明日の出発に備えて、その日は早めに休むことにした。


テレシア、ラウラ、アレサンドラの女性陣は、客人用の空き部屋に、俺とウォラ・ギネは物置小屋に泊まることになった。

夕食後、それぞれの寝床に向かう。



ウォラ・ギネはどうやら、カミーロと積もる話を肴に酒を酌み交わしているらしく、俺は束の間、一人になることができた。


よし、廃墟都市リーザイアに向かう前にここでセーブしておこう。


今日は、これまで俺がセーブをしてこなかった日らしく、そのことを昨日、記帳所セーブポイントの妖精から教えてもらっていた。


人生を城門前からやり直した日から、一応この場所には毎日通い、セーブできる日の訪れを確認していたのだ。



「セーブポインターよ。よくぞ参った。吾輩は、記帳所セーブポイントの妖精、名前は、……まだない」


知ってるよ。

早く思い出せると良いね。


「妖精の爺さん、今日はセーブできる日なんだよね?」


「ああ、昨日も言ったであろう。しかし、何番の≪ぼうけんのしょ≫にセーブするのだ? 一度消してしまった記録は二度と復活させることはできんぞ。選択は慎重にな」


わかってる。

≪三番≫を消してしまったら、二度と最初からやり直すことができなくなってしまうし、これはずっと残しておくべき記録だ。

≪二番≫は、アレサンドラとやり直す可能性は無いからもう使うことも無い記録だろうけど、≪一番≫よりはマシな状況だ。


≪一番≫は俺の人生の最悪期であり、黒歴史だ。

もう、当時のことは思い出したくない。



ぼうけんのしょ1 「愛人同士が喧嘩する前で」

→「物置小屋の片隅で、ぼっち」


ぼうけんのしょ2 「ヒモ野郎、彼女に寄生する」

ぼうけんのしょ3 「はじまり、そして追放」



俺は冒険の書の≪一番≫に上書きし、記帳所セーブポイントの部屋を出た。


さてと暇だし、何するかな。


この異世界に来てもっとも不満なのは、こうした一人の時間がとてつもなく暇なことだ。

漫画とかもないし、スマホの動画を見たりもできない。


独りエッチしてて、ウォラ・ギネが戻ってきたら死にたくなるし、参ったな。


よし、酒でも飲んで先に寝よう。


俺はコマンド≪どうぐ≫のリストから、蒸留酒の酒壺と杯、それと水を出し、ぬるい水割りを作って飲み始めた。


氷も用意しておくんだったなと後悔しつつ、室内を眺めると、どうやら廃墟都市リーザイアで見つけたものらしい様々な骨董品の類や遺物の数々が整理されて棚などに納められている。


なるほど、こんな感じの物が発見できるなら、アレサンドラが喜びそうな金目のものも見つかるかもしれないな。


アレサンドラ……。


ちょっと筋肉質だけど、そこがセクシーで、最高だったな。

あちこちで浮気とかしちゃったけど、アレサンドラが過去一で素晴らしい女性だった。


俺はアレサンドラとの熱い夜を思い出し、思わず股間を押さえてしまう。


「やっほー。暇してる?」


突然、背後からラウラの声が聞こえた。


慌てて振り返ると物置小屋の戸が開いていて、ラウラがこっちを覗き込んでいた。

旅装を解いた軽装で、ほとんど下着同然の格好だった。


「えへへ、来ちゃった」


ラウラは無警戒に俺に抱きついてきて、上目遣いで俺を見た。


「ラウラ、まずいよ。アレサンドラたちにバレたらまた怒られるよ」


「え~、心配性!トイレタイムって言ってきたから、少しぐらいなら大丈夫だよ。いつもみんなでいる時間が長いから、なかなか二人きりで話できないし、ユウヤも寂しかったでしょ?」


「……まあね」


「……あれ? お酒臭い。ひょっとしてお酒飲んでた?」


「ああ、ごめん。これ飲んで寝ようと思ってた」


「ちょっと、わたしにもちょうだい」


ラウラは木箱の上に置いていた杯を手に持つと、その残った中身を一気に飲み干した。


おいおい、酒の匂いなんかさせちゃったら、アレサンドラたちにバレるんじゃ……。


「うげっ、美味しくない。よくこんなの飲めるね。でも、カーッときて、なんか勇気が湧いてくるね」


「勇気?」


いきなりラウラが俺に再び抱きつき押し倒してきた。


「……エッチ。ここ固くなってるよ」


ラウラが馬乗りになり、柔らかいお尻に当たっている俺の下半身の状態を指摘した。


やばい。

アレサンドラの裸身を思い出して、反応しちゃってたんだった。


「ユウヤ、わたしの気持ちに気がついてるよね?」


「な、なんのことかな……」


「わたしね。ユウヤのこと、けっこう好きみたい」


「そうなんだ……」


「ユウヤはわたしのこと好き?」


「好き……かもしれない」


「ほんとう!? うれしい!わたしねー、あの気もち悪い虫たちにおそわれた時に助けてもらって、それからずっと、あなたのことばっかり考えてる。ううん、ちがう。ほんとうは、はじめて会った時に運命の王子様かもって予感がしてたんだー」


そうなの?

俺はとくにそういう感じはしてなかったけど、最近少しずつかわいいなとは思い始めてた。


「ねえ、わたしたち、こっそり付き合っちゃわない? まずはお試しでっていうか」


「……いいよ。俺もラウラのことが気になってたし……。でも、パーティのみんなにバレたら、気まずく……」


その先を言うことはできずにラウラの小さくて柔らかい唇が俺の口を塞いできた。

ラウラの甘い体臭に脳を蕩かされ、俺もラウラの華奢な体を思わず抱きしめてしまう。

ほろ酔いだったこともあって、なんか理性がだんだん麻痺してきた。


このまま、快楽に身を委ねてしまおうかと考えていると突然、遠くからバタバタと足音が聞こえてきた。


「や、やばいっ」


俺は慌てて跳ね起きるとラウラから離れた。


「まったく、油断も隙も無い。ラウラ、遅いと思ったらやっぱりここでしたわね」


肩で息をしてやって来たのはテレシアと、そしてアレサンドラだった。


「違う、違う。特に何もないよ。ラウラは今来たところだよ。俺がひとり寂しいんじゃないかと思って、覗きに来たんだって。そ、そうだ!お酒あるけど、テレシアたちも飲む?」


俺はしどろもどろになりながら、なんとかその場をごまかした。



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