第61話 召喚の秘儀

ゼーフェルト王国の国王パウル四世は、暗く湿った石の階段を下り続けていた。

供も連れず、自らの手に持った灯りだけをたよりにして、黙々と足を運んでいた。


そこは王城の地下深く、当代の国王しか足を踏み入れることのできない禁忌の場所だった。

パウル四世さえも、この場所を訪れたのはまだであり、極度の緊張でその身の震えを押さえることはできなかった。


地下への階段を降りた先は、もはやいつ作られたのかわからないほどに古い神殿だった。

祭壇に祀られているのは女神リーザの神像だ。

この国の守護神にして、世界創世の女神であるとされている。


この地下神殿が造られたのは、おそらくこの城が築城された頃であろうと口伝にて代々伝えられていたが、それほどの年月が経っているにもかかわらず、この場所は清浄に保たれていて、ここに至る階段のような黴臭かびくささは無い。


パウル四世は懐から、ある巻物を取り出すとそれを広げ、リーザ像の前の祭壇に置いた。

その巻物には百にも及ぶ名前と血判が並んでおり、その中央には怪しげな図形とも絵ともとれる何かが描かれていた。


「……偉大なる女神リーザよ。高祖王との血の盟により、我が求めに応じたまえ!」


パウル四世が高らかにそう呼び掛けると、祭壇の奥のリーザ像の目が禍々しく光る。


ただならぬ気配がこの空間に満ちて、パウル四世は思わず息を呑んだ。


『フレデリック王の血を引く者よ。我は女神リーザ。我になにか用か?』


それは野太く男のような声で、何度聞いても本当に女神なのかと疑ってしまうが、そういう声の女もいないわけではないとパウル四世は自ら言い聞かせた。


「は、はい。まずはこの間、執り行われた≪強化異世界人召喚くじガチャの秘儀≫のお礼を申し上げます。残念ながら、10連くじで、ひとつは大ハズレで、残りはまあそれなりという感じでした。爆死と言えなくもない結果でございましたが、とりあえず魔王を始末させるべく、旅立たせることにいたしました」


「爆死……だと? 妙であるな。供物1000人の大口取引ゆえに、特別にピックアップ確定の加護を設定に付け加えておいたはずだが……。まあ、何かの手違いがあったのであろう。いかなる者が、いかなる力を得て、この世界にやって来るかは我にもわからぬ。まさに運次第であるからな……」


「それはもう十分に理解しております。この結果はひとえに己の運の無さ」


「それで、今回はいったい何の用だ? 下界と接触できる時間は限られているのだ。はやく用件を言え」


女神リーザはどこかそわそわした様子でパウル四世を急かした。


「はい。実はお願いがあって参りました。その……、追加でもう一回だけ≪強化異世界人召喚くじガチャの秘儀≫をさせてはいただけないでしょうか。地上ではもうその準備を整えさせております」


「パウル四世よ。忘れたのか。この秘儀は、私にとっても非常に危険を伴うので、頻繁にはできぬと……」


「ぞ、存じ上げておりますが、初めてやった単発くじによってやって来た者と比べると、今回のくじ結果はあまりにも見劣りするので、魔王を討てぬのではないかと不安になって来たのです。どうか、どうか、そこを曲げてお願いします。母に誓ってこれが最後でございます」


パウル四世は懐から、さっきと同様の巻物をもうひとつ出し、重ねて置いた。


「人間の命は、我にとってはお前たちでいうところの通貨、すなわちかねのようなもの……。そのようなことをされると、我も弱い。つまり、おぬしは二回分の生贄で一回くじを引きたいというのだな?」


「はい、その通りでございます。民の目もあり、私もあまり頻繁に生贄を用意するのは困難ですので、これが本当に最後の大博打です」


「……少し待て。確認してくる」


女神リーザは、そう言うとしばらくの間、沈黙した。


「……よし、今ならばいいぞ。危ない橋を渡るのは、これが本当に最後で最後だ。次に願いを叶えるのは百年以上たってからと心得よ。取引は成立したということで、これは受け取っておく。結果は後程。地上にて待て」


その言葉と共に二枚の重なった巻物が突如、燃え上がった。






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