第64話 俺の心

ウォラ・ギネの発案で冒険の旅に出た俺たちだったが、この旅がどこへ向かう旅なのか、目的地は教えてもらえていなかった。


本格的な旅は初めてだというテレシアとラウラは相変わらず呑気にしているが、

計画的に物事を進めたいタイプのアレサンドラはこのことに不満と不安を抱えているようで、ときどきこっそり俺にこぼしてきた。


アレサンドラの考えを代弁するつもりはなかったが、王都を出て、街道を西に進み、分かれ道で北上し始めると俺もさすがに気になってきてウォラ・ギネに詰め寄ってしまった。


北の方向と言えば、そのはるか先には魔王の支配圏があるし、その影響で魔物の動きも活発化していると耳にしていたからだ。


魔王とかいう奴には関わりたくないし、俺と一緒に連れてこられた他の異世界勇者たちとも別の道を行くと決めている。


アレサンドラの商売を手伝っていた時も王都の北エリアは営業圏外だった。


「ふむ、仕方ないのう。本当は着いてからのお楽しみにしたかったのだが、聞いて驚くなよ。儂らが向かっておるのは、リーザイアだ」


「リ、リーザイアですか?」


もっとも大きな反応を示したのは、テレシアだった。

他の二人も驚いた表情をしており、どうやら知らないのは俺だけのようだった。


ウォラ・ギネは三人の反応に満足そうな笑みを浮かべ、髭を撫でた。


「リーザイアって何? テレシアは知ってるの?」


「知ってるも何も、女神リーザを信奉する者にとっては三大聖地に数えられるほどの有名な場所ですわ。ユウヤさんは、女神リーザを信仰しておられないのですか?」


まずい。

余計な質問をしないで黙って聞いているんだった。

ここで、ノーと言ったら多分、異教徒扱いとかされてしまうんだろう。


「いや、信じてるよ。あ、当たり前じゃないか。でも、前にも言ったように俺、頭を強く打ったことがあってさ、そういう常識みたいなものが抜け落ちちゃったと言うか……」


「そうでしたわよね。いいでしょう。私がお教えいたします。迷える子羊を正しき道に戻して差し上げるのも女神リーザに仕える僧侶たる私の役目。リーザイアとは、かつてこの地に存在したという古代王国の都があった場所です。独自の魔法技術と女神リーザの加護によりとても繫栄していたのだと後世に伝わっておりますが、それも今は昔、今は寂しい廃墟と化してしまっている場所なのですわ。都市の中心にある巨大な女神像を一目見ようと巡礼者が後を絶たぬ聖地なのですが、残念なことに、それを遠くから拝むことしかできない禁足地ともなっているのです」


「なんで? 女神像が老朽化で崩れそうで危ないからとか?」


「いえ、そうではありません。今のリーザイアには多くの魔物が住み着いてしまっており、一般の信者が足を踏み入れようものなら、すぐに命を落としかねない危険な場所と化してしまっているのです」


「領内にそんな場所があったら危ないじゃん。なんで放置しているわけ?」


「リーザイアに住み着いた魔物は都市の廃墟の外には決して出てきたりしませんし、外から見物している信者たちを見ても襲ってきたりもしません。古くからの言い伝えでは、リーザイアの都市全体には、女神さまの強力な結界が張られていて、その中にいる魔物はそこから外に出ることができないのだとされています」


「そんなことは無いんじゃないかな。だって、その魔物はいったい何を食べて生きてるわけ? 共食いとかじゃないよね。しかも、外に出てないかずっと見張っているわけではないんでしょ。テレシアだって、人伝に知ってるだけで、そこに行ったことは無いんでしょ?」


「それは……」


俺の素朴な質問に思わず言葉に詰まった様子のテレシアに代わり、ウォラ・ギネが口を開いた。


「テレシアが説明したことは事実だ。そこにいる魔物たちはリーザイアの外には出てこない。人間の出入りは自由だが、あそこの魔物はあの土地を離れられんようなのだ。儂がかつてこの目で見たのだから間違いない。リーザイアはここから北西に向かって、三日ほど行った場所にあるが、国境からは離れておって、戦火に巻き込まれる可能性はほとんどない」


「それなら、まあいいや。で、なんでそんな危ない場所を目指しているわけ?」


「うむ、理由はいくつかあるが、最大の目的はお前たちにこの世の真実の、ほんの一端を見せてやろうと思ってな。そうすれば、女神リーザがどうのだとか、勇者がどうのだとか少しは言わなくなるであろうと思ってな。リーザイアにはその時代の遺物など金目のものが見つかることもあるし、アレサンドラの目的も叶う」


「わたしのイケメン王子様は~?」


「イケメンかどうかはわからんが、儂の古い知り合いを途中で訪ねるつもりだから、紹介してやってもいいぞ。歳は五十前だが、独身だ」


「え~、オジサンはパス!それだったら、わたしはユウヤがいいなあ~」


「えっ、俺?」


隙ありとばかりに俺の懐にラウラが飛び込んできて、抱き着いて来た。


最近こうしたボディタッチが増えてきた気がするが、ラウラって、ひょっとして俺に気がある?


「ラウラ! 真面目な話をしてるんだぞ。それにユウヤも鼻の下伸ばしてないで、自分の意見を言ったらどうだ? 」


ジャレついてくるラウラがかわいく思えて、もう少しこうしていたい気もしたが、他の目もあったのでやんわりと引き離す。


この調子なら、二人っきりになった時に気持ちを確かめてみてもいいかもな……。


「ああ、なんだっけ? そうだ、リーザイア行きの件だよね。別に魔王の居場所を目指しているとかじゃないなら、俺はどっちでもいいよ」


「……ユウヤはいつもそれだよね。自分の考えは無いの?」


突然の、怒ったようなアレサンドラの指摘に、場が静まり返る。


「どっちでもいいっていうのもれっきとした自分の考えだと思うけど……」


「そういうことを言ってるんじゃない。行きたいのか、行きたくないのか。ユウヤの心がどっち向いてるのか分からないって言ってるんだよ!」


いや、困ったな。

本当にどっちでもいいんだが、何と言えばわかってもらえるのだろう。


別のセーブデータの展開で、アレサンドラと付き合っていた時にはこんなこと言われたことなかったし、俺が初めて本音を打ち明けた時が破局の時だった。


「……ごめん。でも本当に分からないんだよ。何回も言うけど、俺はみんなと違ってこの世界のことに詳しくない。さっきみたいにテレシアから説明を受けてもなんとなくしかわからないし、だからこそ自分の目や耳で実際にこの世界を知ることができるみんなとの旅は楽しいとは思っている。あのロブス山での依頼みたいに、みんなの命が危険に晒されることが無いのであれば行ってみたい気もするけど、そうじゃないなら反対だ。これでいいかな?」


なんかパーティ内の雰囲気が少しギクシャクしてしまったが、今の俺が言えるのはこれが精一杯だった。


この先、誰と、どんなに仲良くなったとしても、俺が異世界から来たことは秘密にしておきたいし、セーブポインターの力も明かすわけにはいかない。


この異世界で、普通の幸せな人生を歩むためにはそれが必要だと俺は考えていた。


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